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ツンデレ童話:秋葉原の路地裏のキノコとトマト

 秋葉原のトマトは、喧騒に包まれる街を離れるようにして、ひっそりとした路地裏へと足を踏み入れた。細い道には夕暮れの光が漏れ、ビルの隙間を縫って神田川の水面に柔らかなオレンジの反射を描き出している。

『こんな場所に、まだこんな景色が残っていたんだな…』

 そう呟きながら歩いていると、小さな声が聞こえた。

『なんのはなしですか?』

 振り向くと、そこには赤いベレー帽をかぶった少女が立っていた。いや、少女に見えたのは一瞬で、よく見るとその姿はキノコそのものだった。

『君は…?』

『べつに、ただのキノコですけど。なんのはなしですか?』

 そっけない態度に戸惑いながらも、トマトは不思議と心を掴まれた。

 それ以来、トマトは仕事帰りにその路地裏を訪れるようになった。最初こそキノコは冷たい態度を崩さなかったが、次第に心を開き始めた。

『今日は何を書いているの?』

『別にあなたには関係ないけど…まあ、見せてあげてもいいわ。』

 彼女が持っていたノートには、美しい詩や物語の断片がびっしりと書き込まれていた。そのどれもが、夕暮れの路地裏のように静かで温かい雰囲気をまとっていた。

『すごいね。君がこんなにたくさんの物語を書いていたなんて。』

『べつにすごくない。私はキノコだし、なんのはなしですか?』

 そう言いながらも、彼女の頬が赤く染まるのをトマトは見逃さなかった。

 ある日、トマトは自分も創作を始めてみたと告げた。

『僕も小説を書いてみたんだ。読んでくれる?』

『べつに興味ないけど…まあ、見てあげてもいいわ。』

 ページをめくるごとに、彼女の表情は柔らかくなっていった。

『意外と、悪くないわね。なんのはなしですか?』

『君に触発されたんだ。ありがとう。』

 二人は作品について語り合い、次第に心の距離を縮めていった。それでもキノコは素直にはなれず、『なんのはなしですか?』と繰り返していたが、その言葉の裏に優しさが含まれているのをトマトは感じ取っていた。

 しかし、ある日キノコの姿が路地裏から消えてしまった。トマトは不安に駆られ、彼女を探し回った。

『キノコ、一体どこに行ったんだ…』

 ようやく見つけた彼女は険しい表情をしていた。

『どうして姿を消したんだ?』

『べつに…あなたには関係ないでしょ。なんのはなしですか?』

 キノコは明らかに何かを隠していた。

 トマトは意を決して、自分の気持ちを伝えることにした。

『キノコ、僕は君が好きだ。君のことをもっと知りたいし、ずっと一緒にいたい。』

 彼女は驚いた表情を見せたが、すぐに目をそらした。

『なんのはなしですか? 私はキノコよ。トマトと一緒になんていられないの。』

『そんなことは関係ない。僕は君が好きなんだ。』

 沈黙の後、彼女は小さな声で語り始めた。

『実は…私は元々人間だったの。でも魔法にかけられてキノコの姿にされてしまったの。』

 トマトは驚きながらも彼女の手を握った。そして告げた。

『実は僕も魔法でトマトにされてしまったんだ。』

 二人は驚き合い、静かに笑い合った。

『だったら、一緒にこの魔法を解こう。君が路地裏にいた理由はそれなんだろう?』

 キノコは頷いた。

『三年間創作を続ければ元の姿に戻れるって約束だったの。』

 二人は協力して作品を仕上げ、ついに三年の期限が訪れた。最後のページを書き終えた瞬間、キノコの体が光に包まれた。そして、彼女は元の人間の姿に戻った。

『ありがとう、トマト…いや、もう君も人間だね。』

『これからは一緒にいられるね。』

 彼らは新しい人生を歩み始めた。共同で創作を続け、その作品は多くの人々に感動を与えた。

『トマト、これからもずっと一緒にいてくれる?』

『もちろんだよ。キノコが望む限り、ずっと一緒だ。』

 路地裏にあった静けさは消えたが、神田川の水面は今も光を反射し続けている。それはまるで、二人の新たな物語を祝福するかのようだった。

武智倫太郎

#なんのはなしですか

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