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【一人声劇・朗読用】野生の倫太郎

プロローグ

(静かに、語り口調で)
『モザンビークの灼熱の太陽の下。
一匹の犬——名前は倫太郎。
彼は軍用犬として訓練されていたが、脳に埋め込まれた『マスクチップ』により、人間の言葉を理解し、会話できる特異な才能を持っていました。

 軍の上層部は、その能力に目をつけ、クーデターの成功のため、現職のモザンビーク大統領を暗殺する計画を立てました。彼らは倫太郎の体に爆弾を仕掛け、暗殺の道具として利用しようとしていたのです。

 一方、政権与党FRELIMOは軍と治安部隊を動員し、北部・カーボ・デルガード州で活動を続けるイスラム過激派に対抗していましたが、武装勢力の襲撃は後を絶ちません。住民の避難も相次ぎ、混迷を極める情勢のなか、水面下でクーデター計画が進んでいきます。

 そしてその渦中に巻き込まれていく、無邪気な軍用犬の倫太郎——。』

第一幕『自由』という言葉

(語り口調を少し切り替えて)
 ここはモザンビーク軍の訓練施設なのに、緊張感のないカンナ隊長は、『あ、どうも。面白ステキな をかし探求隊 隊長 カンナです。以後、お見知りおきを( • ̀ω•́ )キラーン✧』と自己紹介してから、倫太郎に言葉を教えていました。

(カンナ隊長の声で、優しく)
『倫太郎、今日は新しい言葉を覚えよう。“自由”って言うんだよ。』
(倫太郎の声で、少し幼い調子で)
『ジユウ……?』
#なんのはなしですか

(再びカンナ隊長の声で)
『そう。自分の意思で、好きなように生きること。軍の命令に縛られないこと。』

(語り口調に戻して)
 カンナ隊長は、軍の命令に忠実な殺戮の道具としてではなく、一匹の『いのち』として倫太郎を見ていました。そして素直な眼差しに触れるうちに、次第に葛藤が芽生えていったのです。

『このまま軍の計画どおり、倫太郎を爆弾運びにしてしまっていいのかしら?——』

第二幕 決意

(少し緊迫した口調で)
計画の最終段階が迫る夜。月明かりが僅かにバラックを照らしています。

(軍幹部の声で、低く厳しい調子)
『隊長、準備はできたか?』

(カンナ隊長の声で、迷いを含みつつ)
『……はい。』

(語り口調)
 しかしカンナ隊長の表情には、明らかな迷いがありました。彼女はついさきほど、命がけの決断を下したのです。それは——軍の監視をかいくぐり、倫太郎の体に取り付けられた爆弾を、こっそりと解除すること。静寂に包まれた深夜、配線を抜く時計じかけの音がやけに大きく響きます。

(カンナ隊長の声で小声)
『……よし、終わった……!』

(語り口調)
最後の配線を外した瞬間、彼女の胸ははち切れそうでした。
——これで倫太郎は解放される。そう信じたのです。

(カンナ隊長の声で、決意を込めて)
『逃げなさい、倫太郎。ここから離れて、自由に生きるのよ。』

(倫太郎の声で、戸惑いながら)
『でも……隊長……?』

(カンナ隊長の声で、優しく背中を押すように)
『心配しないで。あなたなら生きていける。』

(語り口調)
 カンナ隊長は強く倫太郎を抱きしめました。温かな腕のなか、倫太郎の瞳には涙が浮かんでいましたが、彼は隊長の言葉を振り切るように地面を蹴り、闇夜の大地を駆け出していくのです。

第三幕 サバンナの夜

(少しスピード感を出しながら)
 大統領暗殺計画の失敗を知った軍は激怒し、すぐに追手を出しました。

(軍幹部の声で、怒りを含んで)
『逃げた? すぐに捕まえろ!』

(兵士の声で戸惑いながら)
『しかし隊長が……』

(軍幹部の声で厳しく)
『言い訳はいい! 追え!』

こうしてサバンナに放たれた倫太郎。
広大に広がる草原、遠くに沈む夕陽。
彼は初めて味わう開放感に胸を躍らせます。

ところが、その夜から早くも恐怖の連続が始まるのです。

遠くで聞こえるライオンの唸り声。水辺を徘徊するワニ。
木の上から威嚇するマントヒヒ。
そして、巨大なアフリカ象の足音が地響きを立てた瞬間、倫太郎の全身を凍りつくほどの恐怖が襲いました。

第四幕 野生の洗礼

(畳みかけるように)
 軍用犬の訓練は、銃声や爆音に動じない度胸を養うものでした。
しかし野生の世界は、殺すか殺されるか——容赦のない闘争。
そこで生き抜く術は、まるで質が違います。

 普通の犬であれば、蚊やノミに刺されても『ちょっと痒い』程度の認識で済むかも知れません。しかし、医学知識を得てしまった倫太郎は、マラリアや犬バベシア症など、あらゆる病への恐怖を知ってしまい、些細な虫さえも不気味に感じられるようになってしまったのです。

 与えられた餌や水のあるフェンスの中とは違い、狩りの方法も知らず、危険を察知する嗅覚も未熟なままで、昼間の灼熱と夜の極寒に耐える術も知らない。飢えと渇き、絶え間ない緊張が倫太郎を蝕んでいきます。

 水辺に近づけばワニが潜み、夜にはライオンの咆哮が響く。
遠吠えをしてみても、誰も応えてはくれない。

そのとき、彼は痛感したのです。
——『俺は人間に育てられた犬なのだ』——と。

(倫太郎の声で弱々しく)
『カンナ隊長のところに……戻りたい……』

第五幕 帰還

(少し間を置いて、静かに)
 ある夕方。カンナ隊長は軍上層部の監視をかいくぐり、まだ研究所に残っていました。すると、ボロボロに衰弱した倫太郎が、よろよろと戻ってきたのです。

(倫太郎の声で、今にも消え入りそうな調子)
『カンナ隊長……ごめん、なさい……こわかった……』

(カンナ隊長の声で、安堵しつつ涙声)
『倫太郎!』

(語り口調)
 隊長は倫太郎を抱き寄せ、そのまま涙をこぼしました。

(カンナ隊長の声で)
『よく戻ってきたね……大丈夫、もう大丈夫よ。』

(語り口調)
 その声は震えていましたが、その瞳には小さな決意が宿っています。

(カンナ隊長の声で、静かだけれど力強く)
『さあ、ここを離れましょう。あなたと私、二人で。』

(倫太郎の声で、しがみつくように)
『うん……隊長と一緒に……』

(一呼吸おいて、結びのトーンへ)

エピローグ

(しっとりとした語り口調で)
 軍という枷から逃れ、野生の世界に放り出された倫太郎。一度は自由を求めて駆け出したものの、そのあまりにも苛酷な現実の中で、心が砕かれそうになりました。

 それでも……。カンナ隊長のもとに舞い戻った彼は、命の恩人と共に、新たな生きる場所を探して旅立ちます。——どんな困難が待ち受けていようとも。

 自由とは、ただ柵の外に出ることではありません。そこには守るものがあり、共に歩む仲間がいる。倫太郎は、これからも何度も立ち止まり、恐怖に震えるかも知れません。それでも、『自由』という言葉を胸に、カンナ隊長とともに一歩ずつ進んでいくのです。

続編に続く…

武智倫太郎


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