貨幣価値の消滅と新経済モデル:資本主義の終焉を考察する
資本主義の終焉や限界、崩壊について予測・論じた著名な歴史的な人物や学者は、さまざまな時代に存在します。それぞれの人物が資本主義の問題点やその限界を異なる視点で分析しており、以下はその代表例です。
カール・マルクス (Karl Marx, 1818~1883)
カール・マルクスは、資本主義の崩壊を最も影響力を持って予測した学者の一人です。彼の理論の中心は、資本主義が内在的に自己崩壊の運命を持っているという考えでした。彼の主著『資本論』(Das Kapital, 1867-1894)では、以下のような論理を展開しています。
資本の集中と貧富の格差:マルクスは、資本主義が進展するにつれて、富が少数の資本家に集中し、労働者階級が貧困に苦しむと予測しました。このプロセスが資本主義内部の矛盾を強め、やがて崩壊につながるとしました。
労働者の疎外:労働者は自身の労働の成果から疎外され、生活が搾取的なものとなり、これが資本主義崩壊の要因になるとしました。
革命の必然性:資本主義の内部矛盾が限界に達したとき、労働者階級による革命が起こり、社会主義や共産主義への移行が避けられないと論じました。
資本主義終焉後の予想:マルクスは、資本主義の崩壊後には労働者階級による革命が起こり、社会主義、さらに共産主義社会へと移行すると予想しました。彼の理論によれば、共産主義社会は私有財産が廃止され、生産手段が共同所有される社会です。この社会では階級のない平等な状態が実現され、労働者が自身の労働の成果を直接享受できると考えました。
ヨーゼフ・シュンペーター (Joseph Schumpeter, 1883~1950)
シュンペーターは、資本主義の『創造的破壊』という概念を提唱しました。彼は資本主義のダイナミズムを認めつつも、最終的にはその成功が自らの終焉をもたらすと予測しました。
創造的破壊:シュンペーターは、資本主義の企業家精神が新しい技術やアイデアを生み出すことを評価しましたが、同時に古い構造を破壊するプロセスが資本主義の持続を難しくすると考えました。
資本主義の自己崩壊:資本主義の成功が進むにつれて、民主主義や官僚制が資本主義的な企業家精神を抑圧するようになると予測しました。その結果、資本主義の経済成長は停滞し、最終的には崩壊するとしました。
資本主義終焉後の予想:シュンペーターは、資本主義の『創造的破壊』が最終的には資本主義の終焉をもたらすと考えましたが、明確に次の経済メカニズムを示してはいません。ただし、彼は資本主義の自己崩壊が、官僚的な統制や民主主義の介入によって促進されると考えており、資本主義後の社会がより管理的、統制的な経済システムになる可能性を示唆しています。
ジョン・メイナード・ケインズ (John Maynard Keynes, 1883~1946)
ケインズは、資本主義の持続に対する懸念を示しつつも、それを修正するための政策を提案した経済学者です。彼の著作『雇用、利子および貨幣の一般理論』(The General Theory of Employment, Interest and Money, 1936)では、資本主義経済が不安定で失業を生み出しやすいことを指摘し、政府の介入が必要だと論じました。
資本主義の不安定性:ケインズは、資本主義が自然に完全雇用に至るとは限らず、需要不足が経済不況を引き起こすと主張しました。
政府介入の必要性:市場の失敗を補うために、政府が積極的に財政政策や金融政策を行うべきだとしました。ケインズの提案する政府介入は、資本主義の崩壊を防ぐための修正案として重要視されました。
資本主義終焉後の予想:ケインズは、資本主義自体の終焉を予測していませんでしたが、資本主義を修正し、政府が積極的に介入する『修正資本主義』の形を提唱しました。ケインズの理論に基づく経済システムは、市場に任せるだけではなく、政府が不況や失業の対策として財政・金融政策を行う混合経済です。完全に資本主義が終焉するというより、資本主義の持続を図る形です。
イマニュエル・ウォーラーステイン (Immanuel Wallerstein, 1930~2019)
ウォーラーステインは『世界システム論』(World-Systems Theory, 1974)で知られる社会学者で、資本主義が限界に達しつつあると主張しました。彼は、資本主義が単一の国だけでなく、国際的なシステム全体として機能することを強調しました。
資本主義世界システムの限界:ウォーラーステインは、資本主義のグローバルな拡張がもたらす矛盾や環境破壊、格差の拡大が限界に達し、資本主義システムが持続不可能になると論じました。
資本主義終焉後の予想:ウォーラーステインは、資本主義の崩壊後にどのような経済システムが到来するかは明確には予測していません。しかし、彼は世界システムが限界に達することで、資本主義の持続は不可能になると述べています。彼は資本主義後の世界がどのようなものになるかは不確定であるものの、新しい経済システムが必然的に出現する可能性を強調しています。
デヴィッド・ハーヴェイ (David Harvey, 1935~)
地理学者であるデヴィッド・ハーヴェイは、マルクス主義の視点から現代の資本主義を分析し、特にグローバル資本主義の不均衡と都市化の関係に焦点を当てました。
資本主義の空間的な限界:ハーヴェイは、資本主義が空間的に拡大し続けることでその矛盾が表面化し、都市開発やインフラ投資を通じた解決策が次第に効力を失うと考えました。
新自由主義批判:彼はまた、新自由主義的な政策が資本主義の持続性を損なうものであり、社会の不平等を拡大させると批判しました。
資本主義終焉後の予想:ハーヴェイも、マルクス主義の視点をベースにしており、資本主義の崩壊後には社会主義的な経済システムが必要であると考えています。特に、新自由主義的な政策がもたらした不平等を克服し、公共資産の再配分や労働者の権利強化を目指すシステムが必要であると主張しています。
トマ・ピケティ (Thomas Piketty, 1971~)
現代の経済学者であるトマ・ピケティは、著書『21世紀の資本』(Capital in the Twenty-First Century, 2013)で資本主義における所得格差の拡大に焦点を当てました。
所得格差の拡大:ピケティは、資本主義経済が成長し続ける一方で、所得格差が急激に拡大し、社会的不安を引き起こすと指摘しました。特に、資本収益率が経済成長率を上回るとき、富が一部の人々に集中する傾向があると分析しました。
格差是正の必要性:ピケティは、この問題を解決するため、富裕層への課税やグローバルな財政政策の調整が必要であると提案しました。
資本主義終焉後の予想:ピケティは、資本主義の終焉後について明確なビジョンを提示しているわけではありませんが、現行の資本主義を修正するために、富の集中を抑制し、より平等な社会を実現するための政策を提案しています。彼は特に、富裕層への累進課税やグローバルな財政政策の調整によって、資本主義の持続可能性を高める方向を目指しており、これが資本主義の修正形態として機能する可能性があります。
フランチェスコ・ボルディッツォーニ (Francesco Boldizzoni)
ボルディッツォーニは、『Foretelling the End of Capitalism』(2020年)において、資本主義の崩壊を予測した歴史的な論者たちの失敗と、それにもかかわらず続いてきた資本主義の耐久力を分析しています。彼は、マルクスから現代に至るまで、多くの経済学者や思想家が資本主義の終焉を予測してきたが、その多くが資本主義の持つ回復力を過小評価していたと指摘します。この本は、資本主義の持続的な回復力を再評価しつつ、その未来に対する新たな見解を示しています。
資本主義終焉後の予想:ボルディッツォーニは、資本主義が今後どのように変化するかについて明確な予測は行っていませんが、資本主義の持続的な変容を示唆しており、急激な崩壊よりも進化の過程としての転換を強調しています。
アン・ケース (Anne Case) とアングス・ディートン (Angus Deaton)
ケースとディートンは、共著『Deaths of Despair and the Future of Capitalism』(2020年)で、特にアメリカにおける労働者階級の白人の間で急増している薬物乱用、自殺、アルコール依存症による『絶望死』を取り上げ、資本主義の不平等が社会全体に与える深刻な影響を示しています。彼らは、資本主義がアメリカの経済成長を支える一方で、労働者階級を犠牲にしており、健康格差の拡大や雇用不安が深刻な社会問題を引き起こしていると論じています。この本は、経済的不平等がもたらす社会的な絶望をデータで裏付けており、幅広く評価されています。
資本主義終焉後の予想:ケースとディートンは、資本主義の不平等が引き起こす社会的な絶望に焦点を当てていますが、資本主義の終焉後の新しい経済メカニズムについての具体的な提案はしていません。ただし、彼らの分析は、現行の資本主義が労働者階級に深刻な影響を与えており、持続不可能な状況が続けば社会的な変革が求められることを示唆しています。
上記の学者や思想家は、あくまで貨幣による経済行為や富の分配についての分析を行っており、経済学などでは教科書的な位置づけの考え方です。
ところが、私が想定しているのは、現在の資本主義の改良版ではなく、資本主義自体が完全に機能しなくなることです。このような考え方は、以下の経済メカニズムに近いものですが、ブロックチェーンをはじめとしたICT技術の進化はさらに劇的な経済メカニズムの変化をもたらす可能性もあります。
例えば、現在の銀行や証券は暗号メカニズムによって担保されているシステムですが、量子コンピュータのような高度な情報システムで暗号が意味をなさなくなることは、貨幣や証券などの価値が担保できなくなることを意味しています。このような状態では資本主義も共産主義も成り立たないのです。量子コンピュータには量子暗号のような対抗手段も同時に開発されていますが、AIの進化に伴い人間とは全く異なる発想で暗号解読手段を見つける可能性もあるのです。つまり、ある日突然、貨幣価値がゼロになる日が数年後に実現しても不思議ではないのです。
資本主義や従来の貨幣価値がなくなり、バーター取引や仮想通貨といった異なる経済メカニズムを提唱している著名な学者には以下の人物が挙げられます。
デヴィッド・グレーバー (David Graeber)
著書:『負債:最初の5000年』(Debt:The First 5000 Years, 2011年)
グレーバーは、貨幣の起源や経済システムの変遷に関する革新的な考察を行い、貨幣価値の代わりに『信用』や『負債』が経済の基礎であったことを強調しています。彼は、資本主義の枠組みから脱し、贈与経済や非資本主義的な経済モデルの可能性を探っています。また、貨幣と市場システムの外にある新しい形の社会的交換や、バーターシステムを考える動きも支持しています。
ニック・サボ (Nick Szabo)
サボは仮想通貨やスマートコントラクトの分野で有名な研究者で、ビットコインの先駆けである『ビットゴールド』を提唱しました。彼は、従来の貨幣価値や中央銀行の管理を必要としない仮想通貨が、新しい経済メカニズムの基礎になると主張しています。
重要な論文:『スマートコントラクト:デジタル市場の構成要素』(Smart Contracts:Building Blocks for Digital Markets, 1996年)
エスワル・プラサード (Eswar Prasad)
著書:『貨幣の未来:デジタル革命が通貨と金融をいかに変革するか』(The Future of Money:How the Digital Revolution is Transforming Currencies and Finance, 2021年)
プラサードは、デジタル技術が貨幣と金融システムに与える影響を分析しています。彼は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)や仮想通貨がもたらす可能性と課題を探求し、新しい経済メカニズムの未来を描いています。
チャールズ・アイゼンシュタイン (Charles Eisenstein)
著書:『神聖な経済学:お金、贈与、社会の変容』(Sacred Economics:Money, Gift, and Society in the Age of Transition, 2011年)
アイゼンシュタインは、貨幣経済に基づかない『贈与経済』やコミュニティベースの経済を提唱しています。彼は、資本主義が環境破壊や社会的格差を生んでいると批判し、より持続可能で人間的な経済システムへの移行を唱えています。彼のモデルは、貨幣価値よりも信頼や人々のつながりを重視した形です。
フリードリヒ・ハイエク (Friedrich Hayek)
著書:『貨幣の非国家化:議論の洗練』(Denationalisation of Money:The Argument Refined, 1976年)
ハイエクは、国家による貨幣の独占を排除し、自由市場での競争によって異なる形態の貨幣が流通するべきだと主張しました。彼は仮想通貨のような非中央集権型の貨幣制度を先駆的に予見しており、これが資本主義の未来に対する新しい道を切り開くとしました。
これらの学者は、従来の資本主義や貨幣システムを批判し、仮想通貨やバーター、贈与経済といった新たな経済メカニズムの可能性を提唱しています。
武智倫太郎
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