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政商列伝:孫正義
ソフトバンクグループの孫正義は、2016年、当時次期米大統領だったドナルド・トランプと会談し、米国企業への500億ドル規模の投資と5万人の新規雇用創出を約束しました。
この投資は10兆円規模の『ビジョン・ファンド』を通じて行われ、米国のスタートアップやテクノロジー分野への集中投資が進められました。しかしその後、ビジョン・ファンドは大幅な損失を計上し、事実上の『失敗例』として広く認識されています。
孫正義のビジネスモデルは『破綻するまで止まらない丁半博打』
私は孫正義のビジネスモデルの本質を『破綻するまで止められない丁半博打』 と考えています。その『必勝法』とは、負けるたびに倍額を賭け続けるという手法です。
1兆円負けたら2兆円、2兆円負けたら4兆円、それでも駄目なら8兆円——賭け金を倍増させれば、10回連続で負ける確率はわずか1/1024に過ぎず、理論的には『必勝法』とも言えるでしょう。
1000億ドルの投資コミットメントは『終わりの始まり』
この『孫正義の丁半博打論理』から、私は彼が米国への500億ドル投資の次に1000億ドルの投資発表を行うと予想してきました。そして本日、その予想が現実のものとなりました。
2024年12月17日、孫正義は2016年に続き再びトランプと会談し、今後4年間で米国のAI関連プロジェクトに1000億ドルを投資し、10万人の雇用を創出する計画を発表したのです。
政商(せいしょう)とは?
『政商』とは、政治家や官僚との密接な癒着関係を活用して事業を有利に展開・拡大する実業家や企業グループを指す言葉です。明治時代に生まれ、当時は政府の殖産興業政策と深く結びついていました。
現代では、単なる有力事業家に留まらず、法改正や規制緩和への働きかけによって政治的影響力を行使し、利権を獲得するロビイストやコンサルタントも『政商』と呼ばれます。
政商の特徴
政治的影響力の利用:政治家・官僚との関係を活用し、公共事業の受注や有利な法改正を実現する。
利益供与の疑い:賄賂や便宜供与による事業上の恩恵獲得が指摘されることがある。
競争原理の歪曲:政治力を背景に、公正な市場競争が損なわれる可能性がある。
歴史的背景
『政商』という言葉は明治時代に登場しました。政府の殖産興業政策を利用して事業を拡大した実業家が存在し、山路愛山は1908年の『現代金権史』で『政商』を『政府自らが民衆の発展を図る過程で自然発生した特別な階級』と定義しています。また揖西光速は、明治期の政商を以下の3タイプに分類しました。
・幕政時代の御用商人の延長(例:三井・住友・鴻池)
・動乱期に台頭した新興実業家(例:岩崎・安田・川崎・藤田)
・官僚から転身し、他の政商を取り仕切る世話役型(例:渋沢・五代)
戦後・現代の政商像
戦後は『政商』という言葉が、政治家からの利権を受ける企業・経営者を揶揄する表現として用いられるようになりました。平成以降、政治コンサルタントやロビイストも新たな政商像として浮上し、政策提言や規制緩和によって政治的影響力を発揮しています。
孫正義が置かれた環境
500億ドルに次ぐ1000億ドルの米国投資は、外部者である私にも予測可能でした。つまり、この程度の見透かされた投資センスでは、今回の1000億ドルが『最後の一手』となり、孫正義が破綻する可能性も極めて高い――私のこの予測が的中する確率は、決して低くないと考えられます。
1000億ドルの投資コミットメントに伴う金融フィー
孫正義が1000億ドルという巨額の投資コミットメントを発表する背後には、金融業界固有の手数料(フィー)構造が存在します。具体的には以下が挙げられます。
デューデリジェンス費用
投資先の精査(デューデリジェンス)には、金融アドバイザーや弁護士、コンサルタントへの報酬が発生します。投資候補が多岐にわたるほどコストは増大し、規模が膨大な場合、網羅的な精査は事実上困難になります。
資金調達手数料(Commitment Fee)
投資ファンドや銀行団から資金コミットメントを確保する際、コミットメント・フィーが求められます。巨額の場合、数千万ドル単位の費用となり、資金を短期間で確保する『一括投入』スタイルはこの負担をさらに増加させます。
成約手数料(Transaction Fee)
実際の投資成立時には金融機関やブローカーへの成約手数料も発生します。細かな精査や交渉を省略して多数の案件に短期間で投資すると、そのたびに手数料が重なり、コストが膨れ上がります。
投資対象を絞り込む時間がない理由
孫正義が十分な精査なしに投資を行う背景として、以下の『金融屋的』要因が考えられます。
スピード重視
巨額の投資を短期間で行うことで、市場での先行者利益や注目度を確保する戦略がある一方、十分な検討時間は失われます。その結果、リスクの高い案件が紛れ込みやすくなります。
『資金を動かし続ける』圧力
資金を寝かせず運用し続けるプレッシャーにより、入念な検討よりも迅速な投資執行が優先されます。
フィー収益重視
ビジョン・ファンドのような巨大ファンドでは、運用資産額に応じて管理報酬・成功報酬が増えるため、資金を市場へ速やかに投入するインセンティブが働き、リスク管理は後回しになりがちです。
孫正義の投資スタイル
孫正義の投資手法は『巨額かつスピード優先』 であり、その結果、事前の金融フィーが膨大となり、リスク管理が甘くなりがちです。この構造的な問題から、彼の投資行動は『丁半博打』 に近く、今回の1000億ドルの投資も、金融フィーや市場の圧力により『時間をかけずに投資先を選ぶ』 必然性が生じた結果と言えるでしょう。
生成AI分野:バブルのピークを越えた市場
今回、孫正義が投資をコミットしている生成AI分野の投資ブームは、すでにバブルのピークを越えつつある状況です。過去のITバブルや暗号資産バブルと同様に、AI分野でも過剰な期待と投資が先行し、実際の収益性や技術の成熟度が追いついていないケースが目立ちます。
WeWorkの教訓と今回の投資リスク
孫正義の投資履歴を振り返ると、WeWorkへの巨額投資は象徴的な失敗例です。今回の1000億ドル規模の投資も、同様のリスクを孕んでいる可能性があります。特に、AI分野は競争が激化しており、技術革新のスピードも速いため、投資のタイミングや対象の選定が極めて重要です。
財務リスクの高まり
さらに、ソフトバンクグループの財務状況を考慮すれば、これほどの巨額投資は資金繰りに深刻な影響を及ぼす恐れがあります。手元資金が十分でない中での大規模投資は、財務リスクを一層高める要因となり得るでしょう。
結論
以上を総合すると、孫正義の今回の投資コミットメントには、以下のような重大なリスクが伴っています。
・生成AI分野のバブル崩壊リスク
・過去の投資失敗の再来
・ソフトバンクグループの財務状況
これらを踏まえれば、今回の投資対象の全てが高値掴みとなる危険性が極めて高く、ソフトバンクグループの経営に深刻な影響を与える可能性が指摘できます。
付録
武智倫太郎