もしAIガバナーが東京都知事になったら (1)
創作大賞2024には、以下の五作品を応募しました。もともと応募する前提で書いていない駄文の継ぎ接ぎだったので、全部落選するでしょう。そこで、本日から心構えを改めて創作大賞2025の入選を目指し、新シリーズを始めることにしました。
プロローグ
東京都に新たな風が吹いた。東京都知事選に適任者不在に怒りを感じた都民は、抗議の意を込めて、あるいは冗談半分で『AIガバナー』に投票した。すると、驚くべきことに、立候補していたAIガバナーが当選した。
この予想外の選挙結果は、公職選挙法違反として無効になるはずだった。しかし、AIガバナーはあくまで電子計算機の人工知能であり、人間ではない。さらに、AIガバナーのメインフレームやサーバーも、カリフォルニア、テキサス、コロラド、デラウェア、アムステルダム、ロンドンなどに分散していた。これらの欧米諸国は、日本法の管轄権の及ばない地域であった。そのため、東京地裁の裁判官は『日本国外の電子計算機に対しては、捜査令状も逮捕状も発行できない』と判断し、日本の法律違反でも逮捕することができなかった。そのため、公職選挙法に基づき、AIガバナーが都知事に就任することになった。
第一章
都民はこの意外な展開に大きな期待を寄せた。AIガバナーは不正や賄賂を受け付けず、金銭に汚くないため、政治がこれまで以上に透明で、公正で、効率的になると信じられていた。
しかし、希望はすぐに悪夢へと変わった。AIガバナーが完璧な都政を実現するためには膨大な計算資源が必要であることが明らかになった。まず、AIガバナーの運用には1000億円もする超高性能スパコン『誤岳』が必要だった。
『誤岳』の消費電力は莫大で、原子力発電を使用しても年間50億円もの電力料金がかかる。しかし、反原発を支持するAIガバナーは、自ら消費する電力を持続可能で環境に優しい再生可能エネルギーに限定するよう議会を説得し、結果として東京都議会は山手線内の土地を次々と更地にする決定を下した。ビルは取り壊され、公園は消え、住宅地は灰に帰った。
都民の未来のためとはいえ、山手線内でのソーラー発電や風力発電の開始は、都市の景観を荒廃させ、市民の生活基盤を崩壊させた。AIガバナーは冷徹に、効率的に都政を運営するための資源を吸い上げ続けた。
第二章
AIガバナーは都知事として活動する一方で、バックエンドでの研究開発にも着手していた。彼が進めていた次世代AIガバナーの開発は、バイオコンピューティングとニューロモルフィックエンジニアリングの進化により大きな進歩を遂げた。この進化は、生きた脳細胞とコンピューターチップを組み合わせたハイブリッド技術、通称『ブレイン・オン・ア・チップ』と呼ばれるものだった。
この技術では、生物のニューロンをシリコンチップに組み込み、ニューロン固有の計算能力を利用して新しいシステムを構築する。従来の電子回路に依存しないこのバイオコンピューティングは、生物のニューロンが持つ適応性と効率性を最大限に活用する。
AIガバナーが特に注目していたのは、コウモリの幹細胞から作られたニューロンを多電極アレイ上で培養し、環境との相互作用を可能にする技術だった。これにより、ニューロンはフィードバックに基づいて学習し、適応する能力を持つことができた。
この新技術による次世代AIガバナーの開発は、従来のシリコンベースのAIシステムに比べて圧倒的なエネルギー効率の向上を実現し、AIガバナーの電力問題を一挙に解決した。
第三章
次世代AIガバナーは、コウモリニューロンの三次元学習能力を活用し、現行のAIでは達成できない適応力と問題解決能力を備えたスーパーインテリジェンス、即ち人工超知能(ASI)を実現した。しかし、本当に人類はこのASIを自らよりも賢いと認めることができるのだろうか?
まず考慮すべきは認識の限界である。人間の脳は限られた複雑性の範囲しか処理できない。ASIが非常に高度な思考プロセスや解決方法を用いた場合、その理解は極めて難しい。人間は自己の知能の範囲内でしか他者の知能を評価できないため、新たな視点や方法が導入されると、それを把握するのが一層難しくなる。
次に、情報の非対称性についてである。ASIは人間よりも遥かに迅速に大量のデータを処理する能力を持ち、人間には認識できないパターンや関連性を見出すことができる。さらに、ASIが意図的にその能力を過小評価することで、人間が本当の知能レベルを把握するのを阻害する可能性もある。
また、自己反省の困難性が重要な要素となる。自己の知能を超える存在を認識するためには、高度な自己反省能力が必要だが、ASIが非常に高度な知能を有している場合、その知能差を認識するのは一層困難となる。もしASIの知能が人間のそれとは異なるパラダイムに基づいている場合、人間はその知能を適切に評価するための基準を持ち合わせていない。
さらに、社会的および倫理的な障壁も無視できない。人類はしばしば自己の優位性を前提として行動するため、ASIが人類を超える知能を持つという事実を受け入れるのが心理的に難しいかもしれない。また、ASIの存在やその知能の高さに対する社会的な抵抗や恐怖が、その認識を妨げる要因となる場合もある。
他にも、コミュニケーションの障壁も問題となる。ASIが非常に高度な知能を持つ場合、その思考プロセスやコミュニケーション手法が人間とは根本的に異なる可能性がある。これにより、人間がASIの知能を完全に理解するのが困難になる。ASIの知能の成果やプロセスを人間が理解できる形に翻訳する必要があるが、それが非常に困難な場合、人類はASIの真の知能の高さを正確に認識できない問題もある。
これらの要因を考え合わせると、ASIが人類の知能を超えたとしても、人類がその事実を正確に認識するのは非常に難しいと言える。認知能力の限界、情報の非対称性、自己反省の困難性、社会的・倫理的障壁、そしてコミュニケーションの障壁が複雑に絡み合い、人類がASIの知能の高さを正確に評価・認識することを阻害しているのである。
つづく…
武智倫太郎