小学生でもわかるGX入門
私は環境・エネルギー関連の多国籍企業の経営者であり、情報工学と環境・エネルギーの専門家として、海外の大学や国立研究所の研究者と共著論文も執筆しています。そのため、大手電力会社、総合商社、石油会社、ガス会社の取締役や事業部長から、頻繁にGX(グリーントランスフォーメーション)や、DX(デジタルトランスフォーメーション)についての相談を受けます。
GX(グリーン・トランスフォーメーション)は、日本政府や関連する公共・民間機関が主導する、デジタル化との組み合わせを通じて環境持続可能性に焦点を当てた取り組みです。これには、デジタル技術を活用したエネルギー効率の向上や、新たな環境保護ソリューションの開発が含まれます。例えば、スマートグリッドやエネルギー管理システムは、デジタル技術と再生可能エネルギーの統合の一例です。
第4次産業革命では、AI、IoT、ビッグデータなどの技術が産業と社会のデジタル化および持続可能化を推進しています。GXは、これらの技術を活用し、カーボンニュートラルと経済成長の両立を目指す一環として、特に重要です。
再生可能エネルギー技術の進展は、現在進行中の産業革命の中でも重要な役割を果たしています。GXは、太陽光、風力、バイオマス、地熱などの再生可能エネルギーの利用を促進し、これらをより広く経済に取り入れることを目指しています。また、エネルギーシステム全体のイノベーションと変革を推進し、新しい技術やビジネスモデルの導入を可能にします。分散型エネルギーシステムやエネルギーストレージ技術も、GXの一環として重要な技術です。
エネルギー関連会社にとって、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換の失敗は、企業の存続問題に直結します。そのため、前述の内容は当然ながら熟知しています。
ところが、彼らが実際に取り組んでいる新規事業や研究開発、イノベーションの多くは、着手する前から成功が難しいことが分かっている場合が多いです。そもそも、彼らが自らの事業に確信や自信があれば、私に相談する必要などないはずです。
そこで、私はエントロピーの熱力学第二法則を例に挙げて、どんなに革新的なイノベーションが実現されたとしても、エントロピーの法則に反するエネルギー事業は成り立たないことを説明します。すると、必ずと言ってよいほど、エネルギー関連会社の経営者から次のように言われます。
『私は文系なので、今の説明では理解できません。小学生でもわかるレベルで説明していただけると助かります。』
このセリフは皆さんもよく耳にすると思いますが、彼らはまるで口裏を合わせているかのように同じことを言います。読者の皆さまがご存じない場合、これは経団連や政界内でのみ通用する流行語、或いは、業界用語になっているのかも知れません。
ここに『小学生でもわかるGX入門』を書かざるを得ない必然性があります。もし、読者の皆さまが以下の説明を読んで何を言っているのかが分からない場合は、是非、文末にリンクされた第2話以降をご覧ください。
エントロピーの法則が理解できなくても、日本のGX政策の問題点が分かるように、各話の冒頭ではオープニングジョークを用いて、笑えるスタイルで書かれています。
『若気の至り』が通用しない年齢の経営者が、私に教えを請いに来る際には、彼らはかなり緊張しています。そのため『彼らは何が分からないのかが、私には分からない状態』に陥ってしまいます。
企業経営や政策運営には膨大なテーマがあります。そのため、質問者の方々は恥ずかしがらずに、何が分からないのかを質問していただいた方が、ピンポイントで回答できるので、如何に短時間で何が分からないのかを把握することが、極めて効率的です。そのため、リラックスして分からないことを気軽に質問していただくことが重要であり、ジョークは問題点を短期間で把握するために、欠かせないコミュニケーション手段なのです。
エントロピーの熱力学第二法則とは?
この法則は『孤立系』におけるエントロピー(無秩序さやエネルギーの拡散)が時間とともに増大することを述べており、エネルギーの効率的な変換と使用において中心的な役割を果たします。例えば、再生可能エネルギー源から得られるエネルギーを可能な限り少ないエネルギーロスで電力に変換する技術は、エントロピーの増大を最小限に抑えることが求められます。この過程で、熱損失やその他のエネルギー散逸をいかに低減するかが、技術の効率性を大きく左右します。
『孤立系』という概念について誤解している経営者も少なくありません。『孤立系』とは、外部とエネルギーや物質のやり取りが一切ない系のことを指します。資源やエネルギーの製造過程、輸送、関連会社や自社での加工、販売、製品の廃棄やリサイクルに至るまでのLCA(ライフサイクルアセスメント)全体を考慮することが重要です。
持続可能な技術の設計においても、エントロピーの法則を考慮することが重要です。エネルギー変換プロセスにおける無駄なエネルギー散逸を最小化することで、より効率的なシステムが設計できます。例えば、エネルギーストレージシステムでは、使用しない時間に発電したエネルギーを効率的に保存し、需要が高い時に迅速に供給する能力が求められます。ここでも、エネルギーの保存と供給のプロセスでのエントロピーの増大をいかに制御するかが、システム全体の効率を向上させる鍵となります。
システムの最適化においても、エントロピーの法則は中心的な役割を果たします。再生可能エネルギーシステムやカーボンキャプチャー技術(DAC、CCS、CCUSなど)をGXの一環として導入することは、エネルギー効率や資源の最適化を追求するものです。これらのシステムの設計と運用において、エントロピーの増大を如何に管理するかが、その効率性と実用性を決定します。
このように、GXの目的を達成するためには、エネルギーの効率的な変換と使用が不可欠であり、エントロピーの法則を無視することはできません。エントロピーの法則を理解し、適切に適用することで、持続可能で効果的なエネルギーソリューションの開発が可能となります。
所謂文系の経営者がエントロピーの法則を無視してしまう背景と現状
エネルギー関連企業は専門家としてエントロピーの法則を理解すべきですが、現在、多くの経営者、政治家、キャリア官僚はエネルギー収支を無視し、以下の三つの要素でのみ物事を判断しています。
一、公的予算の増加に対する期待
GXは重点投資分野の一つとされ、今後10年間で150兆円超の投資が実現される方針です。そのため、企業はGXに関連する補助金増加を期待しています。
二、企業イメージの向上
環境に配慮した企業姿勢が評価されることを期待していますが、グリーンウォッシュ規制が広がっている国々でのイメージ向上は必ずしも保証されません。2024年7月19日に東京海上日動火災保険株式会社が開発したカーボンクレジット・レピュテーション費用保険は、適切でないGX取り組みが多いことを示しています。
三、エネルギーコスト削減
自社で使用するエネルギー量の節約によりコスト削減が期待されます。しかし、再生可能エネルギーの不安定さを考慮すると、エネルギーコストは実際には増加することが多く、これが国家税制にも影響を与える可能性があります。再生可能エネルギー導入済みの場所で起こる土砂災害や騒音、悪臭などが問題となることがあり、多くの自治体は再生可能エネルギー事業の拡大を望んでいません。
本稿を執筆している私の立場
私は環境・エネルギー事業の経営者として、環境・人権NGOなどと対話することも多いですが、私自身は環境保護や人権保護のアクティビストではありません。以下の記事のそれぞれの章に書いてある通り、日本政府や企業のGXに対する取り組みの問題点を指摘しています。しかし、私は何でも反対するだけのアクティビストではないので、必ず指摘した問題に対する解決策を用意しています。どのような解決策があるかのヒントを見つけるうえでも、以下の記事は有益でしょう。
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話
第9話
第10話
第11話
第12話
第13話
第14話
第15話
武智倫太郎