ラグビーW杯 10/13. 第4試合 日本 vs スコットランド レビュー
「私たちは胸を張っていきたい。間違いなく大きな体験で、感極まってしまうほどだ。私たちのパフォーマンスが祖国のパワーになれば」
プールA、0勝4敗で大会を去る事になったロシア代表、ワシリー・アルテミエフキャプテンは、試合後、晴れ晴れと語った。
「素晴らしいチームと試合をする機会が失われたことは辛い。こんな決定はおかしい。日本に台風が来るのは珍しくないのだから、他のやり方を用意していないのはおかしい」
台風19号の影響で試合中止、ニュージーランドと勝ち点2を分け合い、W杯史上最高の勝ち点を獲得しながらプール敗退となったイタリア代表、セルジオ・パリセキャプテンは言った。
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ラグビーW杯は大会23日目、プール戦の帰趨が次々と決まっている。
勝負事である以上、必ず敗者が出るのがスポーツだが、勝ち負けや勝ち点の勘定が全てであるなら、こんなセリフは出ないと思う。
当事者にとって、この大会と試合はただ単に「勝ち負け」以上の意味や物語がある。
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今夜、日本とスコットランドが対戦する。
この試合の結果でノックアウトラウンド進出を勝ち取れば、そのチームは勝者と見ていいだろう。
結果を掴み取った国では勝者のドラマが語られるに違いない。
しかし、勝者のドラマはまた敗者のドラマでもある。
プールAの突破をかけた大一番は台風で開催が危ぶまれた事でキックオフの前から波乱模様だ、この1戦はどのような物語を双方にもたらすのだろうか。
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スコットランドはプール突破のためには勝ち点5か、日本に惜敗ボーナス1を与えない上での勝ち点4が必要で、つまりは大量トライか、日本を寄せ付けない展開での勝利が求められる。
裏を返せば、日本は勝利はもちろん、試合をロースコアに抑えるか、食らいつければプールが突破できるという状況だ。
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しかし、「計算して試合をロースコアに抑える」というのがラグビーでは難しい。
考えられる日本側の戦術としては、キックを多用してエラーを誘い、スクラムやラインアウトを増やして、セットアップなどに時間がかかる、「ぶつ切りでスローなラグビーをする」というのがある。
ただ、スコットランドと比べると日本は相対的にセットプレーが強くない。
また、キックからの切り返しのアンストラクチャーラグビーはスコットランドの得意とするところで、相手の強みを出すリスクがある。
もう一つ考えられる方法が、アイルランド戦のように、「一度もったボールをなるべく離さず攻め続けることで、自分たちが時間を使う」というプランだ。
この場合は密集でのコンタクトが増えるので、フィジカルやフィットネスが求められる。
身体の衝突は消耗するので、それをどう抑えるかという工夫が求められる。
あるいは、それらコントロールの難しいスローな展開を捨てて、日本の攻撃力を最大に活かす「オープンな点の取り合い、走りあいを挑む」という線も全くないとは言えない。
勝ち点、日程を含めて日本に有利な状況に変わりはないが、そもそもスコットランドには日本を圧倒する地力がある。
日本はどういう戦術を取るだろうか。
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自力で勝るスコットランドの側の不安材料は勝点以外にもあり、それは中3日のスケジュールだ。
ロシア戦で多くの選手を休ませたとはいえ、スコッドの上限は31人。
一試合23人の登録メンバーなので、どうしたって8人は前試合からの連戦となる。
実際、スタメンでもWTBのトミー・シーモアは先発で連戦だ。
少なくないメンバーが準備に時間をかけられない事は、後半に効いてくるかもしれない。
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試合前、台風の被害にあった方のため黙祷が捧げられ、続いて両国の国家が斉唱される。
試合には4年間の因縁とプール突破以上のものがかかったようだった。
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試合はまず前半6分、日本のキックオフからのペナルティ絡みの攻防で、ゴール前まで攻め込んだスコットランドが幸先よく先制のトライを奪った。
コンバージョンも決まり0−7。
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日本はリスタートのキックオフからペナルティを獲得しスクラムを選択する。
この浅い時間帯にペナルティゴールを狙わなかったことは驚きだ。
ここからの攻防は日本のノックオンでスコットランドボールのスクラムとなる。
序盤の手堅い3点より地上での走りあいを選んだ日本に対して、スコットランドは自分たちのセットプレーという有利な状況から、こちらはランでの突破を狙わず、キックで攻める。
しかし、これが日本にボールを渡すだけの結果になってしまう。
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序盤、日本はボールを蹴らず、ペナルティーゴールのチャンスにスクラムを選択してまで走りあっている。
対するスコットランドのキックはサモア戦で日本が使ったものに近く、アンストラクチャーからの攻防を狙っているというより、衝突を避け、フィジカルの消耗から逃げているようにも見える。
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すると18分、日本は外れたペナルティーゴール後の攻めから、スコットランドのディフェンスラインを、おそらくこの大会でも最速のランナーの一人であるWTB福岡堅樹が強烈な加速でブレイク、オフロードパスを受けたWTB松島がトライ!
コンバージョンも決まって7−7とする。
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20分過ぎには、スコットランドボールのスクラムで日本としては痛いことにスクラムの大黒柱、PR具智元が負傷交代となるが、交代で入ったヴァルアサエリ愛の活躍でこれに組み勝ってペナルティを獲得。
切り返しの連続の攻防から3連続のオフロードパスをつなげてPR稲垣がインゴール中央に飛び込みトライ!
オフロードパスは高度な技術とフィジカルの強さが必要で、それがあっても50/50(フィフティ・フィフティ)のプレーと言われる場面がある。
我慢強さ一点突破で組み立てた前任のエディー・ジョーンズのもとでは禁じられていたプレーだ。
しかし、日本が世界のラグビーに伍していくために、より強くなるためには必要だった。
それが4年間のたくさんの失敗を経て、この決定的な場面で3つ連続で繋がった。
スコアは14−7。
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その後の時間帯もランでの攻撃を仕掛ける日本。
前半のテリトリー獲得率は日本が70%を超えた。
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そして38分、日本はスクラムで再び組み勝ちペナルティーゴールを獲得、これは外れたが、その後のドロップアウトから日本はラインをブレイクした福岡堅樹がインゴールに飛び込みトライ!
コンバージョンも決まって21−7で前半を折り返した。
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前半、日本はキックを蹴れる場面でも徹底的にキープして地上戦を挑み、対するスコットランドは消耗を避けて後ろに走らせる意図でキックを繰り出した。
しかし、スコットランドの選択は思わしくない結果をもたらし、寄せ付けずに終えなければならなかった前半で2トライ分のビハインドを負ってしまった。
後半のスコットランドは、プール突破のためにフィットネスの不安を跳ね返して3トライ以上取らなければいけない。
残り40分は耐えれば長すぎる時間だし、追えば短すぎる時間だ。
しかし、もっとこの旅を続けるにはやるしかない。
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後半、キックオフからの攻防でペナルティーを得て深く攻め込むスコットランド。
しかしラインを突破できないだけでなく、日本に攻守を切り返されてしまい、しかも悪いことにその立会いでボールをもぎ取られたのが福岡堅樹。
全く追いつく事ができずにトライとコンバージョンを献上し、28−7とされてしまう。
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目標は4トライ+αに上方修正だ、スコットランドは大変悪い状況で、レイドローがスクラムからハイパントをあげても誰も落下点までチェイスに行くことが出来ない。
その後5分にわたる長い攻めで待望の7点を返して28−14としたが、プール突破に向けてはまだあと3トライ以上。
未だ非常に厳しい目標だ。
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50分、日本はキックが得意なSH田中とFB山中を投入し、試合のペースをコントロールしにかかる。
意図的にロースコアにするのは難しいとはいったが、残り30分で14点のアドバンテージを持っての事なら話が違う。
対してトライを狙うしかないスコットランドは、ペナルティを得てもゴールを狙わずランで攻撃、これを攻め切って追加のトライ。
コンバージョンも決まって28-21。
日本がペースを落としたのが有利に働き、勝利の女神の足跡を見失わずに済んだ。
後ろ姿を捉えるために急げ!
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試合の分水嶺になることが多い60分ごろ、日本はキックオフから身体をぶつけて攻め込み、激しいフィジカルバトルを挑む。
これを守りきったスコットランドだが、攻撃回数21フェイズに及ぶ我慢比べはフィジカルとメンタルのスタミナを大きく奪った。
日本ボールのスクラムからの攻めを切り返しても、ランナーはディフェンスを振り切ることが出来ない。
スコットランドは最終局面でやっと自分達好みのアンストラクチャーな展開になったのに、ここまでで背負ったものが大きすぎた。
試合終了の銅鑼の音が刻々と迫る中、67分に苛立って掴み合い、70分には密集で押し負けるという屈辱的なターンオーバーから自陣に張り付けられ時間を使われてしまう。
72分の試合を蘇らせる最後のチャンス、ペナルティーを得ての前進も立ちはだかるディフェンスを突破できない。
残りは6分、時計の針が動き続ける中、日本はFWとSH田中が織りなす伝統芸能「ゆっくりスクラム」で時間を潰してくる。
残り3分、スコットランドにとってのタイムアウトが迫る中、スコットランド最後のスクラムは切り返しにあい、またも日本はインゴール間際で時間を潰し。
ついに迎えた運命の80分、銅鑼が鳴った直後にボールはタッチの外に蹴り出された。
最終スコア28-21。
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日本は相手のして欲しくないことを徹底的に仕掛けつづけ、対するスコットランドは限られた選択の中で取り得るプランで臨んだとはいえ、前半の消極性で負ったビハインドが悔やまれる敗戦となった。
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4年前、スコットランドは中3日のスケジュールで挑んできた日本を下したが、今回は初戦の雨や決戦前の台風による開催不安に苛まれ、そして今度は自らが背負った中3日での連戦の不利の前に涙を飲むことになった。
試合開催前の運営批判など、議論を呼んだ発言もあったが、命運を引き寄せるため全ての人々が全力を尽くしたのだったと信じたい。
最後まで諦めなかった誇りは傷付けられるべきではないと思う。
こんなありふれた言葉をかけるのが適切かどうか分からないが、「胸を張って」祖国に帰ってほしい。
そして4年後また会おう。
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スコットランド代表の旅はこれで終わったが、日本はこれで史上初の決勝トーナメントに進出し、ベスト4を争うことになる。
運命という言葉はチープだが、多くの人がまた、楕円球で行われる陣取り合戦以上のドラマを見るのだろう、その相手は、4年の月日を経て再びW杯の舞台で相見える、南アフリカだ。