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国際展示場にて|現場人へのあこがれ

広告代理店勤務時代、初めて配属されたのがセールスプロモーションの部署でした。コピーライターやデザイナー、メディアの買い付けなどとは違って、いわゆる広告代理店と聞いてセールスプロモーションの部門をイメージする人も少なければ、どっこい中で働く人ですらどんな仕事を担当しているのかきちんと説明できる人も少ないといった部門なんですけれども。


おれが所属していた組織ではいわゆるPOP UPイベントの企画とか、展示商談会のブースを作るとか、イベントごとを担当することが多くて、休日出勤は当然として出張や泊まり込みの仕事なんかもよその部署と比べると非常に多かったと記憶しています。割合季節労働的な側面の強かった我々の部署の繁忙期は、イベントごとの多い秋のシーズン。週末は毎日のようにイベント現場が続き、平日はその仕込みと、年末までほぼ休みなく駆け抜けるという生活でした。

現場でのおもなステップは設営・運営・撤去。半年ほどかけて仕込んできた企画を、短い時は一日で立ち上げて壊すなんてこともザラで、広告は出稿の期間が終わればほとんどその後日の目を見ることはありませんので、この稼業は形に残らない仕事と揶揄されることもしばしばありますが、イベントごとは特にその傾向を強く感じたものでした。

この一連の流れの中でおれが好きだったのは、設営の瞬間です。多くのイベント現場は、イベント制作会社や施工会社といったパートナーたちと一緒に作り上げるのですが、特に東京ビッグサイトや幕張メッセなんかで行われる大きな展示商談会のブース設営の日なんかは、職人さんやいわゆる現場系の力自慢がたくさん集まって、あちこちで一気にブースを組み上げていくので壮観です。

現場系の人たちってかっこいいですよね。重い物を持ち運んだり、インパクトドライバーをはじめとする工具を駆使してものを作り上げるとか、大きい車を運転するとか、男の子の男の子的な部分を非常にくすぐる、憧れる部分の非常に大きい仕事です。

おれだってハイエースで搬入出口に乗りつけて、重たい資材を颯爽と運び、いっぱい色んな工具を使いこなしたかった!ところでこの界隈ではインパクトドライバー等でビスを打ちこむことを「ビスを揉む」と言っているのをよく耳にしていました。大工さん用語。

彼らはメジャーや巻き尺のことを「コンベックス」と呼んでいたし、マジックテープのベリベリのことを「ベルクロ」と呼んでいました。カラーコーンはパイロン。そういうところもかっこいいですよね。

大きな憧れこそあったものの、おれはお察しの通り学生時代から非常に陰気な生活を送っていたものですから、力仕事はできないしビスもまっすぐに打てない。高校を卒業した春に引っ越し屋さんのアルバイトを始めたけど、辛すぎて半日でべそをかき、二日と続けることができませんでした。免許だってオートマ限定だし。彼らとは違う星の人間なんだな、と諦めて企業戦士として違う道を生きている現在です。

ただ、こんなおれでも、彼らのマネができそうな部分があったのです。


イベント現場では、半年以上かけて作り込んできた設計図通りに組み上げていくのですが、当然に現場で微妙な調整をしなくてはいけなかったり、そもそもクライアントの事情で展示物が増えたりすることが多いんです。例えばよくわからんパネルを急遽壁に貼らなくてはいけなくなったとか、スペースが寂しいから小物を置きたいとかですね。

そういう時、職人さんに相談をしますと、懐から両面テープつきのベルクロを取り出して固定してくれたり、ミュージアムジェルで小物が落ちないように留めつけてくれたりするんです。「こんなこともあろうかと、留め具を用意していました~!」のやつですよね。

カッターとか、養生テープとか、こまごまとした消耗品も絶対に持っている!ドラえもんと言うと陳腐な表現ですが、まさに現場に必要なものがなんでも出てくる!職人さんの準備のよさや機転に何度も助けられてきました。


子どもの頃、外で遊んでいてけがをした時、絆創膏を持ってる友達って妙にかっこよく、頼もしく見えたことってありませんか?あの感じですよね。

この点は、パワーもオートマ限定免許も関係ありませんから、ぜひ真似して頼られたいと思って、現場小道具セットを常に持ち歩いていた時期がありました。


最初は養生テープやカッター、小型ドライバーにベルクロの切れ端など、現場でよく必要になるものをこまごま入れていたのですが、だんだん日常生活で、折々出てきたら嬉しいものや、あってほしい時になくて困ったものをチョイスしたり、最終的にはホームセンターで買ったものをとりあえず入れておく袋として機能していました。

絆創膏、綿棒、割りばし、つまようじ、マジックペン、整腸剤、無印の化粧水と乳液、スチレンボードの切れ端、角材の破片、それから充電ケーブル。これはライトニングとType-B、Type-Cなど様々取り揃えていました。

おれの持ってる家電にはType-Bの充電が必要なものはないので、これは誰かに貸せるように持っていました。

そうなるとモバイルバッテリーもみんなで使えるサイズをと、段々容量を増やしていき今では30,000mAhのもの、iPhoneがだいたい7~8回くらい軽く充電できるものを持ち運んでいます。

気が付けば女の人が化粧品を入れるような小さめのポーチに収まりきらなくなり、体育館シューズを入れるような大振りの巾着袋をいつもリュックの中に忍ばせるような生活になっていたのです。


このくらい

これを常に持ち運ぶことで準備のいい奴になりたかったんです。ただ、携帯の充電が切れかかっている人に対し、でかいシューズ袋からガサゴソとモバイルバッテリーを差し出した時、まずシューズ袋いっぱいにモノを入れているところに軽く引かれるとともに、取り出したモバイルバッテリーがめちゃくちゃデカいことで更に引かれます。30,000mAhにもなるとちょっとした文庫本よりも分厚くなりますから、感謝こそされるものの「なんかお前のモバイルバッテリーめちゃくちゃデカくない?」と指摘を受けることもしばしば。

それから、シューズ袋の中には明らかに日常生活に必要のない養生テープやら、巻き尺(大工さん用語ではコンベックス)、ひどい時には鉄を切断したりなんかする際に火花から目を守るための安全ゴーグルなんかも入れていましたから、「なんでこんなもの入れてるの…?」と問いただされることも非常に多く、なんか思ってたんとちゃう!となって持つのをやめました。

ただ、これだけものを入れているとホームランが出ることも時々あってですね。今の会社に入社して、ちょっとしたディスプレイを作る仕事をしていた時のこと。急遽天井からパネルを吊るすというアイデアが出たものの、天井フックだと長時間経つと落下してしまうという問題があり、暫時悩み時間に突入してしまったんです。

その時、ふとおれは天井ボードアンカーを持ち歩いていたことを思い出したんです。ボードアンカーって分かりますか?これと一緒にビスを揉むと壁の裏側でビスが落下しないように支えるための部品が開くという優れものなんです。




で、これを満を持して取り出した時、なぜこれを持ち歩いているのかといった冷静な疑問よりも、困難な問題が解決した爽快感がギリギリ勝ち、称賛を得ることに成功したのです!天井ボードアンカーを持ち歩いててよかったなと思うことって、普通に生きてて人生で一度あるかないかだと思うんですが、あの時ビッグサイトにいた職人さんから存在を教えてもらわなければ持ち歩くことのなかったものです。

また今年もイベントの繁忙シーズンがやってきました。全国のあちこちできらびやかなイベントが行われているその裏では、職人さんの技と力が人知れず光を放っています。イベントが終わるとその光は跡形もなくなるわけでありますが、その刹那的なところもそういえば好きだったな、と秋の風に思います。職人仕事はいつまで経っても、男の子の憧れです。そんな感じです。


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さんし
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