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小さな約束
作品集「憧れの街」が本日発売になりました。
ちょっと作品集的なものを書いてみようかな?と思って手を動かし始めたのが10月くらいで、その少し前くらいからかな?夏ごろからここ半年くらい、明るい気持ちで取り組んではいたんですけど、日常ずっと気持ちのほうは滅入っていて、だいぶしんどい時期でした。
元来神経が粗雑なものですからここまで気持ち的に参ってしまうこともなければ、ここまで長期的に重苦しい感じになることもなかったんですけれども。だれが粗雑だよ!やっちまうぞ!
多少落ち込むことはこれまでもあったんですが、立て直しの速さがおれの取柄といいますか、「おちこんだりもしたけれど、20分後には元気です」みたいな、なんならこの性質を「これがレジリエンスっすヮ」などと言って笑いに変える元気があったんですが、ここ最近はその技が通用しなくなってきているんです。
30歳を迎えた時分、年々ストレス耐性が弱まっているというか、今までとは社会的に求められる立場とか技能とか立ち居振るいも変わってきた一方で内面の実態に反して年齢だけ積み重ねてしまった感覚もまあまあある。今までとはストレスの質が異なる感じもあって、ここ半年でずいぶん白髪も増えてしまった!今までは1本2本生えてるだけでずいぶん落ち込んだものでしたが、このところはほぼ毎日新しい白髪を発見しますから、そのうちにおれはシルバーヘッドのいい感じの激渋おじになっていくんだと思うんですけれどもね。じゃあ別にいいか。
伴って、気が滅入っている中に、更に気が滅入るような事象が起こると、どんどん自分の中にあった繊細さみたいなものが大きくなっていく感覚があって。そういう心身の変化に敏感になればなるほど、あるいは繊細な方向へ寄れば寄るほどに、本来なら大したことないような痛みが身に染みるようになってきてね。そっちの方向に振りきっちゃったらずいぶん生きにくくなるぞ、と思って、意識的に鈍感になろうとしていた部分もあったから、やれテイクイットイージーだとかライフゴーズオンだとかおまじないのように唱える毎日で、歳を取るほどに粗雑な人間性になっていくおじさんやおばさんが一定数見られるのは、こういう事情も一役買っているのかもしれないな、と思うのでした。
とにかく、この半年は「もうだめだ。」と「でも、やるんだよ。」を行ったり来たりするような毎日で、ずいぶん浮き沈みがあったように思ういます。そんな時、この二つの島の往来を繋ぎとめていたのは、日々の中で誰かと交わした数えきれないほどの「小さな約束」だったな、と思うんです。
それは、金曜日になったらあいつと酒を飲みに行くんだという雨の日の月曜日に交わした約束であり、来週末に久しぶりの友達と会うんだという約束であり、来月になったら気になる展示が始まるから見に行くんだという約束であり、もうちょいあったかくなったら、少し遠くまで車を走らせてみようという、実現するかどうか怪しい約束であり・・・ただ、そういう約束が先々に控えていることで、「せめてその日までは頑張ってみようかな」という気持ちになっていたんです。
中でも大事な約束は、この作品集、「憧れの街」を世に出すんだという自分との、あるいはそれを待ってくれてた人との契約書もなにもない不文律の約束で、この作品集に取り組んでいたここ数か月間、辛気臭い毎日の中で、これがものすごい支えだったりしました。
分かんない、本当にだめな時はもはや起き上がれないくらい、約束を果たすなんて到底できないくらい打ちのめされちゃう状態になる人もいるんだと思うんですが、少なくとも、今日じゃなくて明日に明るい約束が1つあるだけで、少し心が楽になるような気がするんですよね。
しんどい毎日を送らざるを得ない人は、明日に小さな約束を一つ作っておくといいんじゃないか、と思います。どんなに下らないものでもいいよ。明日朝早く起きて立ち食いそばを食べに行こうとかでも全然いいじゃん。ほんとにできるかどうかは別にしてさ。おれはこの先も辛い時はきっとそうすると思う。
それで、この作品集に取り組んで良かったなと思ったこととして、世に出すまでの過程で思いもよらない嬉しいことがたくさん起こったというのもあるんです。作品集出すよ~!ってアナウンスをしたらそれまでずいぶんご無沙汰になってしまった友達やお世話になった人から連絡が来たり、作品のヒントになればと思いふと開いた本やなにかの一葉の絵だとかほんのちょっとの一文に思いがけず救われたような気持ちになったりしたんです。そして、そういう時に限って気持ちが塞いでいたり、しんどい事象が重なったりしていた時だったんです。これは、中島らもの言うところの「その日の天使」ってやつなんだと思うんです。
「その日の天使」
一人の人間の一日には、必ず一人、「その日の天使」がついている。
その天使は、日によって様々の容姿をもって現れる。
心・技・体ともに絶好調のときには、これらの天使は、人には見えないもののようだ。逆に、絶望的な気分に落ちているときには、この天使が一日に一人だけ、さしつかわされていることに、よく気づく。
こんなことがないだろうか。
暗い気持ちになって、冗談にでも、“今、自殺したら”などと考えているときに、とんでもない知人から電話がかかってくる。あるいは、ふと開いた画集か何かの一葉の絵によって救われるようなことが。
それは、その日の天使なのである。
今日から「憧れの街」はおれの手を離れて、広くたくさんの人の手に渡る一作になるわけですが、本作は、誰かの「その日の天使」になりうるでしょうか。
なんでもいいんすよ。
「こんな下らないことを考える奴がいるのか」とかでもいいし、
「自意識がオーバードライブしまくりやがって、なんてダメな奴なんだ」とかでも全然いい。
何か分かんないけど、「こんな奴でもそれなりに生きていけるんなら、そりゃ、こんな世の中も捨てたもんじゃねえなあ」とか、そういう風に思ってもらえるきっかけになれば、これはすごくうれしいことだなと思うんです。
「憧れの街」は、全19本で構成されている「おれにとっての東京」をテーマにしたひとつの作品です。これを明日から少しずつ読むとか、明日眠る前に一篇だけ読んでみようかとか、そういう小さな約束が生まれたりとかしたら、それはとっても素敵なことだと思うんです。そんな一作になるといいなあなんつって、手前味噌ですけど思っていますよ。
さて、一旦「憧れの街」でおれがやる作業はひと段落を迎えたわけなんですが、これからおれはどうしようかね?何を約束ごとにして暮らしていこうかね?っつって考えたときに、先のことは分かんないけど、このたび何か名刺のような、一振の刀のような作品集ができたのでね、せっかくいい武器ができたものですから、腰に下げてちっと外にでも出てみようかな、と思っています。それにきっとおれはこれからも毒にも薬にもならない話を書くと思うし、聞いてくれよォ!っつってみんなに話しかけるみたいに問わず語りすると思うんでね。今後とも何卒宜しくお願い致します。そんな感じです。
憧れの街
BASE
note
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