見出し画像

【読み物】散文|ナイトサイクリング

深夜、誰もいない交差点でもちゃんと赤信号を守るのはおれくらいなものだと思う。この時間は昼間と違って涼しくて助かる。電車じゃ見られない街の景色が自転車に乗っていればよく見える。

大事なプレゼンの前に音楽を聴かなくなったのはいつからだっただろう。音楽がなくてもスイッチが入れられるようになったのか、そもそも奮い立たせる必要がなくなったのか。

石橋をみんなが渡れるように、誰にも見られないところで叩いている。ある日突然いなくなってすべての橋を崩したくなる時がある。みんなにもそんな瞬間の一つや二つくらいあるでしょう。真面目にやってれば誰かが見ててくれるなんて言うが、見てないでどうか助けて欲しい。

お金に余裕がないのを税金や物価のせいにできたらどんなに楽だろうね。本当は好きなだけおいしいものを食べて、ためになることを学んで、小さい車を買ってたまには遠くへ旅なんか行きたい。その際必ず好きな服で飾るように。あぶく銭なんてすぐに使っちゃうんだから、形にして残しておきたい。初詣で買った戎様を財布に入れてても金運は上がらない。

酔っ払いがクラウチングスタートの体勢でくたばっている。夢半ばであっち側に行ってしまった彼の13階建の部屋が今は墓標になっている。神保町で飲み歩いていたころ、おれたち無敵だった。理想だけ雑に並べて不満が入り込む隙間などなかった。

昔の歌なんかを大きな声でうたっても誰にも何にも言われません。きつい坂道は自転車を押して歩くけど、そこまでして行きたい場所があるわけでもない。絶対に電車よりも自転車よりもバスとかのほうが便利な時がある。

この頃はすれ違った気持ちがどんどん開いていく。引き際が見出せないまま脳みそのよく使う部分にいつまでも居座っている。全部を分かろうなんておこがましいことだね。

いつも連絡をくれるあの子は何を求めているんだろう。おれには何もないというのに。

いつか好きだった人がいつも窓際に飾っていた花の名前を思い出せないでいる。このごろはなんだかすべて忘れてしまうな。花屋にもとんと行かなくなった。どうして彼女は出て行ったんだろう?思えばずいぶん遠くまで来てしまった。近くのスーパーで待ち合わせて、お惣菜を買って帰るような幸せが実はあの街にあったんだと思う。反対の交差点の向こう側で、幼いおれがこっちを見ていた。10年も経ったらなんでもできると思っていたんだけど。いつまでもずっと寂しいままだね。

すっかり地図を見ないでも東京の街を乗り回せるくらいにはなった。この頃は人から叱られることもなくなった。きっとそのうちに何をしても叱ってくれる人なんてこの街にいなくなるんだろう。

どうしてもだめになりそうな時は、布団を被って声を出して泣いたら良いと思う。そのうちに泣き疲れて眠ってしまったあとで、朝日の中でこれからの事を考えたら良いんだと思う。

終電車は郡山に着いた頃だろうか?きっと疲れていたんだと思う、あなたもおれも。今思うとあの子ちょっとえっちだったよな?

人には一生理解できないことを考えている。簡単に理解されてたまるかという気持ちすらある。いま、ここにいるおれに全てを注いであげることを続けていたら、今ごろ大きな家が建ってるだろう。過去の後悔と未来への不安がここまで連れてきた。

この頃はパンとかの話をしているだけで楽しい、楽しいよ。一段低いところで分かり合おう、これからのおれたちは。いろんなことに夢中になったり飽きたりして生きていこうと思う。次の休みは冷たいコーヒーを飲みながらちっちゃな商店街を何往復もしよう。おれとあなたは一緒にいたらたぶんとっても良いと思う。本当にそう思っている。


高そうな車がすごいスピードでおれを追い抜いていく。橋の向こうを行けば海が見えるだろう。きっと今は二度と戻らない素晴らしい日の中にいる。いつまでもこの夜が明けなければ良い。いつまでもこの夜が明けなければ良い。

いいなと思ったら応援しよう!

さんし
拙アカウントは皆様からのあたたかいご支援によって運営されています。心を寄せてくださる皆様の貴重なお気持ちを価値高いものとして、今後ともより質の高いコンテンツ制作に励んでまいります。