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量子コンピューターが掘り起こした価値、IPA未踏ターゲット報告会リポート②
量子コンピューターは既に産業貢献をしているかもしれない―――。そう感じさせる発表がありました。情報処理推進機構(IPA)が開催した「未踏ターゲット事業成果報告会」の1日目、東京理科大学の学生チームによる報告です。
関連記事:量子コンピューターから「量子」が消える日、IPA未踏ターゲット報告会リポート①
[東京理科大学大学院の白井菖太郎さん(右)、八木武尊さん(左奥)、新保潤さん(左手前)]
「より現実に近い問題を設定しました」。同大学院で物理学を専攻する白井菖太郎さんは、開発プロジェクトについてこう話しました。量子コンピューターの登場で注目が高まった技術(注1)をつかって、海運業界の課題解決に挑戦しています。着目したのは、海峡での衝突問題でした。
大海原を進む船舶は道路のように進路の制約はありませんが、航路が限られる海峡では渋滞が起こりえます。港に近い海峡などでは、「毎日300隻もの大型船が押し寄せる海峡がある」(同大学で物理学を専攻する新保潤さん)そうです。渋滞するほど船がつめかけると、港に出入りする船舶が衝突するなどの事故原因になりかねません。
こうした海峡では、長年の経験を持つ管制官がそれぞれの船に指示を出して衝突を防いでいます。しかし大きさも入港タイミングも違う何隻もの船に、適切な指示を出すのは至難の技です。
海上ならではの課題もあります。陸上であればスマートフォンのアプリで通信をしながら車の運転やゲームなどができますが、携帯向け通信アンテナや光ファイバーといった安定した通信環境の無い海上では簡単ではありません。船員の安全を左右するソフトということもあり、船舶から常時通信するような仕様は「非現実的」(同大学院で応用数学を専攻する八木 武尊さん)と、判断したそうです。
管制官を機械化する
[ソフトのデモンストレーションを説明する八木さん]
検討の末に採用したのは、管制官の指示を最適化するというアイデアでした。海峡に近づいてくる何隻もの船舶に「速度を落としてもらって(海峡に入る)タイミングを調整する」(八木さん)ことで、衝突を効率的に防ごうという挑戦です。
3人は、アニーリング型と呼ばれる量子コンピューターと同様の計算ができる(注2)「GPUアニーリングマシン」(フィックスターズ)や「デジタルアニーラ」(富士通)といったサービスを使って、船舶の海峡に入るタイミングを調整する管制業務が最適化できないか、挑戦しました。
GPUアニーリングマシンやデジタルアニーラは量子的な性質を利用したコンピューターではありませんが、量子コンピューターでは装置の開発を待たなければ計算できないような問題を計算できます。もし開発が進めば、3人が挑んだ計算も本物の量子コンピューター(注3)で解ける日がくるかもしれません。
3人は、100隻ほどの船舶が海峡で衝突しないように管制指示を最適化する問題を、従来の計算方法より効率的に計算できたと報告しました(注4)。もし研究・開発が進めば、海上輸送に必須のITシステムとして普及するかもしれません。
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アニーリング型の量子コンピューター(注5)は、2020年3月末に東京工業大学を定年退職される西森秀稔教授などが1998年に発表した「量子アニーリング」という計算方法を基にしています。実はこの計算方法、「量子」の概念をコンピューターでシミュレーションして効率的に問題を解くというもの(注6)。本当に量子コンピューターが開発されるとは、発表当時は想定していなかったそうです(『量子コンピュータが人工知能を加速する』著・西森秀稔、大関 真之:日経BP) 。
実際に量子コンピューター(注3)が開発されたことで注目が集まり、1998年の発表の価値が見直されたからこそ、「GPUアニーリングマシン」や「デジタルアニーラ」といったサービス(注7)が登場したのかもしれません。富士通などは、このデジタルアニーラを使って2022年度までに累計1000億円の売り上げ達成を目標に掲げています。既に量子コンピューターの登場は、産業的にも貢献していると言えるのではないでしょうか。
今後も、量子コンピューターの装置開発が進み、未踏ターゲット事業が支援するような関連ソフトウェア開発が進めば、もっとたくさんの産業価値が再発見され、実際に使われるようになるかもしれません。
関連記事 :「コミュニティ」が挑戦から価値を産む、IPA未踏ターゲット報告会リポート③
(取材:大下 範晃/執筆・編集:アイデミー)
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注1:カナダのD-Wave Systemsが商用の量子コンピューターとして販売を始めた装置は、理論的には「量子アニーリング」と呼ばれる計算アルゴリズムと同じ結果が得られます。同社の量子コンピューターが登場したことで、量子アニーリングにも関心が集まりました。量子アニーリングは、量子力学モデルに基づく自然現象のシミュレーションを使って問題を効率的に解こうとする、一般的なコンピューターで使える計算アルゴリズムです。本記事で紹介するソフトウェア開発の報告は、この量子アニーリングを使ったものです。量子コンピューターと呼ばれる計算機や装置などは使っていません。
注2:理論的にはアニーリング型と呼ばれる量子コンピューターと同様の結果が求められるが、量子ビットといった機構は持たない、いわゆる「古典コンピューター」などと呼ばれる計算機を使ったソフトウェア実行環境です。アニーリング型量子コンピューターは、量子論理ゲート(quantum logic gate)の機構を持たないなどの理由から、「量子コンピューターとは呼ばないのではないか」といった指摘がありました。
注3:アニーリング型量子コンピューターを含みます。アニーリング型は「量子コンピューターとは呼ばないのではないか」といった指摘がありました(注2参照)。
注4:開発プロジェクトの成果は公開されています。
サイト:https://deconfships.dev/
注5:アニーリング型量子コンピューターは量子論理ゲートが無いなどの理由から、「量子コンピューターとは呼ばないのではないか」といった指摘がありました(注2参照)。
注6:量子力学に基づく焼きなまし(アニーリング)現象を表現する方程式を、コンピュータシミュレーションによって実装し、その有効性を確認したという発表でした。
注7:事業活動の一貫であるとの解釈から、「サービス」と表現しています。