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寒い日に|シロクマ文芸部

「寒い日に バイトの二人 サボってる」

コンビニ店長

「ねえねえ、川柳って何でしたっけ?」

真冬の寒気が染み込むコンビニのバックヤード。シフトが始まる前の数分間、後輩の椎名 琴音が、温かい缶コーヒーを両手で包みながら、不意にその質問を投げかけた。

「五七五のやつでしょ?」

7の文字がプリントされたグリーンの制服に着替え終わり、スマートフォンでSNSをチェックしていた先輩の矢代 航平は、画面から目を離すことなく、何気なく答えた。バックヤードの小さな暖房機が、静かにうなりを上げている。

「それは俳句じゃないですか?」

琴音の問いかけに、航平は思わず親指の動きを止めた。

「あれ? そうだっけ?」
(やばい。違いが分からない。中学で習ったはずなのに…)

「スマホで調べてみましょう」

琴音が制服のポケットからスマートフォンを取り出す。画面が彼女の整った顔立ちを青白く照らし出した。画面隅に表示されている時刻が目に入る。

「あ、シフトの時間だ。行かないと」


白い蛍光灯の光が、疲労で重くなった瞼を優しく照らす。シフトを終えた二人は、バックヤードのパイプ椅子に腰かけた。窓の外では、冬の夜空が静かに降り始めた雪を見守っている。その静謐な空気とは対照的に、室内では……

「川柳も五七五なんですって。でも季語はいらないみたいです」

「季語って……季節を表す言葉だよね?」

航平が不確かそうに尋ねた。

「うんうん。『雪』とか『紅葉』とか『蝉』とか……」

琴音は指を折りながら数えていく。

「ふーん。でも季語いらないなら、わかんなくてもいいか」

航平は肩をすくめた。

「そうですね」

「じゃあ作ってみる? 寒いし、『寒い日に』から始めてみようよ」

「いいですね! わたしからね」

琴音は目を輝かせながら即座に詠み始めた。某スカウト型転職サービス会社のCMのように、右手の人差し指を天井に向けて……

寒い日に レジが固まる コンビニで

「おお! それ、さっき本当にあったね」

「航平先輩も作ってくださいよ」

「えーと……寒い日に おでんの具材が 凍ってる

航平は少し考えてから答えた。

「それ七音になってないですよ。それと、指……やってくださいよ」

琴音は人差し指を立てる発表のポーズにこだわっているようだ。

「やだよ恥ずかしい……」

「お・で・ん・の・ぐ・ざ・い・が って八音ですね。でも、字余りもアリなんじゃないんです?」

琴音は指を折りながら数えた。

「字余り?」

「うん、五七五からちょっとはみ出すのも、味があっていいって聞いたことありますよ」

「へー、でも難しいなあ……」

航平は腕を組んで悩んでいた。

「じゃあ、こう? 寒い日に おでんの具たち 凍ってる

「それならオッケー!」

琴音は満足そうに頷いた。

時計の針が刻む音も、暖房の微かな振動も、二人の言葉の端々に溶けていく。世界は、この小さなバックヤードだけに存在しているかのようだった。

「次はわたし! 寒い日に バイトが休む 次々と

「それ店長に聞かれたら怒られるよ」

「あ、ごめんなさい。じゃあ……寒い日に ホットスナック 売り切れる

「それいいね。でも『ホットスナック』って外来語だから、なんか違和感あるな」

「じゃあ『からあげクンが』とか?」

寒い日に からあげクンが 売り切れる……って、それウチのコンビニじゃ売ってないヤツでしょ?!」

「てへへ」

琴音はさらに一句を詠み上げた。

「あ! 寒い日に 店内暖房 故障中

「最悪だ!」

夜は深まり、街灯の明かりが窓を通して影を落とす。その中で、二人は詩的感性とは程遠い川柳を重ねていった。拙い言葉の連なりは、しかし確かな温もりを持っていた。芸術性は欠けていても、その瞬間だけの、かけがえのない詩として、バックヤードの空気に溶け込んでいった。

そんな中、バックヤードの入り口に店長の姿が現れた。二人の会話を聞いていたらしく、少し意地の悪い笑みを浮かべながら呟いた。

寒い日に バイトの二人 サボってる

「店長!俺達もうシフト終わってますよ」

「じゃ、早く帰れよ。雪に気を付けてな」

「はーい、お先でーす」「お先でーす」


先輩、ホットスナックは和製英語ですよ。


上記がお題です

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藍出 紡
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