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短編小説「宿題」

 二〇二五年春のある日、小学四年生の小原 あかりは、担任の先生が出した宿題に困っていた。『環境問題について、大人に質問をして、その答えをまとめなさい』という課題だ。

 あかりは祖父の小原 幸男に質問することにした。幸男は七十二歳。昔は大手電機メーカーで技術者として働いていた。

「おじいちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだい、あかりちゃん」

「どうして昔の人は、地球温暖化とか、ゴミ問題とか、もっと真剣に考えなかったの? 今、わたしたちが困ってるのに」

 幸男は少し考え込んでから答えた。

「うーん、考えてなかったわけじゃないんだよ。でもね、みんなお金を稼ぐことの方が大切だって思っちゃって……」

「それじゃあ答えになってないよ。おじいちゃんの世代の人たちが、もっとちゃんと考えてくれてたら、今こんなに大変じゃなかったはずでしょ?」

 幸男は黙り込んでしまった。

「それに、太陽だってずっとは輝いていられないんでしょ? あと五十億年くらいで燃え尽きちゃうんでしょ? どうしてみんな気にしないの? なんで?」

 幸男は優しく微笑んだ。

「すごいね。そんな先のことまで考えられるなんて」

「そうじゃないの! 今から考えておかないと、間に合わなくなるかもしれないでしょ?」

 あかりの真剣な表情に、幸男は言葉を失った。


 その夜、幸男は書斎で古いノートを開いていた。表紙には「宇宙移民計画」と記されている。

(そうだ……あの頃の私たちも、必死で考えていたんだ)

 ノートには若かりし頃の幸男と同僚たちが書き記した、壮大な構想が記されていた。人類の存続をかけた、とてつもない実験計画の詳細だ。

(でも、あまりにも非現実的すぎて、誰も相手にしてくれなかった)

 幸男は机の引き出しから、小さな金属製の箱を取り出した。


 翌日の夕暮れ時、幸男の書斎。幸男は膝を折って、あかりの目線の高さまで身を屈めながら言った。

「あかりちゃん、昨日はおじいちゃんの説明が分かりにくくてごめんね」

「ううん、いいの。別の人に聞くことにしたから」

 不機嫌そうに答えるあかり。それでも幸男は優しく微笑んで言った。

「実はね、すごいものを見せてあげたいんだ」

 幸男は金属製の箱を取り出し、ボタンを押した。突然、部屋全体が青白い光に包まれる。

「えっ!?」


 目が眩んだあかりが目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。透明なドームの向こうには、真っ暗な宇宙空間が広がっている。

「ここは……」

「千年後の世界だよ。みんなが宇宙で暮らせるように作った、新しい街なんだ」

 驚くあかりに、幸男は優しく説明を始めた。

「実はね、おじいちゃんたちも未来のことを一生懸命考えてたんだ。地球だけじゃなくて、宇宙にも人が住めるようにって、こっそり準備を進めてたんだよ」

 ドームの向こうには、巨大な人工都市が建設されている最中だった。

「どうして誰にも教えないの?」

「みんなが心配しちゃうからね。それに、大人たちがケンカを始めちゃって、この計画が止まっちゃうかもしれなかったんだ」

 頭を少し傾げているあかりに、幸男は優しく、分かりやすい言葉を選びながら話を続けた。

「今の環境問題もね、実は大切な役目があるんだ」

「どういうこと?」

「みんなが宇宙に行くことを真剣に考えるきっかけになってるんだよ。もちろん、わざと地球を汚したわけじゃないんだ。でも、この心配が、宇宙に行くための準備を早くしてくれたんだ」

 あかりは黙ってドームの外を見つめた。そこには、輝く青い地球が見えていた。

「そろそろ帰ろうか。未来のことは、あんまり知りすぎない方がいいからね」

 幸男が再びボタンを押すと、二人は元の書斎に戻っていた。

「あかりちゃん、これは内緒だよ。でもね、覚えていてほしいな。みんないつも、明るい未来を作ろうって頑張ってるってことを」

 あかりは深くうなずいた。


 後日、彼女が書いた環境問題についての作文は、担任の先生から高く評価された。その作文は、こう締めくくられていた。

「私たちの未来はきっと大丈夫です。だって、みんなが一生懸命頑張っているから」


日常の何気ない会話から思いついて小説にしてみました。

noteの記事「本文を書くときのポイント」で、こまめな改行・段落分けを推奨していました。他の方の記事を見ても、そうしているものが多く確かに読みやすいですね。
本にした場合、改行が多いとページ数がやたら多くなってしまうのでしょうけど、noteの場合(ブラウザで表示する)は心配無用ですし。
小説縦書きスタイル書式でそのまま書いている人も結構いらっしゃるようですので、しばらく様子を見て臨機応変にやっていければと思います。


おまけ
あかりの作文を用意しました。

『地球の未来』四年一組 小原あかり
わたしは、この前、おじいちゃんに環境問題について質問しました。
最初、おじいちゃんの答えはよくわかりませんでした。どうして昔の人は、もっと真剣に環境のことを考えなかったのかな、と思いました。
でも、おじいちゃんは、たくさんのことを教えてくれました。昔の人たちも、実は一生懸命考えていたんだと分かりました。
環境問題は、とても大切な問題です。地球温暖化で、氷が溶けたり、天気がおかしくなったりしています。ゴミもどんどん増えています。
でも、わたしは希望を持っています。なぜなら、科学者さんたちが新しい技術を開発したり、木を植えたり、ゴミを減らす方法を考えたりしているからです。
学校でも、リサイクルや節電について勉強しています。クラスのみんなと一緒に、できることから始めています。
おじいちゃんは、「未来は明るい」と言いました。わたしもそう思います。大人になったら、環境を守るために何かしたいと思います。
私たちの未来はきっと大丈夫です。だって、みんなが一生懸命頑張っているから。


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藍出 紡
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