堕天使の声が、可憐なる絶景を見せる。King Gnu「IKAROS」
King Gnu
『THE GREATEST UNKOWN』
堕天使にもし声があるとすれば、こんな声かもしれない。
King Gnuのアルバム第4作に収録された「IKAROS」。メインボーカル井口理の声を耳にして思った。元・天使、現・人間。天上の名残と下界の安堵が融けあうと、このような質量の肉声になるのではないか。翼の飛翔と折れた落下が共にある声。現世を超越した浮遊のテクスチャ。速くも遅くもないピッチ。高揚も悲哀も遠近法もろとも崩れ落ちる。寸分の狂いもなく揺蕩う崩落。境目なしの堕天使。
失恋の予感を抱きながら、いっそひと想いに墜落させてほしい、後悔など残らぬように。後ろ向きの祈念を、太陽に近づきすぎて蜜蝋の翼を溶かしてしまったイカロスになぞらえた歌。だが、歌詞世界が堕天使を発想させるのではない。井口の声そのものが、終わりなき劇性を生きている。ソプラノともファルセットとも違う、無慈悲なまでに正確な音程と、何物にも靡くことのない精緻な強度。その完璧に乳化した声が語りかけてくる、自立した物語がある。
高音だが、華奢ではない。翼をもぎ取られてもなお重力に逆らい浮遊する言霊には、唯我独尊の美がしたたかに宿ってもいる。
だが、可憐なのだ。ここには、超一流のパティシエが精魂傾けて創りあげた高貴な菓子のような、身じろぎもしない可憐さがある。そして、この世のこととは思えぬ絶景が、果てしなく拡がり、聴く者はそこに呑みこまれる。
可憐なる絶景。歌詞を菓子にしてしまう井口理は、わたしたちの深層の領域を無限の彼方へと連れ去っている。
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