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アントキノイノチ、あるいは異化と他己

アントキノイノチ




 個人と世界。世界と個人。かつてないほどこの関係性を直視せざるをえない現代を生きるわたしたちにとって、必見の作である。ここで描かれている事柄を「泣ける/泣けない」で処理してしまっては、本質を見失う。これは「異化」(自分と他人を差別化する個性)と「他己」(社会的であろうとする自身のなかの客観性)の物語なのだから。したがって、岡田将生と榮倉奈々の出逢いは決して「傷の舐め合い」には陥らない。「異化」と格闘する岡田と、「他己」を見つめようとする榮倉は、真逆のベクトルに向かっている。だが、だからこそ、塗り替えることなどできない過去を抱える者同士であるふたりは結びつくことができたのだ。
 ひとは簡単に「閉じる」わけではないし、簡単に「開く」わけでもない。そうした魂の収縮を、瀬々敬久監督は瓦礫のなかに光を注ぐようなひたむきさで追いかける。「異化」の真髄を一枚岩から彫り上げていく岡田の驚嘆すべき演技腕力もさることながら、青山真治監督の『東京公園』につづいて難役に命を吹き込んだ榮倉は賞賛に値する。画面を横切るとき、対峙するとき、遠くを見つめるとき、風に吹かれるとき。彼女の表情はこれが「顔の映画」であることを、寡黙な豊かさで伝えている。

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