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紫原明子さんを知っていますか   「大人だって、泣いたらいいよ    紫原さんのお悩み相談室」

  八年前、三十代前半でまだまだ世慣れていなかった私は、誰にも言えないことで、ひとり悩み苦しんでいました。大好きで大切だった彼氏からスキンシップを避けられるようになり、ついにはセックスを拒まれるようになってしまったのです。

 NHKの朝の番組で特集が組まれる現在ほど、当時セックスレスは一般的にオープンな話題ではなかったですし、相手のあることなので、彼氏を知る友人には相談できずにいました。それでも恥を忍んで昔からの友人に相談しても、下手だからなのかな?どうしたら上手になる?色んな人と経験して鍛錬の旅に出る?などと中二病的な発想しか出てこなくて、出口の見えない道に迷い込んだまま出られなくなってしまいました。
 
 そんな時ネットで目に留まったのが紫原さんの個人ブログ「手の中で膨らむ」。この時は悩み相談ではなく、話題のひとつとしてセックスレスが取り上げられていました。この人は一体何者なんだろう、と思いつつ読み進めると、そこには他のサイトにはない、斬新だけれど地に足の着いた、あたたかなサジェスチョンが提示されていました(ぜひお読みになってください)。ユーモアあふれる筆致にも関わらず、内容は繊細に積み上げられていて、会ったことのないこの明子さんという方は、信用できる人ではないかと感じました。
 
 このエントリがきっかけになったのかどうかはわかりませんが、その後しばらくして、紫原さんはクロワッサンONLINEで本気の悩み相談連載を始められました。その内容を加筆・訂正されたのが、先日発売された「大人だって、泣いたらいいよ」(朝日出版社)です。
悩みの内容は家族、性、恋愛、人間関係等々多岐にわたる、でも身近な問題ばかりです。そのうち私が最も共感したお悩みを紹介します。
 
 「昔ちやほやされていた同僚のFacebookに苛々します」
 身も蓋もなく言えば、嫌な奴のSNSをわざわざ見に行って、悪口を言っては溜飲を下げる自分が嫌になる、というお悩みです。私も一時期同じことをしていたのでよくわかるのですが、悪口を言ってはスッとして、その後残る後味の悪さが本当に嫌でした。
 これに対する回答がまた素晴らしく、ぜひ全文お読みいただきたいのですが、最後が以下のように締め括られていて、押しつけがましくないのに肯定的な読後のこの爽快感こそが、私の思う紫原さんらしさの真骨頂だと思っています。

 人の物語ばかり享受して終わるのではなく、たまには自分自身を物語の主人公にしてやりましょうよ。そういうの、どうですか?

 「そういうの、どうですか?」という軽やかさ。本書のまえがきにも、人より性欲の強い物書き、と冗談ぽく自称する一方、回答の文章からは徹底して相談者側に立つ紫原さんがの姿が垣間見えます。

自分が一生懸命悩んで、答えが出なかったことを誰かに預けるのは、本当に怖いことだと思う。少しでも乱暴に扱われたらきっと深く傷ついてしまう。

 結局八年前の彼氏とは、セックスレスの問題を解決できないまま別れたけれど、その後同じ趣味を持つ友人として長きにわたり交友を持つことができました。深く力強く悩んでいたことも、結局のところ解決したのは時間の力によるところが一番大きいのかもしれない。けれども情報を集めては知恵熱が出るほど考え、ときに恥をしのんで助言を乞うた、悩みに悩み抜いた時間は今の自分の一部となっています。
 この本で紫原さんは、直線的に思いつめては堂々巡りに陥りがちな相談者には思いつかない振り切った提案を、一見軽快に、しかし実のところ思慮深く示唆してくれます。相談することはときに勇気のいることだけれど、先の見えない迷い子のような悩み人にとって、帯にあるような「親身すぎる」お答えの数々が、きっと福音となると思います。

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