私と母の8050問題
いつも通り遅く起きてきた母がリビングに来るなり、「朝刊あらへん。」と言う。
ああ、今朝はまだポストを見に行ってない。でも私は母が起きてくる前に洗濯物干して風呂掃除して昨晩洗った食器を片付けて朝ごはんを食べるところだ。見るヒマのない朝刊のことなんか忘れている。私は瞬時にカッとなって「あらへんかったら取りに行ったらええやん、もう!」と言って踵を返してポストに向かう。
45歳独身の私は今、実家で75歳の母と暮らしている。母は重度の糖尿病で人工透析を受けており、両膝とも人工関節を入れているなどあちこち身体にガタが来ているものの、まあ元気にやっている。シルバーカーがないと移動できないが、介護保険を利用した様々な機器や送迎サービス等を駆使して病院や通所リハビリ施設などへ通い、何とか自宅で自立した生活を送ることができている。
私は母が朝刊を自分で取りに行かないことに腹を立てたわけではなかった。身体のために少しでも歩いた方が良いとはいえ、ポストまでは段差もあるし靴を履き替えるのも難儀だから、この程度のことなら私が行ったほうがよほど合理的だとわかっているし、その手間がさして面倒なわけでもない。ただ単純に、「朝刊ない」じゃなくて「朝刊取ってきてえな」って頼んでくれたら気持ちよく取りに行けるのに。
世代なのか生まれ育った環境的なものなのか、母は直接家族に何かを頼むということが苦手だ。外で他人に何かをお願いするときは必要以上に丁寧なくせに、家族には察するように仕向ける。
「灯油入れといてもらお」「じょうろに水汲んどかなあかんわ」「ベルーナのコンビニの支払い今週までやし」……。
こういった遠回しな言い方はここ最近始まったことではないので慣れているし、毎度毎度お願いしにくいのもよくわかる。それでもやっぱり私のほうから色々察して動くよう仕向けられるのは気分の良いものではない。「やってほしいことがあるならちゃんと『~して。』って言ってよ!」と言ったところ、「明日は透析のあと皮膚科あるから送り迎えお願い致します!」などと普段にない慇懃さをぶつけてきてはまた私を苛立たせる。
人工透析には病院のドライバーさんが毎回送り迎えをしてくれるが、月に数回の受診は自力で行き帰りしなくてはならない。母は透析を受けているおかげで障害者と認定されておりタクシーの定額補助券が使えるので、残額のみ払って一人で行ってくれればいいのだけれど、用事がない限り私が送迎するのが常となっている。面倒だな、朝の貴重な時間を取られるのは正直キツいな、と思う反面私は根っからのケチなので、まあこれで数百円得できて母もタクシー運転手さんにシルバーカーの上げ下げなどに気を遣わなくていいならいいか、と結局応じている。でも私の中で一番引っ掛かているのは、母が私の時間を消費することについて、頓着していないように見えることだ。カタログ購入した服のコンビニ支払い、銀行や役所への福祉関係の手続き、ドラッグストアやスーパーでのちょっとした買い物などをしょっちゅう仰せつかる。母が自力で行くのは困難だから、行くのは全然いいのだ。その請求書ずっと前から来てたと思うけど、昨日コンビニ支払い行くとき一緒に出せなかったの?区役所に提出する書類、先に電話で確認しておいてくれたら昼休みを三回も総合庁舎に走るのに潰さなくてよかったんじゃね?五月雨式にいろんな事頼まれる側のやり繰りとか考えてる?普段はこらえているけれど、つい口にしてしまうと母は「ゴメン」って言う。どうやら考えてはいるつもりけど、結果的にこうなってるみたい。そうか、それなら仕方ないか。うーん、でもなあ。
母はそんな私の何とも言えない気持ちを知ってか知らずか、ケロッとして気軽に色んなことを頼んでくる。そしてそれは主に食べ物関係のことが多い。「朝マック食べたない?」「この名古屋のケーキ屋さん、この日だけ出張で和泉町に来るねんて。」「今から西陣って遠い?この前テレビで美味しい豆腐屋さんってやっててんけど。」
私は母にイライラすることもあるし、口もききたくないと思うこともあるが、結局のところ母のことはとても好きだ。そうやって甘えてくれるのもうれしく思う面もある。母のリクエストはできれば応えてあげたい。そういうちょっとした美味しいものを一緒に食べる時間は、実はもうそんなに多くはないのだろうなと思っているから。
でも私は私でしたいこと、しなくてはいけないこともある。もっとたくさん文章を書いていきたいし、副団長をやっている合唱団の演奏会を成功させたい。これからどうなるかわからないけど、いまお付き合いしている人と過ごす時間もきちんと作って、大切にしていきたいと思っている。
木日曜が公休の私は、木曜の午後は彼氏と過ごすことに、木曜の午前と日曜は家事全般と合唱関連に時間を充てている。最近日曜のお昼は母のリクエストで、手ごろな値段でそこそこ旨い蕎麦や洋食、あるいは中華の店を車で行ける範囲で探し回っている。ランチ代は母が出す、と言うので甘えておく。とは言え私は毎月給料のうちかなりの額を食費光熱費として入れており、出所の大半は結局私だったりするだが、おかんに奢ってもらっている、という体で私は運転手をするというよくわからないバランスを取っている。
ランチの前後、スーパーに寄って私たちは一週間分の食糧を買い込む。母はシルバーカーを買い物カートに持ち換え、よちよちとした歩調のなのに妙に力強く押して歩く。私は二手に分かれてさっさと買い物を終えたいところだが、母はゆっくりとカートを押しながら私に指示を出し、私が必要な買い物を拾い集めるという侍従スタイルを堅持する。さらに最近は車いすという便利ツールを覚えた大奥さまは、疲れると息子による全人力車いすに乗り換え、買い物籠を抱えて買い物をする。
軽くはない台車を押しながら、ああ疲れたとふと視線を上げると、どのスーパーにも私たちのような、うだつの上がらない中年男と老婆という組み合わせを必ず一組は見かける。中年男は何だかいつも不機嫌そうで、口悪く母親らしき女性とぶっきらぼうに言葉を交わし、時には言い合いのようになっている。昔の私だったらきっと、「そんな言い方せんでもええのに。おっさん感じ悪いなあ。」とか思っていたけれど、今ならよくよくわかる。嫌いじゃないけどしんどいねん、さすがにずーっといると。わかるわかるよキミの気持ち。そんな心持ちでいつものスーパーを老婆の後ろでカートを押す中年男性とすれ違う。
あと五年もすれば私は五十、母は元気でいれば八十を迎える。年老いた親と引きこもりの子、いわゆる8050問題の立ち行かなさに比べれば、私たちの小競り合いなど取るに足らないものだろう。こんな些末なことでわあわあ吠えていられるのも、きっと母が抱える困難のうち少なくない割合を、介護保険が、ケアマネさんや通所リハビリさん、訪問看護師さんが肩代わりしてくれているからだ。そして私や私のようなスーパーの老婆連れ中年男性は、親のようにいざという時頼れる子を持たず、町内付き合いという細く長く根を張るセーフティネットも持っていないことに不安を感じている。自分たちが親とお別れした後やっていけるのか、みな漠然と不安なのだ。いなくなったらせいせいする、なんて心から思っている息子は昼間から、そんなに毎週親と一緒にぽぽーぺぽーぺ、ぽぽーぺぽーぺって能天気なスーパーのBGM聴きながらカートを押したりなんかしないよ。
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