珠と珠 「短歌人」2020年1月号
珠と珠 相田奈緒
空腹の体のままで文庫本にぎっていたら温まる紙
昼前のポンポンダリアはなびらの丸まるなかに影はたまって
バラの木で土地区切られて何年も経って私が通りがかった
唇にクリームを塗る 乾くから 公園のジャグリングサークル
風船を膨らませるとゴムのあじ張り詰めている目と鼻の先
青空に色とりどりの風船の飛んで行くのを見たことがない
コーヒーと軽食の店 どうしても心が心の都合で動く
優しいと何度も思う一日の日没以降気温は下がる
風のある夜をだらだら歩くとき鈴の内側にも鈴の音
たれさがるピザのチーズを口と手で受け止められたら会話みたいだ
ダンサーのように体を遠くまで伸ばして届く猫の置きもの
台の上に置いたコップの外側に数分かけて水滴が付く
クッキーの皿にラップをかけていき音楽がおわれば寝る時間
一音がとても長くて聴いているうちに長さがわからなくなる
おぼえておくような事ではないのかもしれないけれど今日の復習
十一月一日になり一斉におばけが消えてかぼちゃが残る
秋の陽に紫水晶かざしたら手や顔に紫が写りこむ
金色のような気配の押し寄せて突然わかる去年の話
そろばんがはじかれていく月の夜の人のあたまのなか珠と珠
イングリッシュマフィンの粉はそこらじゅうとびちる次の心の用意
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「短歌人」2020年1月号の「卓上噴水」に掲載されました。
1年振り2度目。1年はあっという間。
1首目は三鷹の古書店「りんてん舎」での歌会にも出して、その歌会記が「うたとポルスカ」でお読みいただけます。私は歌会が好きで、よく参加したり参加してもらったりしているのだけど、だいたいこのような感じで進みます。歌会に興味のあるかたは読んでみてください。