星飼い-04

星使いと星歌いの話

ここはとある星飼いの街。星使いのあいまと秋の星は今日も旅を続けていた。

「歌を忘れた星歌い?」
「そんな子がいるのー?」
「ああ、ここいらでは有名な星歌いの家系の子なんだけどね。代々受け継がれる歌を忘れちまったらしいんだよ」
「どうして忘れたのさ」
「さぁねぇ…」

春の花のモチーフのランタンを掲げた星使いは首を振った。あいまと秋の星は顔を見合わせる。

「その子の家はこの近くなのかい?」
「ああ、あの噴水広場を抜けた先さ」
「ありがとう」

話を聞いた星使いにお礼を言うと、あいまは噴水広場へ歩き出す。

「あいま、会いたいの?」
「そうだね、興味が湧いたよ。会えそうかい?」
「んー……、あ、会えるかも」
「よかった」
「でも、あいまが他の星飼いを気にするなんて珍しいね」
「そうかい?」
「そうさ。だってあいまは甲斐性なしだもの」
「そーだった」

あいまは秋の星との会話に笑みをこぼす。二人は噴水広場を抜けると、大きな屋敷を見つけた。あいまはベルを鳴らす。しばらくすると、小さな声が聞こえた。

「どなたですか…?」
「こんにちは。僕は星使い。いろんなところを旅しているんだ」
「旅をする、星使い?」
「変わり者とよく言われている。今日は君の話を街で聞いてね、よかったら話をしないかい?」
「私の話…」
「歌を忘れた星歌い、だと」
「私を笑うためにきたのなら、会いません。お帰りください」
「笑う? なんでさ」
「秋の星、静かに」
「聞いて、星歌い。僕は秋の星。ここにいるあいまは甲斐性なしだけど、悪い奴ではないよ」
「秋の星、君は甲斐性なしが気に入ったのかい?」
「うん。あの星読みの言葉は最もだからね」
「はぁ……、星歌い。気分を害してしまったなら謝るよ。僕はただ君に会って話をしたかっただけ、それは真実さ。でも、君を傷つけるのなら、このまま去るよ」
「なんの、話をするのです?」
「君と話したいのは、君の事や君の星の事。僕から話せるのは、星使いの僕の事と、この秋の星の事。あと旅の話なら少しできるよ」

星歌いは、閉ざされた扉から部屋の中へ目を向ける。そこにあるのは、水晶の原石がきらめく一際美しいランタン。少女はランタンの中にいる星を小さな声で読んだ。

「……夏の星…」
「君の望むままに」
「……ずるいわ」
「珍客だ。君を愚弄する人ではないだろう。不安なら話し相手は私が務めよう」
「……」

星歌いは、少し考えた後。扉へ目を向ける。そしてゆっくりとドアノブをひねった。

星歌いはまだ幼さが見える少女だった。常磐色の瞳は訝しげにあいまを見る。宝石のような瞳を持つ少女を、無彩色の瞳で見つめていると、彼女は気まずそうに己のランタンの後ろに駆けて行ってしまった。

「とても美しいランタンだ」
「そうだね。宝石みたいだね」
「みたいではなく、まごう事無き宝石の原石でできている」

星歌いのランタンから聞こえたのは、重厚な男性の声。

「はじめまして。僕は星使い。こちらは秋の星」
「初めまして。星使い。こちらは我が主人(あるじ)の星歌い。そして私は夏の星と呼ばれている」
「夏の星。あなたは長く生きていらっしゃるようですね」
「そうだな。君たちよりは長くは生きているよ。そこにかけてくれ。歩き疲れているだろう」

夏の星は向かいのソファ席を勧めた。あいまはそこに腰掛ける。それを見届けた夏の星は後ろにいる星歌いに話しかけた。

「主人。お客様にお茶をお出しすべきかと。紅茶をお願いできますか?」
「……」

星歌いは頷くと、部屋の奥にあるのだろうキッチンへ向かっていった。あいまと秋の星は目だけで彼女を見送ると、夏の星へ向き合った。

「ここにはお二人で?」
「ああ、そうだ。不思議かね?」
「ええ。有名な家の星歌いと伺っていましたので」
「大きなお家だったから、もっと人が沢山いると思った」
「大きな家の中でも我々は分家。本家には沢山人がいるさ」
「ぶんけ? ほんけ?」
「幾多の意味はあれど、我々の場合は選ばれた者と選ばれなかった者、というべきかな」
「ふーん、むずかしいね」
「夏の星、持ってきた」

カラカラと台に載せて運ばれてきたのは、2人分のカップソーサーとポット。カップにはすでに紅茶が入っている。

「ありがとうございます。我が主人」
「ありがとう、星歌い」

あいまはテーブルに置かれたカップに目をやったあと、星歌いに顔を向けお礼を言った。星歌いは夏の星の側にあるソファに座ると、自分で入れた紅茶に口をつける。

それから、星歌いと夏の星の話を聞いた。彼らは元々、別の屋敷に住んでいた事。星歌いとして日々過ごし、当たり前のように星歌いとして代々受け継がれる歌を歌い続けるものと思っていた事。
しかし、そうはならなかった。ある時から、彼女は星の歌を忘れてしまった。たしかに彼女の中にあったその歌は、ある時から彼女の中から居なくなってしまった。

「そういうことは今までにもあったのですか?」
「我が主人の家系には存在した形跡はない」

先程から、夏の星があいまと秋の星の質問に答えている。少女は夏の星とあいま、そしてたまに秋の星へ顔を動かし話に耳を傾けていた。

「…形跡はない…か」
「何か気になる事でも?」
「……少し」
「でも、歌を忘れちゃうのは悲しいね」
「我が主人も大変気落ちされている」

あいまは彼女を見て驚いた顔をした。ぽた…ぽた…っと彼女の瞳から雫が落ちていたからだ。その年頃の子であれば、声をあげて泣いてもいいはずなのに、彼女はとても静かに泣いていた。

「主人…誰もあなたを責めてはいませんよ」
「でも……でも……私は今まであるのが当たり前だったものを壊してしまった……」「……」
「大切なもののはずだったのに」

彼女の吐露は小さく、しかし彼女自身にとても重いものとなっているようだった。

「星歌い、キミはとても優しい子なんだね」

秋の星が彼女の元へ飛んで、そう言った。

「キミが泣いている理由は、歌をなくした自分にではなく、歌を聞けなくなった他の人達のためだって知ってるかい?」
「……え?」
「だって、大事なもののはずだったのに、って誰かに言われたんでしょ? それでキミはとても傷ついた」
「でも、責めてはいけないよ。だってそれは仕方ないんだ」
「……しかた、ない?」
「そう。僕とあいまはいろいろな街に旅へ行って、いろいろな人や星に会ったよ。でもね、たまにね、キミみたいに大事な何かを失った人や星にも出会った」

星歌いは驚いた顔をした。あいまは星歌いと夏の星へ秋の星の言葉を補足する。

「まれに、そういう現象はあるらしいのです」
「彼らは大きな悲しみにくれていた。自分が失なったものの大きさも本当はわからないから余計にね。彼らは自分を守るためじゃなく、周りに迷惑をかけているって思いでずっといるんだ」
「……」
「キミ達はとても優しいんだよ。他の人の事を想って泣けるんだから。でも、それ以上自分を傷つけちゃダメだ。少なくとも、ここにいる僕らや、街の人達はキミが傷つき続けているのは望んでないよ」
「……」
「あ、でもね。泣いてスッキリするのはありだよ。泣いちゃダメなんて思わなくていい。僕がいいたいのは、自分で自分を傷つけちゃダメってことさ」

星歌いの瞳からは静かに、しかし絶え間なく雫が溢れている。小さな口が音を紡ぐ。

「……ほんとうに…、しかた、ない?」
「ああ。忘れてしまうのは罪なんかじゃないし、涙が溢れるのだって当たり前さ」
「……」
「そうだ、星歌い。提案なんだけど、夏の星と約束を持つのはどうかな?」
「?」
「僕とあいまはね、出会った時に約束をして、今一緒に旅をしているんだ」
「約…束?」
「そう。僕らが出会った時、あいまは今の君よりも、もっと大きな声で泣いていた。僕が"はじめまして"って言っただけでわんわん泣いちゃってね。びっくりだったよ」

星歌いはあいまへ目を向けた。あいまはその純粋な瞳に苦笑する。

「困った僕は閃いてこう言ったんだ。"ねぇ、君は星使いだよね? なら、一等空が大きく見える<星見の塔>に興味はないかい?"」
「そしたら、あいまは驚いた顔をしたんだ。そして僕はこう続けた。"興味があるなら、一緒に行こう。大きな空に僕らの星空を描こうよ"ってね!」
「それで、旅…?」
「そう! あいまは笑って"約束だからね"って言ったんだ。ほら、約束って難しくないでしょ?」
「星歌いと夏の星との間で、約束を一つでも二つでもいいから持つんだよ。そしたら星歌いも夏の星も、もっと笑っていられるさ」
「!  秋の星は、夏の星の表情がわかるの?」
「同じ星だからね。とっても難しい顔をして、僕とあいまに話すものだから僕、肩がこっちゃった」
「君達には肩があるのかい?」

あいまは笑いながら尋ねた。秋の星はプンプンと光る。

「物の例えさ。ねぇ、夏の星。いい考えでしょ?」
「そうだな。君は若い星なのによく物を知っている」
「へへん!」

秋の星は誇らしそうにキラキラと輝いた。

「我が主人。どうか一度顔を洗って少し休まれたらどうでしょうか。約束の内容も考えなければいけませんし」
「でも…」
「大丈夫。こちらのお二人にはもう少し居て頂くようお願いします。旅の話もまだ聞けていませんし」
「星歌い。キミが良ければ僕らはいるよ!」

星歌いはあいまと秋の星を見る。2人は頷くと、星歌いも相槌を打つ。

「…じゃあ、顔を洗ってきます」
「ああ、秋の星」
「なんだい、夏の星」
「すまないが、我が主人について行ってくれ。私のランタンは重くてここから動かすのは大変だ。身軽な君なら主人の側にも居やすい」
「夏の星も出ればいいんじゃない?」
「ランタンから出ようという発想自体が元々ないものでね。頼めないか?」
「いいよ。それくらいお手の物さ」
「星歌いに迷惑掛けないようにね」
「あいまよりも良い子だから大丈夫。さぁ、星歌い行こうか」

星歌いは頷くと、秋の星を連れ2階へ上がって行った。夏の星はそれを見届けると、話し始めた。

「さて…とても興味深い話だった」
「……約束の件ですか?」
「ああ。ちなみに確認したいのだが…。あの秋の星は"大切な何か"を忘れているのか?」

その言葉にあいまは答えるか否か一瞬迷ったように目を伏せる。少しの間を経て、あいまはその問いに答えた。

「その通りです。秋の星は忘れています」
「"何"を?」
「…秋の星の以前の主人です」
「その人は君の知り合いだったのか」
「はい…。同じ星使いで、同じ夢を持っていました」
「そうか。不用意な発言、すまなかった」
「いえ。大丈夫です」

あいまはとても穏やかに微笑んだ。

「確かに彼女と彼女の秋の星は居なくなってしまったけど、僕と今の秋の星は彼女達と同じ夢を追っています」
「夢か…」
「はい。だからまだ"みんなでたどり着く"という約束は続いている。彼女と僕と秋の星との約束は」
「君達はとても興味深い。星飼いと飼われる星がそれ程までに同等というのは出会った事がない」
「僕らは変わり者ですからね」
「そうか。そんな風評すらも星空に変えてしまえるのだな、君達は」

「僕らから見たらあなた達もそうですよ。特にあなたは彼女が"星歌を忘れた事"を気にされてないようですし」
「ああ、そうだな。気にはしない。彼女にも伝えたんだ。"新しく歌えばいいさ、きみだけの星歌を"とね」
「彼女だけの星歌を、それは素敵ですね」
「ああ、いつかきっと出来上がる。その時は聞きに来てやってほしい」
「ええ、もちろん。僕らとあなた達との"約束"です」

水晶のランタンが重厚な輝きを見せる。それはとても美しい輝きだった。

「あいまー、夏の星ー、買い物に行こうよ。星歌いがごはん作る材料、欲しいんだってー」

2階から秋の星と幼き星歌いが顔を覗かせる。
それを見た夏の星は、"今日は久しぶりに賑やかな食卓になりそうだ"と静かに微笑むのだった。

end.

とっても長くなりましたw
今回登場の星歌いと夏の星は、設定をお借りしました。とても可愛いイラストの子だったので、ぜひ話を書きたいと懇願した結果の長編。悔いはない^^

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