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世界を救う 彼女の話

「ねぇ、なんで勇者は世界を救うの?」
「何の話?」
俺の彼女はたまに変な事を言う。彼氏の俺がいうのもなんだが、彼女の見た目はかわいいし、性格も真面目な優等生タイプという付き合う前の印象は変わらないものの、たまにこんな風に真面目に変な事を考えている。今はテスト期間に仲良くカフェで勉強という仲睦まじい光景を周りに見せつけつつ(まぁ、実際は黙々と勉強していただけなのだけど)、ふとした彼女の一言で手が止まる。
「ラノベとかアニメとかゲームとかさ」
「うん」
「異世界でも王道でもいいんだけど」
「うん」
「そういう物語の主人公がすごい力秘めてて、勇者に選ばれて、色んな街を巡って魔王を倒しに行くでしょう」
「うん」
「あれってなんで行くのかな?」
至って真面目なトーン。これはすごく考えているな。架空の話だし、そんな話ばかりでもない気はするし、気にせず楽しめばいいような気がするけど、このままではテスト勉強が進まない。彼女は真面目だが机でやる勉強は少し苦手なので、彼女と行きたい大学の偏差値を考えると、彼氏としてこの問いに答えてぜひとも勉強に戻したい。俺は今解いている現代文の問題を放置して、彼女の疑問に立ち向かうことにした。
「まぁ、そうしないと物語が進まないというメタな話もあるのだろうけど、物語の筋でいうと、力があって選ばれたからじゃないの?」
「選ばれただけで、世界を救うって精神になれるのかな……」
「精神……」
「だって主人公になる子、大体は私達みたいな普通の子じゃない? 力があるって言われても私なら怖くて魔王倒そうなんて思わない」
「まぁ、鋼の心は持ってるのかもな」
「うん。あと没入感が強い気がする。そこで生きようって感じがあるよね」
まぁ、架空の話だから…な。といえば話は終わるかもしれないけど、確かに違和感があるといえばあるのかも、なんて俺まで絆される。最近見る異世界ものだと、現世の知識を活かしてとかが普通だし。そういう方が俺たち読者も入りやすい。
「そこで生きようって切り替えは確かにあるよな。あとは世界がそうさせているような感じもあるのかも」
「世界が?」
「そう。現実でいうと作者で、物語でいうと世界の空気とか…世論みたいなのが後押しして、主人公はそれに乗せられているとか」
「世界の空気……」
「そう。みんなが望んでいるから……あ」
これは彼女の望む答えじゃなさそうだ。我ながらいい考えだと思ったが、結局選ばれからだの後押しされたからだの、流されている事実は変わらない。そう考えると主人公ってなかなか大変だ。
「それかもしれないね」
「え?」
予想外の答えが返ってきた。
「世界の空気がそうさせるからって話。主人公の想いは関係ない感じがわかるかも」
「想いが関係ないってのは言い過ぎじゃ」
「でも、例えばだよ。世界が滅亡をしそうになってて、私一人の命で世界が助かるとする」
「おー……。なんかすごい設定」
「何かの歌詞にあったの。“誰か一人がいなくなれば世界が救われる時、僕は誰かが手を挙げるのを待つ”……みたいな歌。それ聞いた時にふと思ったの。私一人の命で世界が救われるって言われたら、みんな絶対私に命を差し出すように言うでしょ」
「うん、まぁ…」
正直、現実味がない。彼女も結構入り込むタイプなのだろう。彼女はペンでコンコンとノート叩く、その目は真剣だ。
「そうなったらね、私は差し出すと思うの」
「へっ?」
「私の命で救われるなら、命を差し出すと思う」
「ん? でもそれって今までの話からズレてないか? 世界に反抗してみるとかが答えかと思った」
「世界のためには差し出さないよ」
「私はたっくんと家族のためにこの命を差し出すの」
「!?」
「世界の人がどうなろうか知らないけど、たっくんやお父さんやお母さん、はやとが死んじゃうのは嫌」
「でも世界の滅亡ならみんな死ぬから別に気しなくても」
「嫌だよ。たっくん達が目の前で死んじゃうとか耐えられない」
「あ、俺が先に死ぬのね」
「私に特別な力があるなら、そうなる可能性が高いでしょ」
「あーまぁそうか」
軽く脇役扱いされた気もするが、主人公以外は脇役になってしまうのは仕方ないか。
「だから間違っても、世界救うためなんかで自分を犠牲にしない。私は私のために力を使うの」
彼女はとても真剣だった、まるで本当に自分に訪れるかのような口ぶりだ。何がきっかけかはわからないが、彼女ならきっとそうするのだろう。しかしその口ぶりは、勇者というよりは……
「すごく魔王ぽいね」
「魔王ぽい? そっか、じゃあ魔王になる!」
そういって、はにかむ彼女はとっても可愛かった。ああ、俺の彼女可愛い。
「じゃあ、たっくん。魔王はパンケーキ食べたいです」
「わー魔王様おーぼー。じゃあ、この問題終わったらね」
「えー」

棒読みで、ページをコンコンと叩く俺に少し頬を膨らましつつも、問題に視線を落とし、解答を考え出した彼女をみて、俺も置いていた現代文の問題に頭を切り替える。これが終わったら、このカフェオススメのパンケーキを注文しよう。

これはこの魔王様が、世界を救う勇者となるちょうど1年前の話。
……彼女がこの世界を救い、俺の前からいなくなる前の本当に平和な日の話だ。

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