秋の時読み
「アキノトキヨミ? それが名前なの?」
「そうだね。今や名前といっても差し障りはないかもしれないね」
季節は秋。木々の紅葉始まったこの公園で、俺は一人で遊んでいた。ハヤトやミヤが来るには少し早くて、手持ち無沙汰だったから、サッカーボールをつま先で小突いていた。そんな時、現れたのが同い年くらいの男子。ここら辺では見ない顔。黒髪に秋らしい色のパーカーを着た奴。引っ越して来たばかりかもしれない。俺はこの公園でたくさんの友達を作った経験があったから、良さそうな奴なら仲間に入れてやろうと声を掛けた。
そいつが顔を上げると、まるで秋の雲一つない澄んだ青空みたいな、宝石みたいな青い瞳がこっちを見ていた。俺はびっくりしつつも、ソウマだと名乗った。そして名前を尋ねたら、そいつは少し考えた様子を見せたあと、”アキノトキヨミ”だと言った。目の色と長い名前だから、外国の子なのかもと思った。
「んー、でも長いな。ミヤは人の名前覚えるの苦手だからなぁ」
「ミヤ?」
「俺の友達。後で来るんだ」
「そうなのか。でもなんで?」
「え、だって一緒に遊ぼうと思ったら名前呼びやすい方がいいだろ?」
数回の問答で、嫌な奴ではないと思った俺はそう言った。すると空色の目は少し驚いたような顔をしていた。その手に持った枯葉をくるくると手で遊ばせている。
「そうか…じゃあ、好きに呼んでいいよ」
「じゃあ、アキは?」
「いいよ。ソウマ君」
「呼び捨てでいいよ。同い年だろ?」
「なるほど。今僕はキミと同じ歳なんだね」
「? どういう事?」
「いや、こっちの話。で、ソウマは、ミヤ君と待ち合わせをしているの?」
「そう、後ハヤト。3人で遊ぶ約束してるんだ。でも俺早めに来ちゃったからさ。ところで、アキは引っ越してきたの? どこ小?」
「通りすがりなんだ。だからまた少ししたら違う所へ行くつもり」
「そうなのか…」
「ふふ。ソウマは僕をおかしいと思わないんだね」
「え? 別にぃ」
本当は少し思っていた。同い年の奴。妙に落ち着いている雰囲気に、枯葉を眺めているのが不思議でたまらなかった。でも、何となく言わない方がいいと思ったからなんでもないフリをした。
「じゃあ、僕の秘密を教えてあげるよ」
「? 秘密?」
「そう、僕はね。秋の風やこんな枯葉から過去や未来を見る事ができるんだ」「へ??」
さすがに何言ってんのこいつ?って思ったけど、あまりにも真面目な顔で言うものだから、俺の口からその言葉は出なかった。空色の目が俺をはっきりと見た。
「何か見て欲しいことある? 僕を友達だって言ってくれた君へのお礼に何か1つ”見るよ”」
「それって、何でも見れるのか?」
疑い半分。期待半分。
「うん。見れるよ。風や枯葉は君の事知ってるみたいだから」
「ふーん……」
過去はいいや。別に見てもらいたいものはない。なら未来。例えば俺は大金持ちになれるのかとか見てもらえるのかな。有名なサッカー選手になれるとか、かっこいい大人になってるとか、それか今回の誕生日に親が欲しいゲームをくれるかとかか?
「何でもいいよ。君の過去の出来事でも、未来の姿でも何でも」
「まじか。すげーな」
考えている俺にアキは、相変わらず落ち葉を手で転がしながら、そう言った。なんだ占いか何かなのかな。でもせっかくだから何か占ってもらわないともったいない。
「んー」
「ゆっくりでいいよ。まだ時間があるから」
時間はあるか……ん?
「どっか行くの?」
「うん。君のことを見たらまた風と一緒に移動するよ」
「…そうなのか…」
どこかへ行ってしまう。なんだかそれはとても寂しい響きだった。たぶん俺が父親の仕事のために転校をした事があるから、何となくその感じに似ている…気がするからだろう。って言ってもまだアキとは友達という程遊んだ訳でもない。だけど、居なくなると聞くとなんだか寂しい。
「じゃあ、さ」
「決まった?」
「あのさ」
「うん」
「また、”アキと会えるか”どうか見てくれよ」
「え?」
アキはさっきよりもずっと驚いた顔をしていた。アキが手にしていた枯葉が風に流されて飛んで行った。それに目を取られた俺にアキは聞いた。
「本当に、それでいいの?」
「いいのいいの。だって友達になったのにもうお別れって寂しいだろ? だからさ、次会えるなら次こそ遊ぼうぜ」
「……ふふ」
空色の瞳が瞼で隠れる。アキは笑っていた。
「そんな事言われたの初めてだ。でも嬉しいよ。じゃあ、少し待ってね」
アキはそういうとまた一枚枯葉を拾った。そして枯葉を撫でる。同時に秋の風が穏やかに頬を撫でる。アキは空色の目を枯葉に向ける。枯葉じゃない、その先にある何かを見ているような感じだ。
「……わかったよ」
アキはそういうと枯葉を俺に差し出した。俺はそれを受け取る。
「15年後だ」
「15年!? まだまだ先じゃん」
俺は今10歳。15年後って事は25歳。そんな大人にならないと会えないらしい。25歳なんてすげー大人じゃん。なれるのかよ。少しがっかりした。しかしアキは笑顔で言う。
「うん。まだまだ先。でも遠くない未来だよ」
「んー、でも遠いな」
「覚えてたらでいいよ。また会おう」
「わかった。覚えとく」
「ありがとう。じゃあまたね」
アキのその言葉と同時に風が強く吹いた。俺はびっくりして目を閉じる。風が止んで目を開けると、アキは居なかった。
それが俺がアキと出会った頃の話。そんな俺は今やサラリーマンである。
「そういや…あんなこともあったなぁ」
秋のある日。ふと営業先から直帰していた俺は、実家側の公園を見つけた。なんか懐かしいなと思い、温かい缶コーヒーを手に公園に入った。夕陽の時間。子供らは「またなー!」と公園を後にしていく。缶コーヒーを片手にそれを見ていると、すっかりと人がいなくなった公園のベンチであの時のことを思い出していた。
アキ…本当の名前はなんだっけ? アキノなんちゃらだったはず。あの後ハヤトとミヤが合流して、その事を話したが、おばけなんじゃないかって脅かされるだけだった。でも、正直そうだったのではないかとも思っていたから、それ以来考えないようにしていた。
「霊視体験みたいなもんだったのかなー」
しかし、アキ以外の幽霊は見た事がない。霊感があるのかないのかはっきりしない。
「こんにちは」
「あ?」
俺は顔を上げた。いつの間にか目の前に人がいる。少しゾッとしつつも、冷静さを保つ。なかなかのイケメンだ。
「ソウマだよね?」
「そう、だけど?」
笑顔の青年は、俺にそう言った。確かに俺はソウマだ。あれ?こいつ地元の知り合いか? 覚えてねぇ。ヤベェ…どうしよ。
缶コーヒーを握る手がたどたどしくなるのを感じつつ、俺はそいつを見た。そいつと目が合う。暗くなりかけているが確かに見えるのは、秋のカラッと晴れた日の青空。そう今日みたいな空色の瞳。俺は見覚えがあった。
「あ…アキなのか…?」
「! 覚えてくれていたの?」
「あ、いや、さっき思い出して…」
「そうか。だから、僕は君に会えたんだね」
隣いいかい? そう言ったアキに俺は腰を少し上げてベンチの左側を譲った。そこにアキが座る。ギシっと二人分の重みを受けたベンチが唸った。
「で、本当にアキなの…?」
「うん。あ、今は君にどう見えてるの?」
「は? フツーの大人? いや少し下くらいか。大学生?」
「なるほど。青年に見えているんだね」
「?? どう言う事?」
「僕は見る人や時によって少年や青年に見えるらしいんだ。君と初めて会ったあの日は少年の姿だって言ってたよ」
「あー……」
なんだよ、相変わらず不思議ちゃんかよ。
「何者なの、お前…。やっぱおばけなの?」
「おばけ? あれ、名乗らなかったけ? 僕は、”秋の時読み”だって」
「あーそれ名前だろ?」
「名前というか総称だね。僕の存在をあらわす言葉さ」
「ん、んー…?」
「そうか、うん。まぁ君達、人から見えればおばけや幽霊に近いのかもしれない。人ではないというのは確かだから」
いやいや、真面目に返してきたよ。
俺は脱力した。
「へぇ…じゃあ、俺とんでもないのと話してるの?」
「かもしれないね」
「取って食われたりする?」
「しないかな。僕は時を見るだけだから」
なんか軽快に会話してしまっている。不思議だ。アキとは何だかこういうなんともない会話が弾んでしまう。
「本当に15年後だったんだな」
「そうだね」
「アキはどこにいたんだ?」
「あちこちに。風が赴くままに移動していたよ」
「で、ここにまた来たのか」
「うん。君に会う未来があったから」
「……」
「また見ようか?」
そう言って笑う。イケメンは映えるなと頭の隅で思いながら、見てもらう内容を考え始めている自分が居た。案外こういう事を考えてしまうあたり、俺はロマンチストなのかもしれない。
「じゃあ、”アキと友達で居られるか”」
「それは大丈夫だよ」
「占わないのかよ」
「だって、それは占う事じゃないだろ?」
「まぁな…」
「ゆっくり考えていいよ。当分はここにいるから」
「まじで!?」
俺はつい声を上げてしまった。そんな俺に向けてアキは笑顔で頷く。
15年越しに遊ぶ約束を叶えるチャンスがやって来た、そんな気がしたからだ。
fin
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Twitterの設定より書いてみました。友情って好きー^^
#四季を纏いし君のこと
https://shindanmaker.com/648209
あいまは秋の時読み。風や枯葉など触れたものの時を感じ未来や過去を言葉にする。姿は子供だったり青年だったり見るたびに変わっていくため同じ人だとは気付かれることが少ない。その瞳は吸い込まれそうな空色をしている。