ChatGPT面接官が映し出すもの【AI小説】
就職活動中の大学生・早川真琴（はやかわ・まこと）は、卒業間近に差しかかった今も内定をひとつも得ていなかった。エントリーシートは十社以上送り、一次面接は通るものの、最終面接で落ちる――というパターンを繰り返している。周囲の友人が次々と内定を手にする中、「自分だけ出遅れているのでは」という焦りが日増しに募っていた。
そんなある夜、SNSを何気なくスクロールしていると、「ChatGPTを使った面接対策」という記事が目に止まる。大手IT企業が導入している技術を利用して、疑似面接のQ&Aや自己分析を深めることができる――と紹介されていた。
普段なら「ネット上の情報はあまり当てにならない」と思うかもしれないが、切羽詰まっていた真琴は“とにかく試せるものは試したい”気持ちが強かった。藁にもすがる思いでブラウザを開き、「ChatGPT 面接対策」と検索バーに打ち込む。
第一章：ChatGPTとの出会い
あれこれ調べた末、真琴はChatGPTの公式サイトにアクセスし、無料アカウントを作成した。ChatGPTはテキストベースのAIで、入力された文章をもとに回答を返してくれる。追加で調べると、特定のプラグインやスクリプトを組み合わせることで、就活向けのテンプレートを活用したり、自己分析のための質問リストを生成したりと、さまざまな使い方ができるようだった。
試しに、真琴はChatGPTの画面にこう打ち込んでみる。
「こんにちは。就職活動中の大学生です。面接練習に協力してもらえますか？」
すると、数秒も経たないうちに、ChatGPTの応答が返ってきた。
「こんにちは。面接練習ですね。どのような業界や職種を想定していますか？ 具体的に教えていただけると、より的確な練習ができます。」
真琴は少し驚いた。普段、友人や大学のキャリアセンターに模擬面接を頼むにしても、日程や時間の都合でなかなか継続的に練習するのが難しい。一方で、ChatGPTなら24時間いつでも対応してくれる。練習を重ねるにはうってつけかもしれない――そんな希望が生まれた。
真琴は大学で経済学を専攻し、興味のある業界は食品メーカーや商社、あるいは物流・IT関連にも少し興味がある、とChatGPTに伝えた。するとChatGPTはすぐさま、想定質問のリストを自動生成してくれた。さらに、一問一答の練習にも付き合ってくれる。たとえば、
ChatGPT：「大学時代に力を入れたことを教えてください」
真琴：「私はゼミでマーケティングの研究をしていて……」
といったように、テキストチャット形式で模擬面接が進行していく。ChatGPTは回答が終わると、フィードバックを返してくれる仕組みだ。
ChatGPT：「今のお話ですと、具体的な成果や数字が曖昧なので、もう少し『研究の結果○○%向上した』などの形に言い換えると説得力が高まります」
真琴はその的確な指摘に驚きつつ、「なるほど、そういう言い回しもあるのか」とメモを取った。
第二章：AIへの依存
その日以来、真琴は毎晩のようにChatGPTを開き、想定質問への回答を入力してはフィードバックを受けるようになった。「人事担当者がよく聞く質問リスト」をChatGPTに出してもらい、一つひとつ答え方を調整していく。
やがて真琴は自分の回答文を下書きしてはChatGPTに見せ、「ここをもう少し修正したい」「端的に伝えたい」といった要望を繰り返すようになる。ChatGPTは言葉遣い、構成、エピソードの強調ポイントなどを提示してくれる。たとえば、
「自己PRの冒頭で強みを明確に伝えてから、具体例を示しましょう。最後に『この強みを御社でこう活かしたい』という形で締めると、志望度の高さを印象づけられます」
こうしたアドバイスを取り入れると、たしかに回答が格段にわかりやすくなる。真琴は面接練習のための資料をどんどんChatGPTで作り込み、ある種“完璧”に仕上がってきたように感じた。
ただ、どこか気になるところがないわけではない。ChatGPTが提示する“模範回答”は確かに理論的だが、そのまま使うと自分の言葉ではなくなる危うさを感じる瞬間がある。とはいえ「AIが教えてくれるのだから、これが正解なのだろう」と、真琴は次第に“自分なりの言い回し”を捨てていった。
結果として、声の大きさや表情、態度といった部分はテキストチャットなので直接は学びにくい。そこは大学のキャリアセンターで教わるとして、話す内容や構成に関してはすべてChatGPTの指示に従うようになっていく。
いつの間にか真琴は、自分がどう感じているかを言葉にするのではなく、“ChatGPTの模範回答”を正しく再現することが目標になっていた。
第三章：企業面接と戸惑い
初めてChatGPTを導入してから数週間。真琴は都心に拠点を置く中堅の食品メーカーの一次面接を受けることになった。大学のOBがいると聞き、多少話を盛り上げられそうな期待を抱いていた。
面接当日、オフィスビルに到着した真琴は、事前に用意したChatGPT式回答メモを頭の中で復唱する。“自己PR”“学生時代に頑張ったこと”“志望動機”――すべて抜かりなく準備した。
一方で、どこか自分の言葉が削ぎ落とされている気もしていたが、「就活では無難が大事」「定番こそが求められる」と自分に言い聞かせる。
面接官は穏やかな表情の男性と女性。はじめのうちはスムーズだった。自己紹介や学業の話は暗記したとおりに答えられた。ところが終盤、女性面接官からこう尋ねられた。
「早川さんは、いろいろな企業を見ているかと思いますが、当社を選ぶ決め手になったのは何でしょうか？ もし具体的なエピソードがあれば教えていただけますか？」
真琴は頭の中でChatGPTが組み立てた文章を思い出す。「食品を通して豊かな生活を提供したい」「御社のグローバル展開に興味がある」――だが、その言葉を口に出そうとすると、ふと空虚な感じがしてうまく声が出ない。“これは自分の言葉だろうか？” そんな疑問が湧いてしまったのだ。
それでも、シナリオどおりに話し始める。いざ言葉が出てくると、あまりにも綺麗にまとまりすぎている印象が自分でも拭えない。面接官たちは真琴の話を否定はしないが、微妙に距離を感じる表情を浮かべているように見えた。
「分かりました。ありがとうございます。以上で面接は終わりになります」
退出を促され、真琴は何とも言えないもやもやを抱えたまま会社を後にした。エントランスを出た瞬間、思わず深いため息が出る。「ChatGPTの回答に頼ったのに手応えがない」と感じた自分への苛立ちが混じっていた。
第四章：友人との対話
数日後、大学の食堂で昼食をとっていると、同じゼミ仲間の松井亮太（まつい・りょうた）が声をかけてきた。彼はすでに大手メーカーから内定を獲得しており、卒論そっちのけでアルバイトを楽しんでいる様子だ。
「真琴、最近やつれてない？ 就活ヤバい？」
遠慮のない言葉に真琴は苦笑する。亮太は昔からストレートな物言いをするタイプだが、気遣いがないわけではない。むしろ正直に相談しやすい相手だった。
「うん……面接で落とされまくっててさ。僕なりにAIを使って対策してるのに、なぜか手応えを感じないんだよね」
すると亮太は「ChatGPT？」とあっさり言い当ててきた。
「そう。“人事がよく質問する項目”とか“魅力的な言い回し”とか、かなり教えてもらってるんだけど……」
真琴の説明を聞き終えると、亮太は少しうなずいて言う。
「便利だよな、あれ。俺もちょこちょこ使ってたよ。でもさ、あくまで“文章”としては完璧かもしれないけど、そればっかり意識してると自分の言葉が抜け落ちる感じがしない？」
真琴はドキリとする。まさにここ数日の悩みを言い当てられたようだった。亮太は続ける。
「面接官が本当に知りたいのは、“お前がどう感じて、どう行動したか”だと思うんだよな。AIが提案してくれるフレームワークは役に立つけど、最終的には自分の感情や価値観を語れないと、相手の心には響かないんじゃない？」
真琴は自分がずっと違和感を持っていた部分に、言葉を与えられたような気がした。文章の整合性や説得力ばかりを追求するあまり、“自分が何を大事にしているか”を見失っていたのではないかと。
その日は深夜まで大学に残って、亮太の言葉を思い返しつつ、もう一度ChatGPTを立ち上げてみた。
第五章：ChatGPTを使った自己分析
いつものようにChatGPTにアクセスし、真琴はこう打ち込む。
「模擬面接をしたいのではなく、もう少し深い自己分析をしたいです。どんな質問をすれば、自分の価値観や本音に近づけるでしょうか？」
すると、ChatGPTが考え込んだ末に応答を返してきた。
「自己分析には、自分のこれまでの経験からどんな学びやモチベーションの源があったかを探ることが大切です。たとえば『人生で一番印象に残っている出来事は？』や『そのとき自分は何を感じ、どう行動したか？』など、エピソードを掘り下げる質問をしてみましょう。」
真琴は「なるほど」と感心しながら、さっそく自分に対して問いかけをする形でChatGPTと対話を始める。具体的には、大学一年生で東南アジアを旅したときのエピソードを振り返ってみた。現地の屋台で食べた料理の美味しさ、文化の違いに驚いた経験、人との触れ合いにワクワクした気持ち……これまで面接で語るために“数字”や“成果”ばかりを強調してきたが、本当はそこにある“情動”こそが自分を突き動かす原動力なのではないか、と気づき始める。
「実は、そのとき『食を通じて世界とつながるってすごい』と衝撃を受けたんです。自分が知らない国の料理を食べて、その国の人と会話するだけで、すごく距離が縮まる感じがしました」
そのメッセージをChatGPTに送ると、こう返ってきた。
「とても興味深い体験ですね。では、その経験を通して、あなたの価値観はどう変わったのでしょうか？ あるいは、今のあなたの進路選択にどう影響していますか？」
さらに深く問われた真琴は、自分なりに考えをまとめていく。食品メーカーに惹かれるのは、「人々の食生活を豊かにする」という企業スローガンが綺麗に聞こえるからではなく、自分が世界で感じた“食を通じたつながり”をもっと広げたいという想いが本質的な動機なのだと気づく。
「そうか。結局、私はあの時の体験をちゃんと語れてなかったんだ……」
今までChatGPTに模範解答を求めるばかりだったが、実は“何が自分をワクワクさせるのか”という内面を問い直すツールとしても、ChatGPTは役立つのかもしれない。真琴は少し目から鱗が落ちる思いだった。
第六章：自分の言葉を取り戻す
数日後、真琴は中堅商社の二次面接を受けることになった。ここは食品の輸入や流通も手がけている企業で、多少興味があったものの、さほど志望度は高くない――と以前は感じていた。しかし、ChatGPTを通じた自己分析で「食を通じた異文化交流」への熱い思いを再確認した今は、その企業の方針が急に魅力的に映るようになっていた。
面接当日。受付を済ませ、待合室で順番を待つ。周りの就活生たちは皆一様にスマホを見つめている。一人は「ChatGPTで面接対策してるんだ」と小声でつぶやき、質問リストのようなものを確認しているようだった。真琴も一瞬、ChatGPTの画面を見て再確認するか迷ったが、あえて閉じておいた。今は自分の内側にある言葉に集中したかった。
面接官は男性社員ふたりと女性社員ひとりの三人。始めのうちは定番の質問が続いたが、真琴は以前よりリラックスして答えられている気がする。ChatGPTで学んだ「要点を簡潔にまとめるスキル」は活かしつつも、何より自分の心を動かした体験を丁寧に言葉にすることを意識した。
そして終盤、女性社員がこう尋ねた。
「もし入社できたら、どのような事業に関わりたいですか？」
真琴はかつての「模範回答」を思い出しかけたが、それをそのまま口にするのではなく、今の自分の素直な考えを伝えることにした。
「私は、大学一年の頃に東南アジアを旅した経験があり、そのとき食を通じて現地の人との距離がぐっと縮まるのを感じました。文化が違っても『美味しい』という気持ちでつながれるのが、すごく新鮮だったんです。
それ以来、もし自分が仕事をするなら、『食』というテーマを通じて多くの人にそうした体験を届けたいと思っています。御社は輸入から国内流通まで幅広く手がけており、現地の文化や背景も大切にしながら事業を展開していると伺いました。ぜひその一員として、海外と日本の橋渡し役を担いたいです。」
口から出た言葉は、ChatGPTがあらかじめ組み立てた“説得力のある文”よりも少し生々しいかもしれない。けれど面接官たちは真琴の話に興味を持ったようで、さらに「具体的にはどんな商品に携わりたい？」などと質問を重ねてきた。会話が弾む。そこには“面接官にどう見られるか”ばかり考えていた頃のぎこちなさはほとんどなかった。
面接を終え、会場をあとにするとき、真琴は心地よい疲労感と満足感を抱いていた。上手く言えなかった部分もあるだろうが、それでも「今日は自分の言葉でちゃんと話せた」という実感がある。
第七章：次への一歩
数日後、その商社から二次面接通過の連絡が来た。真琴は思わずスマホを持つ手が震えた。最終面接に進めるのは久しぶりだ。結果はどうであれ、自分の言葉で話した手応えが形になったことは大きな自信になる。
部屋に戻り、改めてChatGPTを開く。画面には、先日と同じように「他にも面接練習や自己分析のお手伝いが必要なときは、いつでもどうぞ」というチャットログが残っていた。
以前の真琴なら「最終面接で何を答えればいい？」と尋ねて、模範回答をもらおうとしただろう。だが今は分かっている。ChatGPTはあくまで自分の思考や言葉をサポートしてくれるツールであり、ゴールは“AIが出す正解を再現する”ことではない。
そう考えると、ChatGPTをどう活用するかの指針がはっきりしてくる。単に都合のいい答えを得るのではなく、自分の体験や感情を整理し、深堀りするための相棒として接すればいい。余計な飾りをつける必要はないし、“自分にしか語れないこと”を一緒に探し出すために使えばいいのだ――真琴はそう信じられるようになった。
“AIに依存しすぎる”のではなく、“AIを使いこなす”。 その境界に気づいたとき、真琴の胸に小さな自信が芽生える。最終面接はまだ先だが、今日はもう一度、ChatGPTと一緒に“自分がほんとうに何をやりたいのか”を確認してみよう。
真琴は画面を見つめ、意を決してキーボードを打ち始めるのだった。
あとがき
本作は、ChatGPTを使って面接対策を行う主人公・早川真琴が、便利な“模範回答”に振り回されるうちに自分らしさを見失いかけ、最終的にはAIを“自己分析のためのパートナー”として活用する姿を描きました。
ChatGPTなどの対話型AIは、確かに就職活動の効率化に大きく貢献してくれます。しかし、それに頼り切ると、自分の生の言葉や感情が削ぎ落とされ、“テンプレート的”な回答に終始してしまう危険性も。また、面接官が本当に知りたいのは、数字や実績だけでなく、「その人が何を大切にしていて、どんな体験から学んだのか」というヒューマンな部分でしょう。
本作では、最終的に主人公がAIをツールとして使いこなし、自分の魅力を再発見する過程を通じて、“AIと人間のバランス”を考えました。テクノロジーが与えてくれる客観的な視点は強力な助けになりますが、それを生かすも殺すも、結局は“自分が何を語りたいか”を理解しているかどうか。
就職活動のみならず、私たちがChatGPTなどを利用するうえで大切なのは、“AIに使われる”のではなく“AIを使いこなす”心構えなのかもしれません。ぜひ、あなたの言葉で、あなたらしさを伝えてください。
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