【短編小説】望月のころ 第2話
第2話
年末から正月にかけて帰省した。実家までは車でほんの一時間ほどの距離で、両親とも健在だ。
親孝行のためと思って二泊したが、退屈すぎて三日目の午前には自分のマンションへ戻った。
エントランスのポストを開けると、輪ゴムにくくられた年賀状の束があった。
『あけましておめでとうございます』
エレベーターのボタンを押し、武とさくらと操の親子写真に目をやる。
『クリスマスパーティーでは本とおもちゃをありがとう。操はすごく気に入って毎日読んでいます』
さくらの手書きのメッセージを読み、もう一度写真の中の笑顔の三人を眺めた。
三日ほど無人だった部屋はすっかり冷え切っていた。エアコンのスイッチを入れ、母に持たされた惣菜の入ったタッパーを冷蔵庫に入れる。
コーヒーを淹れようと、ケトルで湯を沸かしながら、台所のカウンターで年賀状の残りに目を通す。残りは仕事関係と昔の友達からで、全部合わせて十数枚ほどだった。
物書きという職業がら、もっぱら家に閉じこもって作業をしている僕は、さほど交友関係は広くない。大学時代の友人と会うことも減り、変わらず親しくしているのは武たちくらいだ。
ふと本棚に目が向いた。一冊の本がこちらを向いている。少し古びて背表紙の角がつぶれ、スピンがちぎれて短くなっているが、僕の一番好きな本だ。これだけは、どこにあっても特別に光り輝いて見える。
手に取り、中身をパラパラとめくった。暗記するほど何度も読みこんだ本を閉じ、表紙の絵を眺めた。
緑の草原に佇む一件の家。憧憬を誘う。見たことのない景色を、僕はいつも眼裏に描く。
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