第3話 宮前先輩と、出会った日
その日の夜、お風呂上がりにドライヤーをかけていると葵ちゃんが「結の携帯鳴ってるよー。宮前から」と教えてくれた。
「うえっ、あっ、でもいまドライヤー……葵ちゃん、出て!!」
へーい、と言って葵ちゃんが代わりに出てくれる。
因みに葵ちゃんは今日もうちで夕飯を食べた後、うちの親の「明日どうせ休みだし、このまま泊まっちゃえば?」の一言でお泊まり予定だ。
泊まるの私の部屋なんだけど。
ドライヤー音の間から、葵ちゃんの話し声が微かに聴こえてくる。
「ごめんね、ありがとう、代わるー」
一通り髪を乾かしきって、葵ちゃんに声をかける。
「ほーい。じゃ、結に代わるね。どうぞ」
「あっ、葵ちゃんまた髪乾かしてないでしょー!ドライヤー使って!せっかく髪の毛綺麗なんだから!ショートだからって手を抜かないで!」
はいはい、と苦笑いの葵ちゃんは洗面所の方へ出ていった。
「先輩、すみません 。すぐに電話出れなくて」
「……ううん、いいよ。っていうか、今日お泊まりなんだ?やっぱ葵と仲良いんだね」
「幼馴染みなので。 夕飯もうちで食べるし、そのまま泊まることもよくあって。今日もこのまま泊まる予定なんです」
そう、と相づちを打つ先輩の声に力がない気がするのは、気のせいだろうか。
「あ、でも、葵ちゃんと1番仲が良い友達は、宮前先輩だと思います」
フォローのつもりで言ったんだけれど、そうすると先輩からは「そういうことじゃなくて。ううん、ごめんね」と返ってきた。
電話ごしでも、先輩が苦笑いしているのがわかる。苦笑いしている先輩も、可愛いんだろうな。
「あ、そうそう。電話したのは、1番とったお祝いのことでさ。 急だけど、もし土日どちらか空いてたら遊びに行かないかと思って。でも葵とお泊まりなら、他の週にした方がいいかな?」
「あ、気にしないでください。葵ちゃんは本当に泊まるだけだし、家族みたいなものなので基本は別行動です」
「……それなら、うちに泊まりにくる?」
「えっ」
「あ、ごめんね。急すぎだよね、やっぱそれはまた今度……」
「行きたい!先輩のお家、泊まりに行きたいですっ!!」
やや食い気味にそう言うと、先輩は引きつったような声で「そ、そう」と承諾してくれた。
先輩の家には、土曜日である明日の夜に泊まることになった。それまではお昼に合流し、お茶をして、食材を買って先輩の家で夕飯を作る。
初めて知ったのだけれど、先輩は一人暮らしで「今通ってる高校って実家から片道3時間くらいでさ。親が良い経験になるからって一人暮らし許してくれたんだよね」と言っていた。
電話を切ると後ろに葵ちゃんが立っていて、「結、にやけすぎ」とからかわれた。
宮前先輩の第一印象は、「眠そうな美人」だった。
高校に入学して間もない頃の放課後、教室でクラスの子達何人かと話していると「結」と入り口のドアから名前を呼ばれた。
それは携帯を片手に持った葵ちゃんで、「おばさんに夕飯の買い物頼まれたんだけど、結はどうする?まだ学校いる?」と聞いてきた。
「いや、なんでお母さんは葵ちゃんに頼むかな」
「結に電話したけど出なかったらしいよ」
「あ、ほんとだ」
鞄を開けると、携帯の通知が光っている。お喋りに夢中で気づかなかったようだ。お母さん、文句言ってごめん。
そうして鞄を漁っているうちに、葵ちゃんは私のクラスの子達に、「結の友達?みんな可愛いね。新しい制服似合ってるね」なんて愛想を振りまいている。私と同じひとりっ子のくせに面倒見がほんとに良くて、放っておくと誰彼構わず構うから、中学の頃は結構人気あったよなぁ、なんて思い返す。
「んで、着信は?」
「ありました。すみませんでした。一緒に夕飯のお買い物行きます……」
葵ちゃんの登場に色めきだっていたクラスの子達に挨拶をし、教室を出た。
「結って結構すぐ友達できるよね」
「え、そうかな」
「そうそう。やっぱ変わってるからかな」
言葉を返す代わりに肩をバシンと叩くことで抗議する。葵ちゃんは、痛い痛いとわざとらしく言って泣くふりをした。
「痛いの好きなドMのクセに」
「私は精神的に攻められるのが好きなの。そういう結も、さっき教室での会話少し聞いてたけど、何の話してたの」
「最近読んだ人外× 男子高校生のBL本の話」
「ほんと好きよね……」
はぁっとため息をつかれた。
「あれ?葵ちゃん、昇降口はここじゃないよね?」
「ああ、友達待たせてんの。そいつもなんか、夕飯の買い物行くって行ってたから」
そうして葵ちゃんの後についていき、向かった中庭のベンチに居たのが宮前先輩だった。
宮前、と言う葵ちゃんの目線の先にいた先輩が、携帯画面に落としていた目線を上げた。
先輩の瞳が私を捉えた瞬間、目が離せなくなった。
「あ、葵の幼馴染なんだっけ?初めまして、宮前亜紀です」
顔をあげた宮前先輩は柔らかく微笑んでそう言って、それを聞いた私は、この人と仲良くなりたいなぁ、と強く思ったのを、覚えてる。