第10話 藤崎結と、他の人
「宮前先輩っ、私、彼氏ができたんです」
「…へ?」
放課後に寄り道したファーストフード店で、注文した商品を持って席に着くなり、結ちゃんが身を乗り出してそう言った。
弾けるような笑顔で携帯の画面を指さして、「この人です」と私にツーショットの写真を見せてくる。
結ちゃんの隣に座っている葵は何も言わず、黙々とだるそうにポテトを齧っていて、目が合わない。
ガツンと頭を殴られたような衝撃で、実際、くらくらと眩暈がした。
「…ああ、いい人そうだね」
写真を一瞥しただけで目を逸らし、私は感想を絞り出した。
相手の顔なんてまともに見れるわけがない。
なんで、どうしてとそんな思いが頭のなかを駆け巡るけれど、言葉にすることは出来なくて、ただただ、頭からさぁっと血の気が引いていき、体の感覚がなくなっていくのがわかった。
鼻の奥がツンとして、呼吸が苦しくなってくる。視界もだんだんぼやけてきた。
「いつの間に、付き合ったの」
ようやく出てきた自分の言葉で、自分にトドメを刺したような気がした。
葵がどんどんポテトやハンバーガーを摘まんでいくのと対照的に、私と結ちゃんの間にあるバーガーセットは手つかずのままだ。
途端に、店内に充満する油の匂いや肉の匂いに吐き気を感じた。いまは、後ろの席でぺちゃくちゃとお喋りをしている他の女子高生の声ですら鮮明に聞こえてきて、ひどく耳障りに思える。
ふつふつと込み上げる色々な感情を表情には出さないようにしていると、私の様子に気づかないまま結ちゃんが頬を染めて話し出した。
「実は、夏休みの時にお祭りに誘われて…。その時に告白されたんです」
――ああ、もう駄目だ。
堪えていたものが、抑えていた感情がぶわりと溢れだして全身が熱くなった。頬に何かが伝い始める。
「先輩、どうして…泣いてるんですか…?」
その言葉にどう答えればいいのか迷って、目をごしごしと擦った時に、携帯のアラームが鳴った。
「…夢か」
目を開けて見えた自室の天井に、これほどまでに愛着と安堵を感じたのは、今日が初めてだ。
携帯のアラームを消そうと寝返りを打とうとして、体がやけに重たいことに気がついた。
体中の筋肉が強張っている。
寒さに身震いして、エアコンの温度を下げ過ぎたのかと思いきや、自分の寝間着が汗でびっしょりと湿っているからだと思い至った。
改めて、夢であったことに脱力する。
良かった。これが夢で。
一度刷り込まれた恐怖心はなかなか消えない。
自分がこんなにも藤崎結に執着していたことに驚愕する。
と、同時に、これはあり得ない夢でもない、ということにまた焦りが生まれた。
ちゃんと結ちゃんに気持ちを伝えよう。
もし拒絶されても、諦められる自信はないけど。
寝返りを打ってようやく、鳴り響くアラームを止める。
表示されている日付はもちろん今日の日付で、結ちゃんと約束している、ふたりきりで行く夏祭りの日だった。