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第1話 宮前先輩と、バス停前

宮前先輩が、コンビニの袋から取り出したアイスを半分に割り、「はい、どうぞ」と私に差し出した。

「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言って、それを受けとる。ひと気のないバス停で、ふたりでベンチに腰かける。
帰りのバスが来るまであと30分。
袋から取り出したアイスは、早くも熱気で柔らかくなっていた。

先輩は溶けかけたアイスを咥えながら、「葵も大変だねぇ」と制服の胸元をつまんでパタパタと手で仰ぐ。 「そうですねぇ」と暑さにやられている私は、適当に相槌を返した。

葵とは、私の幼馴染みの名前だ。先輩の友達でもある。

家が隣で、ちいさな頃から私の面倒をみてくれているお姉ちゃんのような人で、今の高校に進学したのも、親に「あんたは何かに没頭すると周りが見えなくなるから、葵ちゃんと同じ高校に行って面倒みてもらいなさい」とのお達しがあったからだったりする。

娘に他者依存を勧めるとは、なんて親だろう。
とはいえ、私も葵ちゃんは本当の姉のように慕っていたし、レベル感的にも進学できる範囲だったから、特に異論もなく同じ高校に入った。

そんな葵ちゃんは、今日は生徒会の活動で遅くなるらしい。宮前先輩がさっき言っていた。

「先輩、すみません。バス通学じゃないのに一緒に待ってもらっちゃって」
あー、いいのいいの、と先輩は顔の前でだるそうにひらひらと手を振る。

「自転車の2人乗りは危ないしね」


今日の帰り際、下駄箱のところで靴を履いていると後ろから「藤崎さん」と声をかけられた。
藤崎は、私の名字だ。

振り返ったら、委員会で話したことのある他クラスの男子が立っていて、「いま帰るとこ?おれ自転車なんだけど、後ろ乗ってく?」と誘ってくれた。

え、やったぁ、じゃあお願いしようかな、と言い終わらないうちに「結ちゃん」と横から声が割り込んだ。
結、も私の名前だ。藤崎結、それが私のフルネーム。

声のした方を向けば宮前先輩がいて、「自転車の2人乗りは危ないわよ。私がバス停まで送っていってあげる。途中でアイス食べよう?」と言われて今に至る。

声をかけてきた先輩の声に圧があった気がしたんだけれど、気のせいだろうか。いやでも、どうしようかと男子の方を見ると若干たじろいでいたから、やっぱり気のせいではないのかもしれない。何かあったのかな。

「でも、自転車の後ろ、乗ってみたかった気もしますけどね」
基本的に真面目なので、学校で禁止されていることや危ないことはあまりしたことがない。さっき声をかけてくれた男子も、比較的真面目な部類なので、その子が誘ってくるくらいなら自転車の2人乗りくらいはみんなやってることなのかもしれない。

「……。結ちゃん、アイス溶けてる」
「あっ、うわ、手に垂れた」
ちょっと待ってて、と先輩がカバンからウェットティッシュを取り出す。一枚取り出すと、一瞬動きが止まり、そのまま私の手を取り拭き出した。

「せ、先輩っ!自分で拭けますって!」
先輩は、私の掌だけでなく指の一本一本まで大切なものを扱うように丁寧に拭く。恥ずかしくなる。
そもそも学校帰りにバス停まで歩くこと自体、いつものことだし先輩に送ってもらうまでもないんだよね。

なんだか先輩は、いつも私を子ども扱いしているような気がする。

そう言って頬を膨らませると、そっかーそうきたかー、と苦笑いされた。

「ところで、期末テストの結果、かえってきた?」
「あ、はい」
「結ちゃん、って学年順位は何番くらいなの?」
「1番でした」

食べ終わったアイスの棒を私から回収しながら、先輩が「はぁっ!?えっ1番!?……あっ、え、凄いわね!?」と、分かりやすく驚いている。

勉強はもともと好きな方だし、一度夢中になると没頭するタイプなので、自分で言うのもなんだけど、わりと頭も良い方だったりする。

中学校の避難訓練では、警報が鳴ったのにも気づかないほど練習問題を解くのに没頭して、校庭から「藤崎がいないぞ!?」というみんなの焦り声が聴こえてハッと我にかえった、という黒歴史もある。因みに空手を習っているので運動神経もまあまあ、人並みにはある。

「 ちっちゃくて可愛いのに勉強もできるんだねぇ。私なんて赤点ばっかりだから、こないだ進級させてください、って職員室前で土下座してきたよ」
「先輩プライド無さすぎません?」

よく葵ちゃんが先輩のことを「宮前は、取り柄が見た目だけの残念美人」だなんて失礼なことを言っているけど、正直私もそう思うことがよくある。

ふんわりとウェーブがかった栗色の髪に、色白の肌、少し垂れ目で眠そうな顔をしている先輩は、「結ちゃんといつも一緒にいる先輩、美人じゃない!?」とクラスの子に言われるくらいには綺麗な顔立ちをしている。

話し出すと色々と残念なことが多いけど。

それでも私は、高校に入学してすぐに葵ちゃんから宮前先輩を紹介されたときから、この人のことが大好きになった。


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