第6話 宮前先輩と、お泊り
夕飯の片付けも終わり、順番でお風呂も済ませていざ寝るぞ、という段になり、先輩に言われるまま立ち上がった私は、目の前の状況に固まっていた。
目の前には、ベッドに体半分横になり、布団を上げて手招きしている宮前先輩。
他人との距離の詰め方が天才的なこの人のことだから、もしやとは思っていたけれど、本当にそうくるとは。
「……先輩、これって」
「そ、今日は一緒に寝てもらいまーす。……って、ちょっと!勝手にクローゼット開けないの!」
「さっきちらっと、来客用の布団があるのが見え……むぐっ」
なんでなんで、と私を止めようとした先輩に急に後ろから抱き着かれ、身動きが取れなくなる。
本来なら振りほどくのも全く苦じゃないんだけれど、先輩に抱き着かれている、というこの状況に気が動転して力が入らず、ふたり共々尻餅をついた。
ふわりと私の鼻をくすぐるのは、私の家とは違うシャンプーの匂いと、先輩の匂い。
途端に鼓動が速くなる。
そもそも、いまも床に座り込んだ状態で先輩とは密着したままだ。
生暖かい、私ではない他の人の体温をパジャマ越しに感じる。
なんだかこれって、ドキドキする。
「ん?結ちゃん?顔赤いよ?どうしたの?」
「な、なんで布団出してくれないんですか。この場合、普通は布団下に敷いて別々では…」
「え、イヤ…?」
「イヤじゃないですけど…」
「できれば結ちゃんと一緒に寝たいんだけれど…だめ?」
「だめじゃ…ないですけど……夏なのに暑くないですか?」
エアコンの温度下げるから大丈夫、と言う先輩は、にこにこしていて嬉しそうだ。
「おいでおいで」
再びベッドに乗り上げた先輩が手招きする。
少し眠いのか、ふにゃりと笑う先輩の眠たげな雰囲気で、私もつられて眠く……なんてなるわけがない。
電気消すよー、とのんきな声にこくんと頷き、おそるおそる先輩の待つベッドへと潜り込んだ。
シーツのひんやりとした質感が気持ちいい。
明かりを落とした部屋のなかはしんとして、お互いの息遣いの音と布ずれの音、時折聞こえてくる風の音だけになる。
私の心臓の音が伝わりませんように、と強く願う。
こうなったら寝ることに集中しよう。
「おやすみなさい」と言って、ぎゅっと目を瞑り、シーツを頭から被る。顔を見られるのも恥ずかしいから、申し訳ないけれど先輩には背中を向けさせてもらった。
「結ちゃん、もう寝るの?」
先輩は、自分から先にベッドに入り込んだのにそんなことを聞いて来る。
「何かお話しますか?」
「んー、というか、こっち向いてほしいかな」
ここで、無理ですと答えるのも何だか意識し過ぎているようでおかしいよね。
渋々、体を反転させて向かい合うかたちになる。
あー、なんでこんなに緊張してるんだろ、私。
「なんか緊張してる?」
「…してます」
「えっ、なんで」
「…わかんないです」
そう言いながら顔が熱くなってきて、ああいま、多分顔が赤くなってるかもな、なんて思う。
「私はさ」
そう言いながら先輩が私の頬にかかっていた髪の毛をすくいあげて耳にかけてくれる。先輩の指が耳に触れて、その部分が熱くなる。
「結ちゃんともっと、仲良くなりたいんだよね」
優しい眼差しが真っ直ぐ私を見つめている。それだけで安心して、心が温かくなる。
今なら何でも話せそうな、そんな気持ちになる。
「私もです…先輩と、仲良くなりたいです。……あと、さっきの話なんですけど、たぶん、私、先輩に好きな人がいるの、イヤみたい…です」
勇気を出して、先輩のパジャマの裾を握ってみる。
今日は沢山お喋りして、沢山ドキドキして、実はもうへとへとだったりする。
いまもドキドキしているけれど、だんだん瞼が重くなってきた。
「その話って……ああ、ご飯の時か。どうして私に好きな人がいるとイヤなの?」
先輩と私の体温で、布団のなかは温められていて、心地よい。
先輩の声が近くで聞こえてくるけれど、ゆっくりと意識が遠のいていく。先を促すためなのか、先輩が私の頭を撫でるもんだから、更に安心して瞼はどんどん重くなる。
何の話をしてるんだっけ。
ああ、そうか、どうして先輩に好きな人がいるとイヤなのかって話で。
私は先輩と仲良くなりたくて、あれ、それだけなら別に好きな人はいても良いよね。なんでダメなんだろう。あ、でも、初めて会った時に、他にも思ったことあったな、うーんもうダメだ、寝そう。
えーっと、ああ、そうだ。
「……私は、先輩の特別な人になりたいって思っているから…」
ちゃんと言えた。あれ、でもこれって、言ってよかったのかな。まあいいか、明日また話せば――。
その辺りで、私の意識はぷつんと途切れた。