#20 お掃除ロボット「ルンバ」は「わたし時間」を増やしたの?
「掃除ロボットを買ってやろうか」
昨年12月、突然、夫が言い出した。
「えっ? なに?」
「ルンバだよ。拭き掃除ロボットが壊れたと言ってただろ? 新しい掃除ロボットは、ゴミの吸い込みから床の水拭きまでを、連続してやってくれるらしいよ」
「ほんと? それはいいねぇ」
と言いつつも、私は返事に一呼吸おいた。
どうやら夫は、Amazonの「ブラック フライデー」の広告を見たらしい。
結婚して10年。独身時代は東京で、環境色彩のデザイン事務所をひとり切り盛りしていた私は、当時、1日の大半を自分ペースで進めていた。
しかし、結婚を機に事務所をたたみ、この地で夫と暮らすようになってからは、そうはいかない。1日のほとんどは慣れない家事に割り当てられ、それをこなすのに精一杯だ。
そんなところに、執筆意欲が高まって、昨年2月から「note」にエッセイを記す楽しみを見つけた。続けるには「わたし時間」を捻出することが必要だ。
そこで毎朝5時に起き、5時半から7時までの1時間あまりを執筆時間に当てることにした。
7時からは、朝食の準備から後片付け、朝のニュースを見てメールチェック、植木の水やり、掃除、洗濯、拭き掃除と息つく間もなくこなすと、午前中は家事で終わってしまう。
昼食を終え、午後の時間はというと、終日、家で過ごす”イン ドア派”の夫から「共有時間」を要求され、「わたし時間」はお預けだ。
さらに夕方になれば、買い物に行き、夕食の準備から後片付け、ゴミ出しまでを終わらせて、ほっと一息ソファに腰を下ろすも1時間。入浴までを済ませると、早起きの私の両瞼はすでに、くっつきそうになっている。
そんな日常生活に
「まるで私は、家政婦ね」
と、うっかりこぼした言葉が、夫の胸を突き刺したのだろうか
「ルンバを買おう。クリスマスプレゼントだな」
ということになった。
けれど実のところ、私は家事の中でも掃除が好きなのだ。毎日ハタキをかけ、掃除機にスイッチを入れて、床のゴミを吸い取っていくのは爽快だ。
めんどうな床の水拭きだけは、専用ロボットに任せていたが、そのロボットが壊れてしまったとなれば、私が雑巾がけをするしかない。それでもこの一連の作業を終えると、不思議と気持ちがシャッキっとする。
この感覚を失うのも捨てがたいが、これらの掃除すべてを新しいロボット「ルンバ」が代わってくれるというのなら、有り難い話じゃないか。「わたし時間」の創出に、一役買ってくれそうだ。
そう思いを巡らせて、私は
「ありがとうございます!」
と決断し、
「嬉しい!!」
と笑顔も添えて、プレゼントを受けることにした。
数日後、お掃除ロボット「ルンバ」はやってきた。
説明書を読むと、Wi-Fiに接続する必要があるという。恐る恐るスマホにQRコードを読み込んで、アプリをダウンロードする。目を凝らし、太いひとさし指で名前を入れ、パスワードを設定して……と、慎重に打ち込んでいく。苦手な操作に四苦八苦しながらも、登録完了までこぎつけた、、、はずだった。
「早く、Wi-Fiに接続してみろ!」
急かされる。
「えっ? つながらない。うちの電波を認識してくれないわ」
困った。わが家のWi-Fiにつながらない。問い合わせ先の電話にもつながらない。
「ただいま電話が大変、混みあっています」の一点張りだ。
いったい何が問題なのか。我が家の電波は、スマホにもPCにも、テレビにだって接続しているではないか。
「最近の機械はこれだから困る。なんでもスマホだ、Wi-Fiだ。昔のルンバは、コンセントを差し込めば動き出した。来月には高齢者の仲間入りをする私と、傘寿を迎える夫という高齢夫婦が、ここまでこぎつけたのだぞ! ほんとうに疲れるわ」
と、ぼやきつつ、ともあれスイッチを入れてみた。
動く! 動くではないか!!
確かに動きはする。しかし無線電波を認識しさえすれば、このルンバはわが家の間取りを把握し、各部屋のゴミを吸い取ったあと、自動的に床の水拭きに切り替わるらしい。外出時の遠隔操作もできるという。それがこの新しいルンバの「ウリ」で、夫はそれが魅力で買ったのだ。
けれど、もういい。私は、労を費やした。Wi-Fiを認識せず、水拭きしてくれぬのなら、ゴミを吸い取ってくれるだけで我慢する。床の水拭きは、自分でするわ。
とほほ。2025年、わが家の掃除始めは、ゴミを吸い込む「ルンバ」の後を私がモップでついていく、というスタイルになった。
「これって、私が掃除した方が速くない?」
という言葉を押し殺して、ガーガーものを言わせながら、行ったり来たりするハイテクの後を、ローテクの私が黙々と追いかける。
果たして、「わたし時間」は増えたのだろうか? 今日も私は朝5時起床で、これを書いているのだが。