いいいろきみこ@エッセイスト

あたり前に過ごせる日常に感謝し、日々、心に移りゆく よしなしごとを「くらしのいろいろ日記」として綴ります。昔、環境色彩デザイナー、今日からエッセイスト!

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最近の記事

#17イタリア・サルデーニャ ウルルン滞在記④『私たちは 有名人?』

 後方から、ガガガガガーとエンジン音を唸らせて向かってきた小さな車が、一本道を行く私たちの横で止まった。 「車に乗りなさい!」そう、言っているらしい。 「ノー グラッツェ」「ノー サンキュー」「結構です!」 必死で断るが、運転しているおばちゃんは、聞く耳持たず一方的にまくしたてる。  根負けした。 「わかったよ、おばちゃん! 乗るよ、乗るよ。乗ればいいんでしょ?」 観念して、後部座席に乗り込んだ。あぁ、私たちはいったいどこへ連れていかれるのだろう。(ここまでの話は→ウルルン滞

    • #16 イタリア・サルデーニャ ウルルン滞在記③『えっ?また さらわれる?』

      「キミコ! サルデーニャ島で教師をしている友人が、夏休みを利用して外国人向けにイタリア語のレッスンをするんだって、どう? 興味ある?」(詳細はウルルン滞在記①→)    当時、日本に留学中のマッシモさんの一声で、私とクミコは、ここサルデーニャ島の小さな町トルトリに来た。  本音をいえば、私はイタリア語レッスンに興味などなかった。中学から大学まで真面目に取り組んだ英語ですら、流暢に話すこともできない。 そんな私に、イタリア語なんて土台無理な話だ。自身の絶望的語学力には、自信があ

      • #15 イタリア・サルデーニャ ウルルン滞在記②『一緒に過ごした仲間と時間』

         宿はどこ? こんなに遠いの? 一体どこへ連れていかれるのだろう。もう、夜中ではないか。もしかして誘拐? 周辺に民家も見あたらないし…。 不安の種が、みるみる心の中で膨らんでいった。 (ウルルン滞在記①はこちら)    その時である。 「あそこよ!!」 「えっ? どこどこ?」 身を起こすと、真っ暗な中にぼんやりと明かりの漏れる一軒家が見えた。  あぁ良かったぁ、何事もなかった。無事、到着したんだ。誘拐じゃなかったのね?  ホッとしたものの、いっときでも疑ったきまり悪さもあって

        • #14 イタリア・サルデーニャ ウルルン滞在記①『私たち 誘拐された?』

           昼寝が習慣化してしまった。毎日があまりにも暑いんだもの。あの煮え立つ熱気に息もつけず、天から矢のように刺す光の束を、はじき返す元気もない。  それに、昼食後の強烈な睡魔に抗って、半開きの目で黒板に向かわずにもよい歳だ。今の身分は、そのまま眠りに倒れ込んでも非難されることはない。シエスタ。好きなだけ、至福の昼寝時間に身をゆだねることができよう。  そうして、思い出すのだ。30年前のサルデーニャでの日々を。 ....................... 「キミコ! イタリアに

          #13 かっこいい若者から大人たちへ 一喝を!

           川崎レナさんをご存知でしょうか。17歳の時に「第18回 国際こども平和賞」を受賞した若者です。この受賞者には、マララ・ユスフザイさんやグレタ・トゥーンベリさんがいて、日本では2020年、初めて川崎レナさんが名を連ねました。  その受賞スピーチが、あまりにも素晴らしかったので、一部を抜粋して紹介したいと思います。 『私がこの活動をはじめたきっかけは、悔しさでした。変わりそうにない日本、生まれた国 日本に誇りを持てないことに、とてつもない悔しさを感じました。  私たち若者は政

          #13 かっこいい若者から大人たちへ 一喝を!

          #12 似てない姉妹

          私が小学生の頃だ。 「お姉ちゃんはお米を横に食べて、妹は縦に食べているんだねぇ」 毎日、決まった時間にチリンチリンとベルを鳴らし、リヤカー屋台を引いてやってくるおでん屋さんが(#10参照)、ある日、いつもの ちくわぶとはんぺんを私によこしながら、笑って言った。 余計なことは言わないおでん屋さんがそう言ったのは、成長していく常連客への親しみだったのだろう,言いたいことは、すぐわかった。 「お姉ちゃんは、ぽっちゃりとした丸顔で、妹は頬がシュッと細く小さな顔立ちだね」という意味だ

          #11 気の利いた「手みやげ」を贈るには

          『…かみさんとどうしても意見の合わないものがある。こればかりはいつになってもわかり合えないだろうな、と思われるもののひとつが手土産だ。僕は手土産という習慣が好き。かみさんはどちらかといえば、いや、はっきりと嫌いだ。……』  これは、松任谷正隆氏のエッセイ『おじさんはどう生きるか』の中の1節だ。   私のまわりにも「手みやげ上手」な人が多い。気が利くのだ。 だれかの家に伺う時はもちろん、「これ、少しばかりですが…」 習い事の初日には、「今日から、よろしくお願いいたします」 久し

          #11 気の利いた「手みやげ」を贈るには

          #10 昭和のリヤカー屋台・おでん屋さんの懐かしい「ちくわぶ」

          「ねぇ、昭和の物売りに、おでん屋さんってあったよねぇ」 共感得ようと、年上の友に話を向けた。 「そんなのなかったわ。あなた、東京・下町生まれだからよ。そもそも「おでん」って、関東の食べ物よ。関西では「関東煮」っていうんだから」 と、素っ気ない。 どうやら、島根で生まれ育った彼女の記憶に、リヤカー屋台の「おでん屋さん」は存在しなかったようだ。 昭和の時代、いろんな物売りがあった。食べ物だけでも、「石焼芋」「豆腐」「玄米パン」に「夜鳴きそば」…。 (その思い出話は、「#9 昭

          #10 昭和のリヤカー屋台・おでん屋さんの懐かしい「ちくわぶ」

          #9 昭和の物売り 微かな記憶

          「キンギョーエ~、キンギョ~」 「note」に投稿されている、もりお ゆうさんの【僕の昭和スケッチ】を拝読していたら、こんな声が脳裏にこだました。「金魚売り」の呼びかけ声だ。  当時、私は小学1年生だったろうか、夏になると「キンギョ~エ~、キンギョ~」という声が、おもてから聞こえてきた。 「わぁっ!」  急いで2階の窓から見下ろすと、桶を括りつけた天秤棒を肩に担いだおじさんが、そろ~り そろ~り、歩く姿があった。  誰かが声をかけると、ゆっくり腰を屈めて桶を地面につけてから

          #9 昭和の物売り 微かな記憶

          #8 呼吸のクセを知って 良好な対人関係を

          「あの人とは気が合うけど、この人とは、どうも気が合わなくて……」 なんてことがあるでしょ?  この「気」を「息」に言い換えてみると、「あの人とは息が合うけれど、この人は息が合わなくて……」となる。つまり「気が合う、合わない」というのは、吐いたり吸ったりする呼吸のリズムが合うか、合わないか、とも言えるんじゃないかしら。  ずいぶん前に私が通っていたヨガ教室の師である内藤晃代先生は、「呼吸の仕方で人の性格も定義づけられる」と言っていた。  たとえば、楽天的な人の呼吸は、力強く

          #8 呼吸のクセを知って 良好な対人関係を

          #7 驚きの「50℃洗い」調理法

          「きみこさん! びっくりよ! 50℃のお湯で洗うのよ。目からウロコよ」  興奮気味に話す友達の話に興味津々。「残席1」に煽られて予備知識ないまま、飛び込んだ。料理教室だ。    いったい何を洗うのだろう。最初は、ほうれん草だった。まず、ボウルに半分ほどの水を入れ、沸騰した湯を足しながら、温度計で50℃(+-2℃は許容範囲)になったところで準備完了。  手を入れてみると「アチっ!」その湯で、ほうれん草を洗うのだ。 「こんな熱い湯でほうれん草を洗ったら、しなびちゃうんじゃないか

          #7 驚きの「50℃洗い」調理法

          #6 エレガントな彼女

           ある女優が雑誌『Precious(プレシャス)』に寄稿したエッセイを、ブログで紹介している女性がいた。そのエッセイは、『エレガントな箸』というタイトルで、京都の名店「御箸司 市原平兵衛商店」の箸について書いたものだった。  ブログの彼女もその店の箸を使っていて、箸を紹介しながらこの女優のエッセイの全文を、自らのブログに載せていたのである。 ↓↓↓   『京都、四条通り。観光バスとタクシーと修学旅行生と買い物客の千波万波をかき分けて、河原町と烏丸の中程を左に折れる。まるでプ

          #5 「大丈夫」の使い方 間違っていませんか?

          「レジ袋、大丈夫ですか?」 コンビニでの支払い時に聞かれる。スーパーの会計時でも聞かれる。 居酒屋やファミレスなどでも、メニューを下げるときに聞かれる。 「メニュー、大丈夫ですか?」と。  同じようにビジネスの場でも、 「この資料を、返送してもらっても大丈夫ですか?」 それに対して 「はい、大丈夫です」 などと答える。  最近、頻繁に耳にするこの「大丈夫」という言葉。 果たして、このような使い方でいいのだろうか?  私はどうもこの使われ方に違和感があって、敢えてこ

          #5 「大丈夫」の使い方 間違っていませんか?

          #4 「お殿さま気質」の夫を変えた 三毛猫「ラン」

          「この先、ランよりも先に自分が死んだら、その時はランを可愛がってくれ。よろしく頼む」  結婚前の初顔合わせの席で、人払いしてまで夫に伝えた、父の望みだ。 「えっ?「娘を幸せにしてくれ!」じゃなかったの? 私の結婚話なのにねぇ(笑)」 (その様子は、#3で記した)  ランと言うのは、東京の実家で父と暮らしていた三毛猫のこと。生後1週間も経たぬ間に公園に捨てられていたところを、甥に保護され、父が「猫かわいがり」して育てた猫のことだ。  よく「犬は人につき、猫は家につく」と

          #4 「お殿さま気質」の夫を変えた 三毛猫「ラン」

          #3 あの世から贈られた猫「ランちゃん」

          「おじいちゃん、公園のベンチの下に、子猫が1匹、捨てられていたよ。かわいそうだから拾ってきた。おじいちゃんは、前に猫を飼っていたもんね」  甥が、小さな猫を両手でふんわり包んで、父の家に駆け込んできた。  その日から、父は図らずも猫を飼うことになってしまった。10年ほども前のことである。  父は、戸惑っていた。もう、動物は飼わないと決めていたからだ。  というのも、14年飼っていた三毛猫は、数年前に病気で死んでしまった。その前には、13年間可愛がっていたマルチーズを老衰で

          #3 あの世から贈られた猫「ランちゃん」

          #2 第三者に対して「夫」をどう呼ぶか

           ♪ あなたと呼べ~ば、あなたと答える ~♪ なんて歌、あったよね。昭和の初めに流行った歌だったと思う。  この時代、夫婦や恋人関係にある男女は、互いをそんな風に呼び合っていたのだろうか?  当時の映画を観ていると、妻が夫に対して「あなた~」、夫は妻に対して「おまえ」とか「おーい」などと呼んでいるけど、最近は聞かなくなったよね。  そういえば、子供のころ見ていたアメリカのテレビ番組『奥様は魔女』では、妻、サマンサは夫のことを「ダーリン」と呼んでいたけど、あれは「愛するあなた」

          #2 第三者に対して「夫」をどう呼ぶか