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【魔歌師】第43話:犬猿の仲【恋愛ファンタジー】
すっかり陽が落ちた宿の室内は、壁のスコンスに焚かれた灯火の光が淡く照らすだけで、互いの顔が薄暗がりのなか判別できる程度には暗い。
フィオンが平らげた食事の皿の山を給仕が下げ終えたころ、フィオンはつまらなそうな顔で椅子にもたれながら後頭部を両腕で抱えた。
「ふーん、ジェスターって言うんだ、君の本当の名前」
遅れて合流したフィオンに、スペクターもといジェスターは面倒そうに顔をしかめつつも、わざわざもう一度自分の経緯を説明してくれた。それなのに、こうだ。
あいだで口を挟むことなく彼の説明を聞いていたフィオンだったが、顛末を聞き終えた後の第一声がまさかのそれで、私とミサンナは、また始まった……と二人して額を抱えた。
「まあ、"スペクター"が偽名だってことは最初に指摘した時点ですでにお見通しだったけど。それで……どうして急に本名を打ち明けようと思ったんだい?」
その理由は私も気になったが、ジェスターはその質問にあまりいい顔をしなかった。
腕組みをしながら窓際にもたれていた彼は「……えらく饒舌だな」と閉ざしていた目を気だるそうにフィオンに向ける。
「フィオン。お前はことあるごとに人の詮索するのが好きなようだが、あまりいい趣味とは言えないな。なぜ、お前に説明するためだけに時間を費やさねばならない?」
珍しく皮肉を利かせながら言葉を返すジェスターにフィオンの目が驚きに見開かれる。
しかし、その顔はみるみる苛立ちに歪んだ。
「……はあ?ちょっと君、誰に向かって……」
「ちょっと!やめなさいよ、二人とも。少しは仲良くできないの?」
「その必要はない」
「できるわけがないだろ!」
反発し合ってばかりの二人の意見が珍しく一致する。
しかし、意見が合致したことが気に食わないのか、互いに目を合わせると、まるで鏡合わせの如く同時に顔を逸らした。
犬猿の仲とはまさにこういうことを言うのだろう。
「と、とにかく。今は言い争ってる場合じゃないよ。いつ何が起こってもおかしくないんだから。それよりも、これからのこと……何か対策を立てないと」
そのとき、ジェスターが軽く手を挙げ「その前に、一ついいか」と切り出した。
頬杖をついてそっぽを向いたフィオンを除き、私とミサンナの視線がジェスターへと向く。
「恐らく……次に狙われるのは君だ、アネリ」
「……どうして?」
彼の視線に不安感が押し寄せる。
ジェスターの目がそれを悟ったように少し細められた気がしたが、すぐに真剣な顔つきになった。
「マシェット……リオラはこれまで、俺を追うことに一点集中してきたが、急に手口を変え君の前に現れた。それは、俺が常に君を気にかけていることを踏まえた上での行動だと言える。君を襲えば、俺が弱みを見せると読んでいるのだろう」
淡々と分析を述べたジェスターだったが、まるで私が彼にとっていかに大事な存在であるか堂々と宣言されているようなものだ。
「はっ」と空笑いするフィオンの反応に、まごついてしまう。
「あっそう。ま、いずれにせよ僕がこの子を守ることには変わりないよ。それが彼女との契約だからね」
そうだろ?と言わんばかりにフィオンから鋭い視線が向けられる。
反応に困り逸らした視線の先で今度はジェスターから探るような目を向けられ、やり場を失った視線を下に落とす。
この二人が一部屋にそろうと気まずい空気になることは目に見えていたが、まさか自分に火の粉が飛んでくることになろうとは。
まるで私の代わりかのように深いため息をついたミサンナだったが、けど……と切り出した彼女にみんなの視線が集まる。
「フィオンが言わんとすることも一理あるわ。たとえ寝食のお世話になった知人の頼みだからって、命を張ってまでアネリを守ろうとするのはどうしてなのかしら?そんなに関わりのなかったはずのこの子に、どうしてそこまでするの?」
ミサンナの核心をついた問いかけに、ジェスターの喉が上下する。
何かを言い淀むように伏せられた目。
「それは……」
しかし、その言葉の続きを聞くことは叶わなかった。
ジェスターの後ろの窓からまばゆい光が飛び込んできたと思った瞬間、激しい爆音とともに空が明るく明滅した。
みんなの視線が一斉に窓の外へと向かう。
ジェスターのかたわらに走り寄り、出窓の縁から身を乗り出すように空を見上げる。
赤黒く光る空には硝煙がもうもうと立ちのぼり、遠くの屋根に炎が燃え広がっているのが見える。
そのうちに、鈍い鐘のような音が何度も打ち鳴らされ始めた。
近くの聖堂の鐘塔からだろう。
「まさか、リオラが……!?」
ミサンナの声に、ジェスターは私の腕を掴んで引っ張った。
「アネリ、俺と一緒に来い」
そのまま手を引かれるまま戸口へと向かうが、彼の手が掴んでいるのと反対の手を後ろに引かれ、ジェスターとともに振り返る。
「ちょっと、待ちなよ。彼女は僕が守るって言ったの、まさか聞こえてなかったとは言わないよね?なあ、"スペクター"」
わざとらしくわざわざ偽名のほうを口にするフィオンにジェスターは今度こそあからさまな敵意の目を向けた。
「お前はどうやら人の名がうまく覚えられないようだな。……フィオン・アトレイユ」
私の手を掴む彼の手に力が込められるのがわかり、顔が熱くなる。
しかし、ジェスターの手は呆気なく離れた。
「こんなことをしている時間はない。……さっさと行くぞ」
ジェスターはマスクとフードを目深に被りながらそう言い捨て、急ぎ足で扉から出ていく。
フィオンはおもしろくなさそうに私の手を離すと、不服そうに彼の後に続いて部屋を出た。
「みっともない!大人げないわよ二人とも」
呆れ果てながら二人のあとに続こうとしたミサンナはふと私を振り返り、苦笑した。
「アネリ、大丈夫だからね。私たちがついてるから」
ミサンナの大丈夫、という言葉に勇気づけられ頷くと、彼女のあとに続き急いで宿をあとにした。
第43話「犬猿の仲」 終
作:夜風アイ
公式サイト:魔歌師 ―MELODIA CASTER―