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【魔歌師】第41話:涙の理由【恋愛ファンタジー】

往来を避け裏路地をあてどなく歩いているうちに、少しずつ平静を取り戻しつつあった。
あれだけざわついていた喧騒も、ここまで人通りのない通りまで来ればほとんど聞こえてこない。遮るものがあるだけでこうも違ってくる。
高い建物のあいだの細道は、明かりがないせいか昼間でも薄暗く、日陰のひんやりとした空気がしんと肌を冷やしていく。

しかし、怒りはだいぶ収まってはきたものの、今後を浮かべるだけで途端に気分が萎えてくる。
半ば強引だったとはいえ、一度引き受けた以上あの子をエリービルに送るまでは同行してやりたいとは思ってる。
けど、あの何を考えているのかわからない黒づくめのノッポを見てると、無性にイラついて仕方がない。
あの子――アネリにとっては顔見知り程度のようではあるけれど、それにしちゃあいつの方は妙に距離感が近い。
まるで、昔からの知り合いのような……。
……考え過ぎだろうか。

いずれにせよ、これだけははっきり言える。
あいつが彼女に何かしらの強い思い入れを抱いていることは確かだ。
あの様子は、絶対に間違いない。
それが、どうしてか無性に気に入らない。

"……あの子に惹かれてるんだろ?"

あの金髪三つ編みマフラーのからかい文句が脳裏に浮かび上がり、一気に顔が熱くなる。

「クソ……ッ」

……気に入らない。
けど、こんなくだらない感情一つで頭を悩ませ続けている自分は、もっと馬鹿らしい。
どうして出会って間もないはずのあの子に、こんなに執着してしまうのか。

壁にこぶしを打ちつけると、頭にのぼった熱が少しだけ引いた。
深く息を吐き出し、壁にもたれる。
こんなことではダメだとわかっちゃいる。
どうにか、頭を切り替えないと。

前髪を掻きむしり、苛立ちを抑えようと息を吸い込んだタイミングで、腹の虫が鳴いた。
こんな最悪の気分でも食欲を訴えてくる自分の腹が憎い。

苛立ちが収まる気はしないし、何ならまたあのすまし顔を見た途端に湧き立つかもしれない。
正直もう少し頭を冷やしてから合流したいところだが、あまり戻りが遅すぎて探されでもしたら面倒だ。
それに、空腹を凌いでおかないと余計に気分が悪くなる。

なるべくあの男のことから気を散らすように宿飯のことを考えながら、人通りのある方へと向かう。
通りに差し掛かったとき、足元に伸びる自分の影に重なるように一瞬何かの影が見えた。

鞘から剣を抜き構えながら振り返ると、日陰でも映える斜陽のように濃い巻き髪が目に映った。

「こーんなところにいたのね」

腕組みをしながら呆れたような目で僕を見つめるミサンナに、構えたばかりの剣を収める。

「……なんだ、君か」

「何だとはなによ!心配して探しに来てあげたんじゃない。少しは感謝くらいしなさいよね」

そうくると想像できたことばかり口にする高飛車な薬師にうんざりしながら踵を返し、両の手を掲げる。

「君のお節介もここまでくるといい迷惑だね。探してなんて頼んだ覚えはないけど」

それに、今から戻ろうとしてたところだ。
次いでそう口にしようとしたところで、後頭部に軽い痛みが走った。

「いった、何す……」

片手で押さえながら振り向いた僕は、髪よりも濃い色の瞳いっぱいに涙が溜まっているのに気がつき、ぎょっとした。

「アンタ……ほんとに自分のことばっかりね」

怒りとも呆れとも言い知れないその声は微かに震えていた。
彼女のスカートに皺が寄るほど握りしめられていたこぶしがぐっと振り上げられ、咄嗟にガードする。

「おい……ちょっと落ち着きなよ」

「あの子がどんな思いで旅をしてるのか、一度でも真剣に考えたことあんの!?」

「……」

「ただでさえ発作のように訪れる額の痛みのせいでつらいはずなのに、私たちに心配させないようにいつも気丈に振る舞ってる。それなのにいつも申し訳なさそうにして……私たちのほうがあの子に気を遣わせちゃってるのよ」

彼女の固められたこぶしを防いでいた腕は、茫然としている間に振り払われ、勢いのまま胸倉を掴み上げられた。
容易く振り払うこともできたが、今はそうすべきではない気がした。
彼女の目から次々に零れ落ちる涙から目が離せない。

「あの額の呪いが、どこまで進行してるのかもわからない。いつ死が訪れるともわからない。それがどんなに恐ろしくて、心細いことなのか……アンタに想像できる?ねえ!」

さすがに言い返すことができなかった。
今の僕は、本分も忘れ自分のなかに湧き立つものに囚われてばかりだ。
そんなことわかりきっているはずなのに、こう言わしめるまで自覚できていなかったなんて。

「もう、わかった。わかったから、この手を退けてくれ」

僕の首を絞めかねない勢いで服を掴み上げるミサンナの手首を掴むと、彼女はようやく我に返ったようにはっとして手を離した。
顔を染めながら涙を拭う様子に呆れて笑いが浮かぶ。

「……ほら」

懐からハンカチを取り出すと、彼女は意外そうに僕を見上げた。

「アンタがハンカチを持ち歩いてるなんて……どうしちゃったの?」

「あのねぇ……僕を何だと思ってるんだい?」

受け取ったハンカチをしげしげと眺めていた彼女は、ごく小さな声で「……ありがと」と呟いた。

口うるさい女だとばかり思っていたが、意外としおらしい一面もあるんだな。
そんなことを浮かべながら、さっきまでの怒りがほとんど収まりつつあることに気づく。

"あの子がどんな思いで旅をしてるのか、一度でも真剣に考えたことあんの!?"

あの言葉は、アネリのためを思って言ったものだろうけど、それだけではないように思えた。
本気で怒り叫ぶほどに、強い何かが彼女を掻き立てた。
僕のとなりを歩きながら涙を拭うミサンナの塗れた瞳からは、何も推測できやしないが、どうしてかそんな気がしてやまない。

第41話「涙の理由」 終

作:夜風アイ
公式サイト:魔歌師 ―MELODIA CASTER―

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