アメリカで一番使われている医療AI:Heart Flow FFRCTについて
この記事に立ち寄っていただき、ありがとうございます。
前回ではアメリカで使用されているAIを、論文を参考にまとめてみました。「でも、それはアメリカの話。まだ日本では本格的な医療AIは使われていないね。」と、思った方はいますか?
その考えは間違っています。
もうすでに日本でもすでに使われています。
それは、前回にも述べたHeartFlow FFRCTです。今回の記事では、そのHeartFlow FFRCTは、なぜ臨床で必要な製品で、どんな医療AIなのか、解説したいと思います。
労作性狭心症の診断の難しさ
60歳の男性が診察室にきて話し始めました。以前から長い距離を歩いているときに胸が痛くなることがあるようです。最近はだんだんと胸痛を感じるまでの距離が短くなっており、心臓の病気を心配しているようです。
あなたは病歴から狭心症を疑いました。
労作性狭心症とは?
労作性狭心症(運動時や労作時にのみ胸痛を感じる安定した狭心症)は動脈硬化によって冠動脈が狭窄することによって起こります。狭窄の結果、冠動脈の血流が悪くなると、運動時に心筋が虚血になることにより胸痛などの症状が出現します。通常、硝酸薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬などの薬物治療が行われます。しかし、病状が進行した場合には将来的に冠動脈が完全閉塞を起こし心筋梗塞を起こす可能性があるため、経皮的冠動脈形成術などの血行再建術が必要になることがあります。
労作性狭心症は心臓が虚血になることによって起こる恐ろしい病気ですが、逆流性食道炎や他の病気でも狭心症と似た”胸痛”を起こすことがあります。では、どうやって労作性狭心症を診断すればよいでしょうか?
冠動脈の狭窄を調べる検査:冠動脈造影検査
心臓の冠動脈に狭窄しているか調べる検査で最も重要な検査は冠動脈造影(よく心臓カテーテル検査と日本では呼ばれます)です。カテーテルを心臓の冠動脈に選択的に挿入し、造影剤を流して狭窄の有無を調べます。また、後で述べる冠血流予備量比(FFR: Fractional Flow Reserve)を計測することもできます。
心臓カテーテル検査は様々な冠動脈に関する情報が分かる非常に重要な検査ですが、決して”胸痛を訴える患者すべてに行う検査”ではないです。以下がその理由です。
・合併症のリスク:
造影剤や局所麻酔を使うため、アレルギー反応を起こす可能性や造影剤腎症を起こすこともあります。カテーテル操作を行うため、血種形成、動脈を傷つける、不整脈を誘発するなどの合併症を起こすリスクがあります。
・高いコスト:
日本の保険診療では、左心カテーテル 4,000点(4万円)となっており、追加される検査によってさらに加算されます(日本では国民皆保険の恩恵で、実際の支払いは1~3割程度なのですが)。また血管造影にはカテーテル施行医、看護師、臨床工学技士、放射線技師などの様々な人的コストがかかります。
このため、負荷心電図などの非侵襲的な検査をまず行い、冠動脈疾患があるリスクが高い人を選んで心臓カテーテル検査を行うように推奨されています。
非侵襲的な検査で冠動脈病変のリスクが高い人を見つけることができるか?
先ほど、まず非侵襲的な検査を行いましょうと説明しましたが、そもそも非侵襲的な検査で冠動脈の病変がある可能性が高い人を見つけることができるのでしょうか?ここで論文を読んで、考察していきましょう。
論文紹介
Low Diagnostic Yield of Elective Coronary Angiography | NEJM 2010
2000年~2006年にかけて心臓に関する検査が2倍以上に増えており、メディケア(アメリカの主に高齢者向けの保険)のみで、2006年には2兆2000億円(1ドル=150円換算)もかかっているようです。そこで論文の著者たちは、その心臓カテーテル検査が、どのくらい冠動脈病変を見つけることができたか、心臓カテーテル検査が行われた398,978人を対象に調査しました。負荷心電図や心臓エコー検査などの非侵襲的な検査は全体の84%に行われていました。心臓カテーテル検査の結果、実際に冠動脈病変が見つかったのが38%でした。まったく冠動脈の病変がなかった人は39%含まれていました。非侵襲的なテストで虚血を疑われた患者で実際に冠動脈病変があったのは41%でしたが、全く非侵襲的なテストを受けていない人では35%でした。
つまり、非常に多額のお金を使って心臓の検査をおこなっているにも関わらず、心臓カテーテル検査を行って冠動脈病変が見つかる人は39%しかなく、負荷心電図などの結果が陽性だった人に対して行ったとしても、その41%にしか病変は認めませんでした。冠動脈病変の有無を心臓カテーテル検査を行う前に非侵襲的な検査で、、、と推奨していますが、冠動脈病変を心臓カテーテル検査を行う前に見つけるのは非常に困難なことが明らかになりました。
冠動脈CTでリスク評価はできるのか?
冠動脈CTはCTを利用して冠動脈の解剖学的評価を行う検査です。冠動脈CTは血管を広げたり脈を遅くしたりする薬を投与した後に造影剤を流し、心電図と同期させ冠動脈を造影しCTを撮影します。冠動脈CTは様々な研究で冠動脈病変を見つけることができる高い診断能があることが示されています。冠動脈CTは冠動脈の狭窄が50%以上の症例に対して感度95%、特異度83%、陽性的中率64%、陰性的中率99%と冠動脈疾患を除外するには非常に有効な検査です。(参考文献:Diagnostic performance of 64-multidetector row coronary computed tomographic angiography for evaluation of coronary artery stenosis in individuals without known coronary artery disease: results from the prospective multicenter ACCURACY (Assessment by Coronary Computed Tomographic Angiography of Individuals Undergoing Invasive Coronary Angiography) trial)
ここまで読むと冠動脈CTが心臓カテーテル検査を行う患者を選ぶ検査として候補に挙がってきますね。しかし、冠動脈CTは狭窄を過大評価する傾向があり、冠動脈CTで高度な狭窄があると診断された症例を心臓カテーテル検査をしてみると、狭窄はなかったという偽陽性が冠動脈のセグメント(1~15番の番号のこと)別にみた場合、53%にも達しました。
冠動脈CTで見つかった狭窄の2つに一つは実際には狭窄がないなんて、これでは冠動脈CTを心臓カテーテル検査が必要な症例を探すために使うことは無駄な検査が増えすぎてしまうため難しそうです。また、冠動脈が高度に石灰化がみられる場合やすでにステントが留置されているときのステント内の血流評価などには冠動脈CTは利用できないというデメリットもあります。
冠動脈の機能的狭窄とは?
ここまでで単純に狭心症は”冠動脈の解剖学的な狭窄”が原因と話をしてきましたが、実は冠動脈に狭窄病変があると必ず心筋虚血を起こすという単純な関係ではないことがわかっています。COURAGE trialのサブ解析では、心臓カテーテル検査で冠動脈が70%以上狭窄している患者の32%しか心筋シンチで心筋虚血が認められませんでした。(参考文献:Optimal Medical Therapy With or Without Percutaneous Coronary Intervention to Reduce Ischemic Burden)。これは側副血行路が存在して冠動脈の狭窄部位を回避して血流を維持することができること、狭窄部位が存在する場合でも血管の自動的な調整機能により、狭窄部位の血流を増加することができ、虚血を防ぐことが可能なことなどによります。
では、心臓カテーテル検査で明らかな狭窄が存在しない場合には、心筋の虚血は起こらないのでしょうか?それも違います。
冠動脈造影では明確な狭窄がない場合でも、動脈硬化がびまん性に存在し心筋虚血を起こす可能性があることがわかっています。心臓カテーテル検査で明らかな狭窄を認めない症例に対して、血流の制限がないか調べた研究があります。この研究では冠動脈の圧を計測し、冠動脈の血管の抵抗を調べました。その結果、冠動脈内の血流の内圧が末梢部位でもあまり変化しなかった患者と、冠動脈内の血流の圧が徐々に低下し、虚血を起こす閾値を下回る患者群がいることがわかりました。つまり、心臓カテーテル検査で正常にみえる冠動脈でも血流が障害されていることがあることが分かりました。(参考文献:Abnormal epicardial coronary resistance in patients with diffuse atherosclerosis but "Normal" coronary angiography)なぜ、このようなことが起こったのでしょうか?これは動脈硬化の初期に、主要な冠動脈からつながる微小血管が障害され、ストレス時に拡張する能力が失われることがあります。また先ほどに述べた動脈硬化が主要な冠動脈にびまん性に存在するため、抵抗が高く血流を維持できなかったことが理由と上げられます。この研究においては約8%の症例でみられました。
Fractional Flow Reserve (FFR)とは?
ここでFractional Flow Reserve(FFR)を説明しようと思います。先ほどの論文で、解剖学的ではなく、機能的な「冠動脈の血流障害」を調べる方法として、冠動脈内の動脈圧を計測し、その動脈圧が中枢側と末梢で差がないか検討していました。これがFFRになります。FFRは冠動脈の機能的な狭窄を調べる方法で、大動脈圧(近位の圧)と狭窄部位の遠位(末梢)の圧力を先端に圧力センサーがついた特殊なカテーテルを用いて計測します。その差を(遠位冠動脈圧)/(大動脈圧)<0.80となった場合に、機能的な狭窄があると判断され、血行再建が推奨されます。FFRが冠動脈狭窄評価のGold Standardとなっています。このNoteでは医療用AIに関して説明するために書いているため、FFRの詳細を知りたい方はこちらを参照してみてください。
FFRCTとは?
ここまでで、「狭心症を診断するために検査をしようと思ったけど、非侵襲的検査では評価するのが難しい」ということが分かったと思います。また冠動脈CTは解剖学的な狭窄を探すのには非常に優れた検査のように思いますが、偽陽性が高く、根本的には解剖学的な狭窄しかみつけることができないという問題があります。この問題を解決するために登場したのが、FFRCT(Fractional Flow Reserve derived from Computed Tomography)です。ここで先ほど述べたFFRが出てきましたね。このFFRCTではとは、冠動脈CTのデータから仮想的な血流モデルを構築し、冠動脈のFFRを計測し機能的狭窄を非侵襲的に評価する方法です。
FFRCTがやっていること
FFRCTでは冠動脈CTの画像を用いて非侵襲的にFFRを計算します。(画像説明:上記のAは冠動脈CT、BはFFRCTで3Dに再構成された冠動脈とCTから計算されたFFR、Cは実際の心臓カテーテル検査とFFR。)簡単に論文を参考に、どうやってFFRを冠動脈CTから計算しているのかみていきましょう。(参考文献:Computational fluid dynamics applied to cardiac computed tomography for noninvasive quantification of fractional flow reserve: scientific basis)
冠動脈CTの画像を作成する
冠動脈CTから断面画像を取得し、コンピューター上に3Dの画像データを作成します。画像セグメンテーション
画像の中から冠動脈の部分をピクセルレベルで識別します。この時に血管の内腔だけではなく、分岐や枝も特定します。3Dモデルを作成する
セグメンテーションされたデータをもとに、冠動脈全体の3Dモデルを構成します。このモデルでは血管の内部構造を詳細に再現することができます。有限要素メッシュの生成
3Dモデルを非常に小さいな要素に分割し、各要素ごとに計算を行うためのメッシュを作成します。メッシュとは、計算シミュレーションにおいて、複雑な形状や領域を多数の小さな要素に分割したものです。有限要素法は、数値解析の手法の一つで、複雑な物理現象を計算するために使用されます。つまり、複雑な物理現象を計算するため、3Dモデルを細かく分割してシミュレーションしやすくしています。物理特性の割り当て
先ほど作成した有限要素メッシュに対して血流の粘土や流速などの物理特性を設定し、流体力学の法則に基づいた計算を行います。この計算で各メッシュ要素ごとの血流速度と圧力を求めます。スーパーコンピューターが使用され数百万の非線形方程式を解く必要があります。シミュレーションの実行
すべての物理特性と境界条件が設定されるとシミュレーションが実行されます。心拍サイクル全体にわたって血流と圧力の変動が計算され、最終的にFFRが計算されます。
具体的には日本において冠動脈CTを撮影し、その画像を匿名加工した後にアメリカのHeartFlow本社に送り、上記が計算され、レポートがまた日本に戻ってきます。以下の動画で解説されています。
FFRCTでAIが担当している部分
冠動脈CTからFFRが計算される過程をみてきました。このNoteのテーマでもあるAIは実際にどの工程で利用されているのでしょうか?
画像のセグメンテーション
AIのアルゴリズムで冠動脈CT画像データから冠動脈を抽出するために使用されています。3Dモデルの構築
画像セグメンテーションによって抽出したデータをもとに冠動脈の3Dモデルを再構成する際にも利用されています。メッシュ生成
有限要素メッシュの生成を行います。複雑なメッシュ生成は多くの計算リソースを必要とするため、AIを用いることで最適なメッシュの構成が可能になります。流体力学のシミュレーションの最適化
複雑な流体力学シミュレーションにおいて、AIは計算の最適化や並列処理の管理に利用されます。データ解析と結果の解釈
AIによってデータのパターン認識やエラーの検出を行います。モデルの改善と最適化
収集されたデータから、モデルの再トレーニング、ハイパーパラメーターのチューニングなどが行われさらにAIモデルの精度が向上します。
冠動脈CTからFFRを計算するには複雑な処理が必要ですが、その過程をAIが行うことで、CT画像からFFRが計算できるのですね。
日本ではFFRCTが利用できる?
まだ広く利用されていませんが、HeartFlowFFRCTは2018年12月から保険適応が開始されてました。つまり、アメリカでもっとも利用されていると前回、Noteの記事にしましたが日本でも利用可能です。
例えば、音羽病院などの施設では検査が可能なようです。
まだ福井大学では導入できていませんが、おそらくアメリカに追従して日本でも広がっていくでしょう。
次回はFFRCTのエビデンスをまとめてみようと思います。
さて、今回のNoteはここまでとします。
医療AIを解説するはずが、今回はだいぶ「なぜ医療AIが必要か」説明することに時間をかけてしまいました。
でも、重要なのは「HeartFlow FFRCT」は本当に医療現場で必要だから、アメリカで普及し日本でも導入され始めているということです。「こんな分野ならAIを作成することが可能だから」といった企業側の理由で普及しているのではないです。そして、「なぜ、この製品が必要なのか」という部分は、様々な先人たちの臨床研究が礎となっています。今後も「医療AI」と「基礎となる研究」をつなぐようなお話をNoteを書いていこうと思います。
長いNoteに付き合っていただき、ありがとうございました。
今後は月2回くらいのペースで更新していこうと思います。
では、また。