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【小説】醜いあひるの子 匠馬偏

        ~6月17日(前半)~
本編を読んでない方は先に⇑そちらの方をお読みください。


梅雨入りして1週間。
降り通しだった雨が一旦止み、お天道様が久し振りに顔を出した。

放課後、『今日は滝本さんに会って帰るから、先に帰ってて』と智風にラインを送信して、匠馬は指定された喫茶店へ向かった。
シックな装いの喫茶店の戸を開け店内に入ると、書類を見入っていた滝本が顔を上げて一瞬、目を細める。
軽く頭を下げて滝本の座っているボックス席に向かうと、彼も一度立ち上がり匠馬を座る様に促した。

「もう少し早く会えれば良かったんだが、他の案件も押していてな。悪い」

「いえ。気楽な学生の身分なんで、気にしないで下さい。お礼もまだちゃんと言えてないままで、申し訳ありません。今回は本当にありがとうございました」

再度、匠馬が頭を下げている処にマスターが水を持って来ると、滝本は相手を見る事無く、『コーヒー2つ』とだけ伝え直ぐに下がらせた。

「…あれから、彼女はどうだ?」

「…えぇお陰様で。やっと落ち着いて学校にも登校出来る様になりました」

放火事件後、智風の周りには沢山の友達が出来た。
戸惑いもある中、彼女は彼女なりに頑張って日々を過ごしている。

「それは良かった」

ふっと笑う滝本につられるように匠馬も笑顔を作った。
コーヒーが運ばれて来ると、お互い無言でコーヒーに口を付ける。

「今回の報酬ですが、明日、そちらの口座に300万円入金させて頂きます。それと、何か装飾品が必要な時は言って頂ければ、どんな物でも直ぐに対応させて頂きますので、何なりとお申し付け下さい」

「これはこれは、ご丁寧に。流石に1店舗だけで勝負する宝石店の息子様だけはあるな」

くくく、と喉で笑う滝本に匠馬は軽く片眉を上げ、コーヒーカップに口を付けた。

「本当に早くケリが着いて安心しました」

コーヒーカップを置き、背凭れにポスリ、と躰を預けた匠馬の口角が吊り上る。

「…君の思惑通り・・・・に事が運んだからか?」

滝本は背もたれにゆっくりと凭れ掛かり、匠馬を見透かす様に口角を上げた。

「…はて。“思惑”とは、何の事でしょうか?」

困惑を顔に表して、匠馬は滝本を見詰めた。
キュッと細められた滝本の目が匠馬に向けられ、お互い無言に。


…根負けしたのは匠馬の方だった。


大きくため息を吐いて

「滝本さんが仰る“思惑”とは、波津久明美を犯罪者に仕立て上げる、という事ですか?」

その場をごまかす様に降参のポーズを取って見せた。

「…確かに。1つ目は波津久明美を犯罪者に仕立て上げる事。ストーカーだけだと刑は軽い。事件が起きない限り警察が動く事は無く警告を与えるだけに過ぎない。それなら、手っ取り早く波津久明美が犯罪者になってくれた方が良い。いっその事、事件を起こしてくれた方が都合がいい。2つ目は君の彼女、屋嘉比智風が君から離れられない様にする事だ。彼女は小さい頃から虐めに遭い高校の入学式の日、両親を亡くし天涯孤独な身だ。大きな心の拠り所は君。…だから、君は彼女を囮に使った」

その言葉に、匠馬は睨みつける様に滝本を見る。

「そんな、ボクが智風をそんな危険な事に巻き込む訳がないじゃないですか。四六時中彼女に着いていてあげられる訳じゃないのに、」

だが、滝本は話を続ける。

「だから3つ目、波瀬辺ひまわりに目を付けた。君は大河原にボディーガードを付ける時期も知っていた。上手い事、大河原のご子息の学校に付かせるボディーガードを波瀬辺ひまわりにする様に、少しずつ刷り込みでもして。大河原も屋嘉比智風なら無害だし親友である君の女となれば、文句も無い。それに仕事上、友人を作ったりする事が難しい。その上、あの子は中学時代に唯一無二の友人を事故で亡くしているから、友達を与えてやりたい、と大河原は思っていた。そして、波瀬辺ひまわりは友達になった君の彼女を必死に守る。君はそんな優しさを利用した」

眉間を指で押さえ、匠馬はそのまま目を閉じる。

「勿論、君は2人にメリットが行く様にしている。それが、態と波津久明美に切られる事。波瀬辺ひまわりがその犯人を捕まえればボディーガードとしての株も上がる。若い彼女に今、必要なモノだ。それに連動して大河原も称賛を得る」

滝本はコーヒーカップに手を伸ばし、口に含む。

「切られる事で本当に必要だったのが、屋嘉比智風に“命の恩人”と思わせる事だ。傷を残せば気の弱い彼女はその事で負い目が出来て、君に捨てられるまで側に居るだろう。その足枷を作る事が必要だった」

楽しそうに滝本はゆっくりと、視線を匠馬に向けた。


すると、匠馬は両手で顔を隠し

「……………くくくっ、あはははは!流石、滝本さん。その通りです」

楽しそうに笑いながら手を下ろした。


「何時、気づいたんですか?」

「…疑問を抱いたのは、君が切られた時。君は完全に波津久明美の動きを見切った上で、躰を翻した。武器の握り方で相手がどの様に攻撃してくるか、また相手の腕の高さ、振り上げた角度で何処を狙っているかまで分かっていた。それに相手は女性で素人。5歳の頃から大河原で躰を鍛えている人間が、簡単に捕らえる事が出来るのに、なぜだ、と思ったのが始めだ。仮説を立てていたのは嘘じゃないが、…鎌を掛けた」

「…マジで~?もぅ滝本さんにやられた~。はぁ…まだまだだな~ボクも。…そう、滝本さんの仮説通りですよ。ボクは智風を囮に使った」

「…しかし、君は全て、他の人間が””を起こす様に仕掛けるのが上手い」

楽しませてくれるよ君は、と喉を鳴らす滝本に、温くなったコーヒーを飲み干した匠馬は、子どもの様に不貞腐れた顔で彼を見詰めた。


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