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【小説】醜いあひるの子 匠馬編

~茂みの中の欲望⑧~

それから2日後。
紳一より連絡があり、滝本、という人の連絡先(事務所だが)を教えて貰う事が出来た。

調査会社に出向く前に、明美が置いて行ったモノを出して来ないと。
それと、明美と智風の写真を用意して。
行く時は明美に見つからない様に行かないとな…。
考え事をしながら店に向かっていると、後ろを誰かつけて来ている。
靴の音からして、ヒールがある女性の靴だろう。
となると、女=明美か。
後ろを振り返る事無く店に向かい、裏の事務所の入り口から入る。
その一瞬だけ、振り返り確認すると、やはり明美だ。
以前から後ろを付けられていたのかもしれない。
防犯カメラ射程圏内まで来ずに、一歩手前で止まっている。
あの位置では防犯カメラには映らないから、別な角度からカメラをセットしておいて、1つの証拠にした方がいい。
確か、無線LAN接続でスマホから操作可能なカメラがあったはず。
明日から撮れる様にしないと。
店に入る前に急いで調べると、近所の店に置いてある事が分かり、至急、届けて貰い、カムフラージュの木に付けて裏口へと置いた。

次の日も案の定、明美は後を追い、店までやって来る。
ちゃんとカメラに収められ、着々と準備は整っていた。
が、早く時間を作って電話を掛けなければ、と思いはしていたが、繁忙期。
掛けるタイミングを逃してしまい、そのままになっていた。


ーーー2月14日の朝。
両親の昼食を作りに自宅に戻ると、『早くちーちゃんがお嫁さんに来てくれます様に』と母の字で置き手紙と、ビロードの箱がキッチンのカウンターに置かれていた。
開けてみると年代物のオパールの指輪が。
デザインは古くて今の子向けでは無いが、代々、受け継がれて来た物。
母としても智風を取り逃がして欲しく無い様で、少し可笑しくて笑いが出てしまう。
気に入られる事は大いに結構な事だ。
しかし、このデザインは…納得がいかない。
夕方、店に行った時にでも作り直しをしたい事を父に相談する事にした。

バレンタイン&クリスマスは本当に迷惑な日で、授業の合間は必ず呼び出され、休む事が出来ない。
昼ご飯も摂れない事もあるので、迷惑な行事でしかないのだ。
そして、今年は集団で来て告る、というスタイルに呆気に取られた。
確かにひとりずつ来て時間を取られるのも面倒だけど、集団で来られるのもどうなのか。
放課後捕まるのは勘弁して欲しく、5限目が始まる前にこっそりと抜け出す事にしたが、靴箱の処で声を掛けられた。
確か、中学の時から一緒の子なんだけど、…あー誰だっけ、と匠馬は一瞬、首を傾げた。
顔を赤らめて必死に言葉を繋げる彼女。

「中2の春に、私がトラックに泥かけられた時に、鮎川君、態々、お父さんに迎えに来て貰って、私まで送ってくれて、私、その時から、ずっと鮎川君の事、好きでした。あの、」

トラックに泥…多分だけどそんな事あったなぁ、と思いながら

「ごめんね。付き合っている人が居るんだ。年上の…。でも…、これからも友達で居てくれる?」

首を傾げてほんの少し微笑み彼女に握手を求めると、ボロボロと涙を零しながら手を出して来た。
『君とは付き合えない』等、言わないようにしている。
全員とまではいかないが、使えそうな子はなるべく酷い振り方はしない。
今後、何かあった時の大切な『駒』として使わせて貰う為に、『友達で居てくれる?』と聞く。
大半、『今は恋人にはなれないけど今後があるかもしれない』と相手は思い込む。
恋心に付け込むんだけど。
ふ、と彼女の手に視線をやると、綺麗で可愛らしい手だった。
少し荒れてる智風の手を思い出す。
今日はハンドクリームも買って帰ってあげよう。
彼女と別れ、足早に学校を出てタクシーを捕まえると店に向かった。
スマホを取出し、今日来店予定のお客様を確認する。
以前買って行った品物リストも見て、その客が好みそうな物をある程度、頭に入れておく。
嫌いな物、禁句とかも書いているので、それもチェックする。
店の前まで行くのは良くないので、一番近いコンビニで降り、そこで智風にハンドクリームとタブレットを購入してから店に向かった。
今日は何時もより早いので明美はつけて来ては居ないが、スマホを取出して遠隔操作でカメラで撮影を開始した。
事務所で懸垂と腕立てをして時間を潰しシャワー室に向かうと、裏口の処で話し声が聞こえてきた。
てっきりゴミ収集だと思ったのでシャワ―を浴び、スーツに着替えて髪をセットし、メガネを掛けて歯磨きをして準備完了。
時計を見るとまだ授業をしている時間だ。
智風は真面目に授業を受けているんだろうな、とコンビニ袋からハンドクリームを出し、カバンに入れ直した。
そして、店に入ろうとして焦げ臭さを覚え裏口を開けると、可燃物の袋が燃えている。
慌てて父を呼び、ロッカーから消火器を取出し、鎮火させた。
紙ばかり入っていた袋だったので燃え広がるのが早かったのか、壁まで黒く焦げている。

急いでデジカメに録画された画像を確認すると、そこには案の定、明美が裏口を見ている姿が写っていた。
何枚か後にホームレスの男性に声を掛けられる画像に。
多分、こんな処で何をしているのか、と男性に質問されたのだろう。
暫く男性と言い合っている画像が続き、痺れを切らした明美が男性を突き飛ばした様だ。
男性が倒れている。
また、倒れている男性と言い合いしている画像が続く。
すると、男性が立ち上がり、その場を去って行く。
安心したのか安堵のため息を吐く明美の顔。
良く見れば、男性が持っていた煙草が無い。
もう一度、始めから確認すると、声を掛けた時に男性が煙草を投げ捨てている。
それが、ゴミ袋の処に風に運ばれて行ったのか。
ゴミ袋の中は印刷に失敗したバレンタイン用の張り紙や、不要になったペーパークッションが入っていた。
火の点きやすい素材なので、簡単に引火してしまったのだ。
明美は男がまた来ないか、大通りの方を向いてゴミ袋が燃えだした事に気づいていない。
火の手は大きくなっていく。
やっと気づいたか明美が振り返り、驚いている。
どうしようか、と悩んでいる間も火は勢いを増して行く。
明美は顔を真っ青にしてカバンを抱きしめる。
そして、慌てて逃げて行く後姿。
後は壁を黒くしていく処と、タクシーが通り過ぎて行くのを写していた。

間もなくして消防と警察が到着。
暫く両者に事情聴取されたが、当たり障りなく『バイトの準備をしていたら、裏口の処で話し声が聞こえてきて、暫くしたら焦げた匂いがしたので出てみると、帰りに出す可燃物の袋が燃えていた』と伝える。
防犯カメラもチェックして貰い、煙草が転げて来てゴミ袋にくっ付いた処が映し出されていた。
直ぐに消火器を持ち出し、消火活動をした事を誉めると早い段階で引き揚げてくれてくれたが、ジュエリーショップの前に消防車やパトカーが停まっている事にTV局が嗅ぎつけた。
この分だと夕方のニュースに取り上げられるだろう。
すると、明美から電話が。

「…もしかして、」

少し低い声で電話に出れば、明美は必死に

『違うの、匠馬!気づいたら火の手が上がってて!本当よ!私じゃないの!信じて!』

ボヤの事を聞いた訳でも、何を聞いた訳でもないのに、無実を訴えかけて来た。
パニクッているので『ボヤの事を聞こうとしている』と勝手に思い込んでいるようだ。
この様子だと、男性が煙草を持っていた事も気づいていない。
ニュースになれば、明美の目にも止まる。
例え自分が何もしていなくても真横で火の手が上がって行く様を見ていれば、それがボヤだったとしても、通報しなかったことに対しての罪悪感は必ず生まれ、報道でもされれば『自分が疑われる』と不安に駆られる。
次第に自分が放火したのではないか、と錯覚し、不安に駆られ出す。

受話器越しに明美が必死で自分の無実を訴え、嗚咽を漏らしていた。
今のこの女の精神状態なら、活殺自在するのは容易い。

「明美さん、落ち着いて。“明美さんは〇〇商事っていうちょっと大きい会社に勤めていたんですよね?でも、今朝出社したらいきなりリストラに遭って精神的にキてた。お友達も仕事が忙しくて相手にされません。そこで彼氏に連絡しましたが、トラブルがあったってロクに話聞かずに電話切られてしまい落ち込んでいたんです。その時、ボヤに遭遇してしまった”のではないですか?」

明美が仕事をしていた、とかそんな事知らない。
だが、人間は、嫌な記憶を勝手に上書きしようとする。
この女の場合、匠馬の言葉をそのまま鵜呑みにして、記憶をすり替える。
ボヤを見た事は記憶に留めさせておかないといけない。

『え…、あ…、そう。…そうなの。リストラに遭ってね、』

必死で匠馬が言った言葉を頭に叩き込み、言葉に出す明美。
そして

「明美さん、何かあったの?」

優しい声で問い掛ければ、先程教えた記憶で経緯を話し始めた。

「…そう、ボヤもあったの。それは大変だったね。ボクは今から可愛い彼女に会いに行かないといけないから。もう電話して来ないで。ボクは貴女の事、好きじゃないんだよ。迷惑なの。電話掛けられるのも」

優しくしておいて突き落とし、携帯を閉じた。
今日の出来事は強く印象付けさせ、“悲劇のヒロイン”の自分より智風を取った事に嫉妬や怒りを芽生えさせる。

「これで、行動しやすくなったでしょ?」

智風をどんな風に追い込んでくれるか楽しみだ。
このボヤはまだ使わせて貰う。
もう1つのSDカードに明美が振り返り、驚いている場面から移し、ちょっとだけ撮影時間とファイルデータをイジってからケースに入れた。

この画像を見れば、明美が犯人でなくてもボヤの犯人と疑わざる負えない。
落ち着いた処にまた疑いを掛けられれば、否が応でも忘れられなく、余計に自分が犯人だと錯覚する。
人間、1回やってしまった、と思えば2回・3回と過ちを繰り返してしまうもの。
いっその事、アパートを焼いて貰おう。

しかし、これを成功させる為には、滝本、と言う人がどれだけ使える人か確かめてから。

「鮎川と申します。急で申し訳ないのですが、今からお伺いしても宜しいですか?」

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