【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】夫に嫌われてると分かりまして。#13(番外編)
13:トラブル発生です!
『好きになったらダメなのですか?』の嬉子とショッピングモールに出かけるお話です。
ある日の夜の事。
佐和田くんが急な残業(泊り)になってしまい、不貞腐れている所に嬉ーちゃんから有り難いショッピングのお誘いがあった。
嬉ーちゃんの赤ちゃん(貴くん)が3ヶ月の検診で首も座っている事を先生に言われると、旦那さんの幸司さんが、『自分が休みの日はなるべく遊びに行け』と言ってくれたので、私を月イチで買い物に誘ってくれてるのだ。
さてさて。
朝も早くから可哀想な佐和田くんを癒やす為に作るプリンを作っておいて、『帰ったら食べてね』と手紙も置いておく。
たくさん作ったのでお裾分けのプリンを保冷バッグに入れて、目指す嬉ーちゃん家!
幸い、我が家のマンションの前にあるバス停から嬉ーちゃん家まで直で行けるので、大助かり。
乗り換えもしないでいいし、ここにバス停&直通を作ってくれた人に感謝!
土曜日ともあって少し乗客は多かったけど、有り難いことに高校生の集団が席を譲ってくれた。
若いのになんて親切なんだーー!譲ってくれた子、君に良い事がありますように!
20分程、バスに揺られて嬉ーちゃん家の側に到着。
バスを降りて5分もせずにお家に着き、玄関のチャイムを鳴らせば用意万端な嬉ーちゃんが出迎え。
挨拶もそこそこに(プリンを渡して)私達は早々に買い物に出かけた。
しかし、その先でトラブルに巻き込まれるなんて、誰が予想出来よう。
服を見る前に先にお昼を食べた方がいいんじゃないか、と私達はカフェレストランに入った。
「ここのさ1階の角に塾があるんだけど、そこの塾が幸司さんの友達の奥様がやってるのよ。結婚式で野乃華の後に来た着物の人」
「あぁ!顎髭イケオジと着物美人!」
「そうそう!で、そこの息子さんが学生結婚されて」
「え?待って待って?ごめんね、キャパオーバーしてる…。えっと、幸司さんと顎髭イケオジは同い年なんだよね?って何歳で結婚!?」
「確か、20歳…?いや、19歳の時にできちゃった婚して、また息子さんも高校生で結婚したのよ」
「大学生じゃなく、高校生でっ!はぁ、金持ちイケメンは何考えてるか分からない…」
「まぁ、ひとりの男を10年も追いかける野乃華みたいな人もいるんだから色々な人がいるのよ」
「けへ♪」
「でさぁ、その息子さんのお子さん双子ちゃんなんだけど うちの貴之と同級生になる訳。幸司さんは子だけど、向こうは孫なわけよ」
「話だけで面白い!」
「でしょ?」
可笑しくって、食べる所では無いくらい。
モデルと間違われる美女の嬉ーちゃんと一緒だから食べるの遅くっても何も言われない所が助かるゼ!
お店のスタッフさんには申し訳ないけど、ゆっくり食べておしゃべりさせて貰った。
さて。店を出てお手洗いを済ませると、買い物にいざ出陣!
すぐ側にあったエレベーターが丁度開いたので、ラッキー!と乗ったのだが…。
ーーーガタン、と大きな音と共にエレベーターは止まってしまい、一瞬、暗くなり(非常灯なのかな?)違う色の電灯が点いた。
エレベーターに乗っていたのは私と嬉ーちゃんと初老の男性に4~5歳くらいの男の子とその子のお母さん。
計5人が乗っている。
少し男の子は母親にしがみついて、泣き始める。
早い段階でココから出ないと、男の子だけでなく、皆が滅入ってしまう。
非常電話ボタンを押して助けを呼ばなきゃ、と押そうと手を伸ばそうとした瞬間。
「何ぼやっとしてる!どこでも良いからボタンを押せ!」
突然、後ろに居た初老の男性に突き飛ばされ、私はおもいっきり壁に躰をぶつけた。
「キャッ!」
「ちょ、ちょっと!何するんですか!野乃、大丈夫?」
嬉ーちゃんは私を助けお越し、男性を睨みつける。
突然、起こった事故にパニックになっている、と思うのだけど、突き飛ばす事、無いでしょう。
ぶつけた肩を擦って、嬉ーちゃんに支えてもらいながら立ち上がる。
男性は嬉ーちゃんの声が聞こえていないようで、必死にボタンを手当り次第押しまくっている。
けど、反応はない。
男性は余計に苛立ち始め、握りこぶしでボタンを殴り始めた。
「いい加減にしろ!どうせ、TV番組のいたずらだろう!お前達、訴えてやるからな!」
冷静さを無くしている男性は、今度はドアを殴ったり蹴り始めた。
少し前に、TV番組で芸人さんが似たようなドッキリを仕掛けられた、という話を聞いたような…。
しかし、素人相手にこんな事しても、クレームが入るだけだと思う。
「なにしてるんだ!早く開けろ!誰か!開けろ!」
そのせいで4階に行きかけていたエレベーターは大きく揺れるけど、男性は気づいていないみたい。
揺れが怖くて私は嬉ーちゃんに抱きつく。
非常ボタンを押して状況を説明しなきゃいけないのに、男性が怖くてボタンの所に近寄れない。
「ママァ…、ママァ…」
子どもの泣き声が足元から聞こえて下を向くと、男の子のお母さんが体育座りして震えていた。
私と嬉ーちゃんはしゃがみ、お母さんに視線を合わせる。
「大丈夫ですか?」
嬉ーちゃんがお母さんの背中を擦り、私は男の子の頭を撫で微笑む。
「おばちゃんは泣きそうだったのに、君は泣かないなんて凄いね。おばちゃんは野乃華って言うの。ママの背中を撫でてるのが嬉子って言うんだけど、君もお名前教えてくれる?あ、お母さんのお名前も教えてくれると嬉しいな」
男の子は私にぎゅっと抱きつき、名前を教えてくれた。
背中をトントン…と優しく叩くと、安心したのかユウと名乗る男の子は泣き始めてしまった。
「ママを安心させたくって泣かなかったんだね。偉い」
「ママ、だいじょ、ぶ?」
私の肩から嬉ーちゃんとママを見ながら心配そうに聞く。
「ユウ君が教えてくれたから、ママは大丈夫だよ。…野乃、アメとか無い?」
見ると嬉ーちゃんはママの鼻と口を手で覆うようにしている。
過呼吸を起こしているみたいだ。
昔、部活中に後輩が過呼吸になって救急車を呼んだ際、救急隊員の方がアメをなめさせて注意をそらすと落ち着く事が多い、と教えてくれた。
しかし、アメなんて持ってない。
「ごめん、ちょっと持ってない…」
「そっか、ちょっと私、カバンの中を見たいからママをお願いしていい?」
嬉ーちゃんと場所を交代して、私がママの背中を擦る。
カバンを漁っていた嬉ーちゃんがアメを見つけたようで、1つ手の平に。
「ママ、このスースーするアメって食べれるか分かる?」
と男の子に聞くと、激しく首を振り始めた。
「スースーするアメは、ママ、食べたら、くしゃみと、えっと、お鼻出ちゃう」
「いっぱい出ちゃう?」
「うん。お口も真っ赤になっちゃうって言ってた」
ミントってあるんだ。
アレルギーって酷く出る人もいるって聞いた事があるけど、本当に居るんだ…。
私の周りに居ないので、少し驚いてしまう。
「偉いね!ママの事をちゃんと知ってて!凄い!ユウ君はママの命を救ったヒーローだよ!」
嬉ーちゃんは男の子の頭をなでなでして誉ると、彼はパァッと顔を明るくして、二カッと歯を見せて笑った。
その時、ゴトン…と重たい物が床に落ちる音がして、下を向くと嬉ーちゃんのスマホが。
「「スマホ!電話すればいいんじゃん!」」
顔を見合わせて思わず大きな声を出してしまった。
嬉ーちゃんがスマホを拾って立ち上がる。
「もう、パニクっちゃダメね」
と微笑んだ瞬間、嬉ーちゃんは男性に殴られていた。
ゴッと鈍い音に、細い躰がふっとばされてうめき声を上げた。
「何を笑ってやがる!俺の事を笑ったのか!」
そう言って男性は嬉ーちゃんに怒鳴った。
いや、私達に怒鳴ったのかもしれない。
「ったいなぁ…。いい加減にしろよ、この老いぼれ!」
そう言って嬉ーちゃんは男性の股間を蹴り上げれば、真っ青な顔でうずくまる。
「ぴーこらぴーこらうるせぇんだよ爺!何も出来ねーんだったら黙って後ろでうずくまってろ。はぁはぁ、……さて、煩い輩が黙った所で、私は非常ボタンで救助を呼ぶわね。ユウ君はママと…なにかお喋りで気を紛らわせて上げて欲しいんだけど、何かいい方法無いかな…」
冷や汗を掻いて真っ青な顔になっているけど嬉ーちゃんは、私に力強く声をかけてくる。
「あ、しりとりは?ユウ君、しりとり好き?」
ユウ君も今の事は見なかった事にした方がいい、と判断してくれたようで男性を一切、見ずに
「うん!ママといつもしてるよ!」
と私たちの会話に混ざってきた。
「お利口!じゃあ、ママとしりとりしてね。で、普通にお喋りできるようになったらおばちゃん達に教えてくれる?」
私と嬉ーちゃんを指で指し、ユウくんにお願いすると
「はーい!」
元気に返事。
そして、使命感を持ってママとしりとりを始めた。
ママも始めは声を出すのがやっとのようだったけど、ユウくんが楽しそうに声掛けをするから、いつの間にか顔色も気持ち良くなった気がする。
完全に空調も止まってしまったから、気温が上がっているような…。
気のせい、と嬉ーちゃんと私はボタンの有る方へ行く。
「実は私のスマホってこういったエレベーターって電波入りにくいのよ。だから野乃華は119に電話して欲しい。今起きてる事は教えてくれないだろうから、佐和田に電話してこのショッピングモールで何か起きてないか聞いてくれる?」
エレベーターの製造会社に電話を掛けてみたが、混線しているのか繋がらない。
次は…、と119番に電話かけようと思ったと同時、スマホの画面には佐和田くんの文字。
にゃ~!愛だろ?愛!
「あ、佐和田くん?!あのね、」
『おい!お前、そっちは大丈夫か!?10分くらい前にお前が行ってるショッピングモールが大規模停電ってニュースで流れて。慌てて電話したんだけど、電話が込み合ってて繋がんなくってよ』
「あ、そういう事だったんだ…。あのね、実はその、エレベーターに閉じ込められてて」
『はぁ!?井之頭も一緒か?』
「うん。一緒なんだけどね、」
「ごめん、野乃。ちょっと電話代わってもらっていい?」
嬉ーちゃんが困った顔で私に電話を代わるように言ってきた。
「いいよ。佐和田くん、ちょっと嬉ーちゃんと代わるね」
スマホを渡すと嬉ーちゃんは一回、大きく深呼吸をしてそれから耳に当てた。
「佐和田、このショッピングモールってどうなってる?」
『大規模停電。幸い火災等は起きてない。復旧の目処はまだ立ってないみたいだ。外はすでに大渋滞だから救急とか到着が遅れるのは覚悟してくれ。で、お前達はエレベーターに閉じ込められてると』
「…そう。えっと、お願いがあるからちょっとメモってそれを消防に電話して欲しいのと、幸司さんも心配してるだろうけど、”大丈夫だから来ないで″って言って欲しい」
『…分かった』
「私達が居るエレベーターは一番西のWー1から入ったすぐのエレベーター。3つある中の左。エレベーターを前にした時に左ね。番号はXXXXXXXXXXX。乗員5名。初老の男性1人、私と野乃華、そして、4~5歳の男の子とその母親。名前等はすぐにラインで送るわ。で、男の子の母親が過呼吸を起こしてる。後、私達の乗ってるエレベーター3階と4階の途中で止まってる可能性が高い」
『まじかよ…。ったく、とんだ災難に巻き込まれたな』
「色々、経験できて楽しい人生よ?後はラインに送るから、野乃に代わるわね」
と言って私にスマホを渡してきた。
「電話ありがと。佐和田がすぐに警察と消防に電話とか掛けてくれるって」
「おばちゃん、ママがちょっとだけおしゃべりできるようになったよ」
「教えてくれてありがとう!奥さん大丈夫ですか?」
嬉ーちゃんは男の子とお母さんの方を向き、私は壁の方に寄って佐和田くんの声に集中する。
「よかった。…佐和田くん、男の子のお母さん少し落ち着いたよ」
『野乃華、パニックにならずに落ち着いてて偉いな。モールに入れるか分かんねーけど、お前が出てきたらすぐに迎えいけるようにしとくから。井之頭とその過呼吸になってるママさんを助けてやってくれ』
「うん。守ってみせるよ!後、…待ってるから」
そう言って佐和田くんとの通話を切る。
泣きたいけど、そんな暇ない。
股間を蹴られた男性は涙目でこっちを見ていて、ちょっと嫌だけど床に座る。
すると嬉ーちゃんは状況の説明を始めた。
「落ち着いて話を聞いてくださいね。約10分程前、ここのショッピングモールで大規模停電が起こり、現在、復旧活動が行われています。で、このエレベーターの緊急ボタンを押して外部との連絡を試みましたが、…混み合ってるのか、残念ながら連絡が取れません。それで、このエレベーターに関する情報を警察と消防に伝えるようにお願いしましたので、ここで救助を待ちます」
一瞬、男性がボタンとかやたら叩いたのが原因なんじゃ、と思ったけど、流石に呑み込む。
「了解です!」
敬礼ポーズを取ってみせると、ユウ君も真似して敬礼する。
それが面白くて笑い合っていると、冷静になった男性は嬉ーちゃんに向かって正座して頭を下げた。
「先程は冷静さを失い貴女に対して大変な事を仕出かし、本当に申し訳ありませんでした」
その言葉を聞いて嬉ーちゃんは男性の肩を掴み、顔を上げさせる。
そして、男性の両手を握って
「よくある事、なんて言えません。貴方がした事を許す気はありませんが、貴方の謝罪は受け入れます。もう二度と、こんな事、しませんよね?」
させませんよ?と言っているような気がするのは、気のせいかな?
嬉ーちゃんの気迫に負けた男性は一瞬、大きく目を見開いて止まっているが、息を整えて
「絶対に、しません!」
と嬉ーちゃんの手を握り返していた。
「そうだった!救助にあたって免許証か保健証の写真を撮らせて頂いてもいいですか?それと、連絡先も!」
私は思い出して大きな声を出してしまい、慌てて口を押さえた。
「警察と消防にお伝えしたら消去しますので」
私のテンパってる様子を笑いながら嬉ーちゃんは助け舟を出してくれた。
何時もそう。
嬉ーちゃんは間髪を容れず、私を助けてくれる。
「嬉ーちゃんが男だったら恋してたかも」
「あら、嬉しい。でも、佐和田とどっちを取るかしら?」
「にゃわわわわ~!究極の選択だぁ!」
本気で悩んで頭を抱えると、面白そうにユウ君が笑っている。
笑いの連鎖って起こるもので、そこから暫くの間、私達はひたすら笑っていた。
2年前の夏にこのショッピングモールに来た時、最上階(4階)1番西側のお店に入ったら凄く暑くって思わず店員さんに『このお店、暑くないですか?』って聞いちゃった。
そしたら『最上階で西側なので、どうしても熱がこもってしまうんですよ。そのせいで冷房の利きも悪くって、お客様にご迷惑おかけして申し訳ございません…』と謝られた事がある。
熱は上に上がっていくって何か授業で聞いた事あるかも!って思い出した(ような気がした)
「ママ~、あつ~い」
ユウ君が靴下と靴を履いていたので脱がせ、私は上に羽織っていたカーディガンを脱いでその上に座らせた。
お母さんはもう、滝の汗をかいている。
気分のせいもであるんだろうけど、暑くなると空気も薄くなっているような気もしてくる。
気づけば、皆、汗だくになっていた。
多分、今が一番日が高い時間だと思う。
考えるだけで余計に気分が滅入る。
「ね~、私達の救出、忘れ去られてるんじゃな~い?」
「あはははは!ここで干乾びて死んじゃったら、化けて出ないとね!」
笑いながらも少し朦朧とする。
スマホはこの暑さのせいで熱を持ちすぎて、画面が真っ黒になってしまった。
閉鎖された小さい空間であり、空調は止まっている。
今週は晴天続きの38度越えの日が続く、と天気予報で言っていたっけ。
密室ってこんなに暑くなるのか…。
寒い時は動かずに身を寄せ合って体力温存するといい、とか言ってたけど、暑い時はどうしたらいいんだろう…。
ーーーもう何時間経ったのだろう。
あ、やばい、これ。
頭痛がする上に朦朧ろしてきて冷や汗、震えまで出てきた…。
ぎゅっと嬉ーちゃんの手を握る。
やばい、嬉ーちゃんも震えが来てる。
ユウ君は、と目だけ動かして見るけど床に男性と倒れて動かなくなってる。
お母さんはうめき声をあげながら痙攣を起こしてる。
死ぬ前に佐和田くんに会いたかった…。
でも、嬉ーちゃんの側で死ねるだけ私は幸せ者だ。
「ーーー野乃華!!井之頭!」
急に躰が浮き上がると同時、佐和田くんの声が聞こえて安堵のため息が出た。
暗い所から明るい所に出されたので、眩しい。
「急いで!子どもと年配の男性はⅢ度に相当!まって!母親の方もⅢ度に近い!」
「南さん、返事はできますか!?顔に怪我されてますけど、どうされました!?」
「あ…、閉じ込め、られ、…てる、時に、…何か、あった…の、か、も…」
嬉ーちゃんの声がする方にゆっくりと頭を動かすと、彼女も私の方を見ていた。
「佐和田さん、返事は出来ますか!?心電図つけるので、服を少し捲りますね」
「あ、…吐き気…とか、します、が、…どうにか、大丈夫、です」
「佐和田さんの旦那さん!奥様の側にいてあげて、声掛けしてあげてください!そっち、南さんの血圧も図って!」
担架に乗せられて、順々に救急車の方へ向かっていくと
「嬉子!」
ベビーを抱っこした幸司さんが野次馬をかき分けて側までやってきたのだった。
「さ、佐和…田、私、幸司、さん、に、来るなって、…伝言、たのだ…じゃな、いっ」
最悪、と付け加えた嬉-ちゃんは幸司さんの手を握って
「貴之を、だっこ、してんのに…走らないで、…幸司さん…あと、顔は…気のせい」
何て言うもんだから
「気のせいじゃねーだろが!お前を殴った奴は何処の誰だ!」
って怒鳴っちゃうもんだから貴くんが泣きだしちゃうし、そっちはそっちで大騒ぎだった。
そして、こっちはこっちで
「なんで水を持ってなかったんだ。水1本あれば、皆、ここまで酷くならずに済んだのに。それにハンディの扇風機買ってただろ。塩分チャージのタブレットだって毎回持てって言ってるよな?外じゃなくても持って出ろってこの前も言ったはず」
と佐和田くんの説教を受けながら救急車の中へ運ばれて行ったのだった。
あはは、愛されるって大変だ。
大規模停電の原因は漏電。
点検中に配線の被覆を破損、配線ミス、屋外照明のカバーのパッキンが緩み雨水が入り込み電気の接続部分に到達。
こんな偶然があるのだろうか。いや、あったからこんな事態になったのだ。
そして15台あるエレベーター。
夏休みに入っていた事もあり、子連れや妊婦が多いエレベーター・人数が多く乗っているエレベーターと優先に救助した為、私達の優先順位は自ずと下がってしまった、とショッピングモールのお偉いさん方が頭を下げに来た時、言ってた。
それなら仕方ない、と思う私達とは反対に、夫達は納得が出来ない、と。
うん、愛されるって大変だ。
同じ病院に運ばれた私と嬉ーちゃんは2泊、入院してその後は家で安静にする事となった。
けど、1日経つと嬉ーちゃんの顔が腫れてしまって、もう幸司さんの怒りを静めて貰う方が大変。
いやぁ、愛されるって大変だ。
実は嬉ーちゃんは結婚する前に暴行を受けた事があり、普通に生活していてもたまにフラシュバックする事があるそうだ。
そういった事があるので幸司さんは少し神経質になっている、と言っていたけど、それは神経質になっても仕方ないと思う。
今回の件も、かなり精神的にキてたと思う。
それを表に出さず、周りに迷惑をかけまいとする嬉ーちゃんが本当にすごくて、その話を幸司さんに聞いた後、佐和田くんに抱きしめて貰って泣いた。
幸い痣は1ヶ月くらいかかったけど綺麗に消えてくれて、私はまた泣いて喜んだ。
嬉ーちゃんの綺麗な顔にあんなの残ってたら、私も男性を恨んでたし。
退院してから1週間は痺れとかもあってあまり躰に力が入らなくって。
頭痛も頻繁で薬が手放せなかったけど2週間経つと大分、普通の生活が送れるようになった。
先日、お礼の手紙とお菓子が私と嬉ーちゃん宛に送られてきて、男性もユウ君とお母さんも無事らしい。
私達が必要な情報を伝えていたため、対処も早く出来たので皆、後遺症も無く今まで通りの生活が送れていると書いてあって頑張った甲斐があった、と嬉しくなる。
ユウ君は救助に来てくれた救急救命士に憧れを持ち、『大きくなったら救急救命士になる』と意気込んでいるらしい。
あの年でお母さんのアレルギーを知っていたし、救急救命士あってるかも!
素敵な夢に向かって頑張ってほしいな。
嬉ーちゃんから聞いた話。男性から被害届を出してほしい、と言われたらしい。
けど、もう謝罪を受け取ったし終わった話だから忘れた、と返すと大泣きされたんだって。
優しくて勇気があって思いやりのある嬉ーちゃんがもっと好きになった。
20日間も経つと、流石に躰も元通り。
もういい加減に普通の生活にもどらなくては。
「さー!今日から何時も通りの生活に戻るぞー!お弁当作るぞーって!こらこらこらこら!何してるの佐和田くん!Hは帰って来てからでって、わぁぁ~~~!」
と起きたのはいいけど、目を覚ました佐和田くんにベッドに縫い付けられてしまった。
「黙れ、こっちは1ヶ月近くお預け喰らってんだよ」
獣のような眼で見られ、秒で脱がされていく。
「それに、お前が生きてるって実感させてくれ」
あぁ、もう、そんな事言われたら何も言い返せない。
出勤前まで散々、貪られて、愛されて。
普通の生活に戻れる日を1日、延ばされてしまったのだった。
ホントに愛されるって、大変!
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