【小説】醜いあひるの子 21話
居心地が良かったり心地好かったのは恋をしていたからなのか、と匠馬の横顔をチラ見して、顔を赤らめた。
面白い事に、恋をすると一緒に居るだけで楽しい。
何もしていないのに。
それに、相手が何をしているのか、無性に気になるのだ。
だが、反対に美弥子の言葉が重く圧し掛かり、心を締め付けられ、自分は匠馬の側に本当に居ていいのか、と自問自答を繰り返す。
勿論、答えが出る訳では無い。
ただ、分かっているのは…。
そう思うと心は苦しくなり、ただ、ため息を吐くばかりだった。
「どうかしたの?」
智風のため息が気になったか、匠馬は首を傾げながら、やはり優しく笑う。
「な、何でもない。あ、あのね、今日は一緒にお墓参り、来てくれて、ありがとう」
「どういたしまして。あ、お盆も一緒に来てもいい?」
嬉しい申し出に、智風は返事を返す代わりに抱き付いて、嬉しさを表現した。
次の日はタイミング悪く生理にもなり、片付け作業も余り進まず。
アパートに帰って来た匠馬は夕食を食べると直ぐにテーブルの上を片付け、書類を出して仕事を始めた。
先に寝てていい、と言われ寂しくもひとりでベッドに横になった。
夜中、ベッドに入って来る気配がしたが、生理痛の薬を飲んでいる為、起きる事も出来ない。
朝、目が覚めると、朝食がテーブルに用意されており、匠馬の姿は無かった。
『生理痛酷いだろうから、とりあえず今日は1日横になってる事。美味しいって評判のコーヒーゼリー買って帰るね』
書置きを残している処が匠馬らしい、と血の気の無い顔で笑い、智風はまたベッドへ戻り、ぼんやりと思いを巡らせていた。
匠馬に気持ちを伝えてもいいのだろうか。
しかし、匠馬が口にしない言葉を自分が出していいのか。
もしかしたら、自分たちの関係はおかしいのではないか。
何故、初めて抱かれたあの日、聞く事が出来なかったのか。
そして、未だに聞けない自分に情けなさにため息が出る。
翌日から、課題・バイト・片付け。
それを繰り返す日々は以外にも体力を消耗するもので、智風の1日はあっという間に過ぎて行く。
恋を自覚したはいいが、どうしていいか分からず、智風は何も聞けぬまま匠馬を見詰める日々を過ごした。
ーーー
『また、一緒のクラスだよ。1年間、よろしく。3-A・1番・鮎川匠馬から25番・屋嘉比智風さんへ。』
今日から3年生。
クラス割の表が貼り出されないと教室に入れないので、いつもよりほんの少し遅く登校した智風の携帯が鳴ったのは校門を入ってすぐだった。
こんなメールが入って来るとは。
本当、こんな気を使ってくれる処が好きだな、と心の中で呟いて足早に教室に向かう。
教室に入ると何時ものメンバーが先に登校しており、一斉に智風の方を向いた。
「お、おはよう」
「久し振りやなー!智風!元気しとったか!?」
八重歯を見せながらぽーんと勢いよく智風へ飛びつこうとしたひまわりだったが、伸びて来た匠馬の手に襟首を掴まれた。
そして、宙ぶらりんのまま匠馬に噛みつく。
「何や!匠馬!久し振りに智風の乳に顔埋めるくらい良えやないか!」
「ダメ!」
「ケチ匠馬!減るモンやなかろうに!」
シャ〜〜〜!!と威嚇をし合う2人が可笑しく、思わず智風は笑ってしまう。
替わり映えのしないのだが、また3人と一緒で安堵した。
すると、ガラガラ…とドアが開く音が聞こえ、入って来た生徒を見た途端、一瞬、3人が止まった様に感じたのは気のせいだろうか。
智風が顔を上げると、その生徒は笑顔を見せ、挨拶をしてきた。
「おはよう、智風ちゃん。1年間、よろしく」
「お、おはよう、聖也くん…」
ぎこちない挨拶を返す智風とは対照的に、聖也は自分の席を見つけカバンを置き、笑顔で側にやって来る。
「智風ちゃん、紹介してくれる?」
紹介とはどうしたらいいのか、と悩みながらもとりあえず相手の名前を教える事に。
「え?あ、はい。えっと、前の小学校の時のクラスメイトの河野聖也くんです」
よろしく、きらりと歯を見せて笑う聖也を見た匠馬は、微かに目を細めた。
「こちらが、波瀬辺ひまわりさんです」
「よろしゅう」
にかっとひまわりはいつも通りの笑顔で挨拶を返す。
「えっと、こちらが、大河原くんで、こちらが、鮎川くんです…」
「「「どうも」」」
男3人の声が気持ち悪いほど綺麗にハモり、聖也と陵は苦笑いを浮かべた。が、匠馬は木で鼻を括った様な態度で視線を逸らす。
反対に陵は、面白い事になって来たぞ、とひまわりと目配せし、それに気づいたひまわりは、にやり、と笑って返事を返した。
暫くし、聖也が携帯を取り出すと
「あ、智風ちゃん。ケー番交換しとこう。ほら、携帯出して」
智風にも出す様に手を出した。
その携帯には例のストラップが付いており、匠馬は更に目を細める。
「え!?あ、あた、あたし、の?」
「教えてくれよ」
どうしよう、と迷っていると匠馬が胸ポケットから携帯を取り出し
「ちー、教えていいなら、ボクから教えとくよ」
何時もの様に優しく笑いながら液晶を見せた。
その液晶を見た瞬間、聖也の動きが止まったが、智風は全く気付かず。
匠馬から教えたという事は、聖也くんの事を友達って思ってくれたんだ、と智風は2人のやり取りを微笑ましく見ていた。
その後も、2人の間に変な空気が流れたのだが。
休み時間になるとひまわりと話している中に入り、智風ちゃんは小さい頃から可愛かった、など褒めた。
移動教室の際も、荷物あるなら持つ、と教科書を持とうとする始末。
グループ勉の4人で居るのがやっと慣れたばかりなのに、と正直、智風も困惑していた。
周りの目、というものは智風にとっては脅威でしかない。
ただ、何事もなければ、と祈る事しか出来ないのであった。
担任も2年生の時と一緒で、本当に変わり映えしないが、安心できた。
が、困った事に、担任は『ルーム長は、継続して大河原と屋嘉比で良いな。よし、決定』と返事も聞かずにホームルームを終了したのだった。
陵が人前に出る仕事はしてくれるので、ルーム長になったから、と言って何をする訳でも無いのだが。
相変わらず、日誌の仕事だけを陵に押し付けられ、智風は職員室に届けに来ていた。
「やはり、進学は出来ません…」
その言葉に、これ以上説得しても無駄か、と担任は大きくため息を吐いた。
「分かった。…もし、気が変わったら必ず言って来いよ」
「はい…」
智風も大きくため息を吐き顔を上げた時だった。
何時の間に来たのか匠馬の姿があった。
「先生、プリント」
「やっと持って来たか」
呆れ顔の担任に、へらり、と笑ってみせる匠馬。
先程の話を聞かれたのだろうか、と怖くなり
「し、失礼しました、」
プリントを渡している横を逃げる様に通り過ぎ、智風は職員室を出た。
別に進学の話とかどうでも良い話だろうが、また、根掘り葉掘り聞かれるのも嫌で、つい逃げ出してしまった。
ひまわりも待たせているので、早歩きで教室に向かおうとしていると、グイッと腕を引かれ、人気の無い図書館の前に連れて行かれた。
「たっ!」
「しー…」
図書館の中を確認し、誰も居ない事を確認すると2人して入って行く。
そして、電気をつけると一番近い机に腰掛け、渋い顔をした匠馬は智風を見詰めた。
「ね、進学しないの?」
やはり聞いていたか、と智風は俯いたまま話し出した。
「入学金とか、授業料、考えたら今の貯金じゃ無理だし…」
「じゃあ、ボクに言えばいいじゃない。何で相談してくれないの?」
「だって、…そんな事、相談できる訳無い。貸して貰っても簡単に返せる金額じゃないし…。それにね、お母さん見て皆と同じに進まなくってもいいんじゃないかって思うようになって。生きてれば、何でもチャレンジ出来る訳だし。高卒でも資格は沢山取れるでしょ?それに、大学進学だけが人生じゃないと思うの」
顔を上げて、えへへ、と頬を染めて笑う智風に、ほんの少し納得が出来ない匠馬は、口を尖らせた。
しかし、こんな場所での口論は避けたいのと、智風の気持ちも汲んでやりたい、と匠馬は息を吐き、気持ちをリセットする。
そして、智風の髪を分け
「そっか。ちーがそう決めたんなら、仕方ない。でも、今度からは何でも相談してよ?」
「う、うん…」
「あ…これ、試作品のストラップ。なるべく仰々しく無い様にしてみたんだけど、どう思う?」
匠馬は、胸ポケットからストラップを取出し、智風の掌に乗せた。
2つともTの文字で、桜色と藤色の土台に小さいガラスが規則正しく並び、大きさも大き過ぎず小さ過ぎない。
「わぁ…、可愛い。これも匠馬の考えたデザイン?重たさもそんなに無いし、良いと思う」
「なら、これあげるよ」
「でも、これも高いんでしょ?頂けない…」
「試作品だから気にしないで。ってい うか、反対に試作品で申し訳ないんだけど、ボクも付けるから、ちーも付けてよ。スマホカバーをストラップつけられるヤツに変えてきたんだ。あ…もしかして、嫌だった?」
「そ、そんな事、無い!嬉しい!ありがとう!」
先程とは打って変わり、笑顔になった智風に匠馬も安心した様に笑う。
「早速付けて?」
「うん!」
今迄付けていたストラップを外して新作のストラップを付け変える。
それをライトに照らしてみると、ガラスが光りに反射し、キラキラと素敵に輝く。
「っと、これで、…完成。ほら、ボクのとお揃い」
「これでお揃い3つだね!」
パァ〜ッと顔を輝かせた智風は、携帯に頬ずりしてまで喜んだ。
繊細で光の当たり方一つで様々な色を醸し出すそれは、匠馬自身を表している様だ、と智風は思った。
「ね〜、ご褒美下さい!」
両腕を広げて待っている匠馬に迷わず飛び込み、ちゅっと音の鳴るキスを送った。
「ちゃんとしたキスがいい〜〜〜」
甘えモードに入ってしまった匠馬が可笑しく、つい笑ってしまう。
「じゃぁ、目を閉じて下さい」
言われた通りに目を閉じる匠馬に、唇を重ねる。
徐々に口づけは深くなっていく。
その気持ち良さに2人は甘いキスをただ、ただ、繰り返した。
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