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【創作大賞2024 恋愛小説部門応募作品】夫に嫌われてると分かりまして。#9

9:離婚届、置いて行きます。

あれから、私は子どものように泣きじゃくりながら家に戻った。
ト〇ロという映画で妹が、姉に怒られて泣いていたあんな感じに周りには映っていたんではないかと思うけど、周りからどんな風に見られようが思われようが、全てがどうでもいい。

佐和田くんに嫌われてしまったのだ。
いや、嫌われていたのだ。

元々、一方的に『好き好き』言って付きまとっていて。
彼に好かれてはいなくても、嫌われていなければいいと思っていた…。

玄関の戸を開けると静かで、感じた事も、考えた事も無い冷たい部屋に余計悲しくなり、座り込んで泣いた。

ポケットに入っているスマホが引っ切り無しに鳴っているのに気づいて顔を上げれば、日も暮れてしまっていて辺りは薄暗くなっていた。
泣き過ぎで腫れあがっているのだろう。
瞼が重く、ディスプレイの文字もぼやけて見えた。
スマホを耳に押し当てると、予約していた料理屋の女将さんだった。
予約していたコースの魚が入荷できなかったので、他のコースに変えて欲しい、という打診だった。
が、キャンセルさせて欲しい事を伝えると、不満でキャンセルと勘違いしてくれ、幸いキャンセル料は取られずに済んだ。

「予約、入れてる事、忘れてた…」

ふっと手を見ると持っていたはずの紙袋が無い。
どうやら落としてきたみたいだ。

「もう、必要ないから、どうでもいい、か…」

そんな事を思いながら自分の部屋に入り、ベッドへダイブした。
化粧も落として無いから洗顔もしなきゃいけないし、服もパジャマに着替えなきゃいけないのに、躰は鉛のように重くて腕を上げる事すらできない。

「………………」

ぼーっと壁を眺めていたけど、何時の間にか睡魔がやって来て眠りに就いていた。

ーーー久し振りに夢を見た。

佐和田くんが転校してきたあの日だ。

挨拶する姿に一目惚れして告白して、フラれて。

それでも、追っかけた。

そんな日々が楽しくって、笑みが零れる。

不意に佐和田くんが振り返り、目が合う。

心底、『迷惑』そうな目で私を見ていた。

『あれ?何時もそんな目で私を見てた、の…?』

佐和田くんが私から視線を外して、大きくため息を吐いた。

そして、動いた唇。

“めいわく”

あぁ、彼は迷惑だったのか。

全く、気付かなかった。

いや、気づかないフリをしていたのかもしれない。

一度だって“好き”だとか、言ってくれた事は無かったもの。

―それは、想いを寄せる人がいたから―

急に私の足が止まる。

佐和田くんに近づきたいのに足が動かなくなって、段々と私と佐和田くんの距離は広がって行く。

すると、佐和田くんの横には元カノが居て、2人は見つめ合うと微笑み合い、そして、見えなくなった。

ーーー
目が覚めるとまだ外は静かで暗いが、朝の6時になろうという時間。
躰を起こして部屋から出る。
何時も以上に静かで、思わず息を飲んだ。

「そ、そうだ、さ、佐和田くん、帰ってるから、起こしに行かなきゃ、」

顔も洗ってないし酷い顔だけど、一目、佐和田くんの顔が見たくって彼の部屋に向かった。
コンコン、と控えめにノック。
返事がないのは何時もなので、何事もなかったように笑顔で戸を開ける。

「さ、さわだ、…くん…?」

だけど、ベッドの乱れも無く、着替えた様子も無い。
玄関へ向かってみると、昨日、私が脱ぎ散らかした靴がそのまま置かれている。

佐和田くんは、帰って来なかったのだ。
いや、もう帰って来ないのかもしれない。
彼女の部屋に泊ったのだろうか…。

「…やっぱり好きな人と一緒になる方が、いいよね」

泣き笑いしながらパソコンの電源を入れ、役所のホームページを開く。
幸い、インターネットからダウンロードした離婚届でも受理してもらえるよう。
唇を噛みしめ、離婚届をダウンロードして印刷。
出て来た紙に必要事項を書いて行く。

そして、佐和田くんに最初で最後の手紙を書く事にした。

『佐和田くんへ。

こうやって手紙を書くのは初めてなので、緊張します。

高校2年生の時、佐和田くんが転校して来たあの日に、私は貴方の爽やかな笑顔に一目惚れしました。
そっけない態度、照れ笑いした時に鼻の頭を掻く仕草、バスケットゴールを見つめる真剣な眼差し、作った料理を食べた後に必ず言ってくれる『ごちそうさん』。
付き合いが長くなると色々な佐和田くんを知れて、とっても嬉しかったです。
ずっとずっと好きで、貴方だけを見てきました。
結婚してくれるって言ってくれた時、嬉しくって2~3日眠れませんでした。
それほど嬉しかったんです。

佐和田くんに初めて抱かれた時、『初めてをくれてありがとう』って言ってくれたよね。
その時、言えなかったけど貰ってくれて嬉しかったのは、私の方だよ。
大好きな人が初めてなんて、私は幸せ者です。

こんな私と3年間も一緒に居てくれてありがとう。
幸せすぎて怖いくらいでした。

でも、嫌われてるって分かって、佐和田くんの側に居る勇気はありません。
それに、想い合っている者同士が一緒に居るべきだと思う。
ずっと気づいてあげられずにいて、ごめんなさい。
私は邪魔者だからここを出て行きますね。
荷物は実家の方に送って下さい。
あ、お金を使わせるの気の毒なので、着払いで送って下さい。

離婚届には全て記入しているから、佐和田くんの都合がいい時に出しに行って下さいね。
鍵はポストに入れておきます。

2人に幸せな未来が来ますように。

今迄、ありがとう。       ―野乃華―』

「読み返すとちょっと支離滅裂。だけど自分の思いを伝えられたらいいか…」

ボールペンを置き、ひたすら鼻水をすすりながら、部屋に戻る。
キャリーバッグに必要な服を詰め込んで、ため息を吐いた。

どこかで佐和田くんに帰って来て引き留めて欲しい、と期待を持ち、部屋をうろうろするが、(当たり前だが)帰って来る気配なんてない。
一度、化粧を落として再度、化粧をし直してリビングに戻ると時計は10時を過ぎた処。
私はそこでようやく重い腰を上げ、玄関へ向かった。

「やっぱり、佐和田くんと赤い糸で結ばれてなかったか…」

家を出るまでに佐和田くんが戻ってくれば運命の赤い糸で結ばれてるから出ていかなくていい、とか自分と賭けをしていたけど帰ってくる気配すらない。
普通に考えれば、今日は平日なんだから当たり前か。
神様にも見放された気分だけど、それでも去り際だけは『私らしく』いこう。

可愛い、と言ってくれたニーハイブーツに足を突っ込んで履くとクルリ、と躰を反転させる。

3年間だったが、私と佐和田くんのお城だった。
今日でサヨナラするのは悲しいけど、今度来るあの人に綺麗に使って貰えるように願い部屋の中に向かってペコリ、と頭を下げ

「今迄ありがとう。さようなら」

大きな声であいさつをする。

そして、玄関の戸を開け、私はこの家を後にした。


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