![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/67129152/rectangle_large_type_2_51fe8499aace6dc22caada8f8705a33e.png?width=1200)
【小説】ナナの記憶から
『見えないけど、分かるの。
わたしにとって、よくないものだっていうこと。
近付いたらいけないこと。
だからわたし、近付かずに逃げるんだ』
クラスの子達なんか、そんなこと気にしたこともないみたいだけど、「それ」は、どこにでもいる。
教室の隅っこだったり、電信柱の陰だったり、スーパーの果物売り場だったり、家の中だったり。
わたしが見る限りでは、わたしの前の家が一番多かったみたい。
といっても、わたしも見えてる訳じゃないの。さっきも言ったっけ。ただなんとなく、ぼんやりと、「あぁ、いるなぁ」っていうことが分かるだけで。
お母さんに言っても全く信じてもらえなかった。信じてもらえないどころか、怒って、「やめてちょうだいよ、あなたまで!」って子供みたいに泣きわめくから、もう言わないようにした。
お母さん、いつもは普通の良いお母さんなんだけど、そういう話と、伯母さんのことと、……源九朗ちゃんのこと話題にすると、人が変わったみたいになるから、しないようにした。
お父さんのことも。
家族なのにね。
今の家に越してきて、そんなことも無くなったから良かったけど。
お母さんはよく、「ナナと八彦だけはそのままでいてね」って言う。
でもね、八彦だって分かってるのよ?
八彦はわたしと違って、ちゃんと見えてるんだから。お兄ちゃん達みたいに…でも、でもね…
『七生はそれでいいんだ。近付いてはいけないことが分かるナナは偉いよ。怖い奴等から上手に逃げなさい。』
「…うん…」
『八彦のことも、頼んだよ。八彦はまだ分かってないかもしれないから、お前が手を引いてあげるんだ』
「うん。あのね、また電話してもいい?」
『もちろん、いいよ。もし逃げきれなくなったら…困ったときは、いつでもお兄ちゃんに言うんだよ。すぐ助けに行くから』
「うん。お兄ちゃん、大好きだよ。またね」
それから少しして、機械の音に変わった。
大好きなのだ、本当に。
でも、わたしが一番怖いのはー
伯母さん的には、お兄ちゃんみたいな人は「女が幸せになれないから、ひっかかっちゃダメなタイプ」って言っていたのだけど、お兄ちゃんは、わたし達には優しい。
伯母さん達の前ではつんけんしてるかもだけど、わたしや八彦と目が合うとこっそり微笑んでくれた。電話越しにだって、いつもの笑顔で話してる姿が想像できる。
必要最低限しか会話はしない人みたいだから、きっと誤解されやすいのよね。
それでも、
冷たい手をした優しいお兄ちゃんから感じていた、得体の知れない、大きな気配、あれだけは、怖くてたまらない。
そこら辺にチョロチョロしている小さなキモチワルイ気配なんて、あれに比べれば可愛いもの。
あの小さいやつらだって、お兄ちゃんのことは避けていたみたいで、蜘蛛の子散らすように逃げていっていた。
お兄ちゃんには、何か憑いているんだろうか?
お兄ちゃんはそれで、何かをしているんだろうか?
小さい源九朗ちゃんまで、何かやらされてることがあるんだろうか?
でも、それが分かったところで、わたしに出来ることなんて何ひとつないんだろう。
多分…。
見えないけど、分かるの…。
![](https://assets.st-note.com/img/1638696601862-Nh1Q2WlTum.jpg?width=1200)
「ごめんね…」
もう聞こえるはずもないのに、
謝ったってどうにもならないのに、
誰に向けての謝罪かも分からないのに、
謝らずにはいられなかった。