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乗り物の思い出【空編】

「乗り物の思い出【陸編】」の続きです。



空の乗り物の思い出

空の便・旅客機も、初めて乗ったときはニガテでした。(ニガテなモノばっかし…)

高所の恐怖と、突如やってくる揺れと「シートベルト着用ランプ」、機内の独特の音、地上と違う気圧の感覚が怖くて気がおかしくなりそうで、乗ってる間中、動悸・息切れ・手汗がすごかったです。

思い起こせば、初めての空の旅が、自分史上一番強風が吹き荒れていたように記憶しています。

そんな状態でも海外へ数回、大型旅客機で何往復かしているうちに、(機内ってこういうもん)だと把握し、空の旅にもそこそこ慣れていきました。人って何にでも慣れるものですねぇ…。機内での楽しみ方も分かってきました。
座席に設置されているディスプレイで映画を観たり、ゲームしたり、音楽を聴きながら寝たり。(シートベルト着用ランプ点灯で自動的に停止しますが)

それぞれの航空会社の機体や制服のデザインを興味深く眺めたりもしました。自分が見た中では、個人的にタイ国際航空の機体のデザインが好きです。綺麗な紫色と、いかにもタイっぽいエスニックなシンボルマークが良いのです。

機内食の温かい料理は、アルミホイル的な素材で器が包まれていました。飛行機内という特殊な条件下でも少人数のスタッフで、短時間で、安全に提供できるよう工夫されて作られていると、テレビで見たことがあったので、まじまじと観察し、堪能させて頂きました。

機内では度々、客室乗務員の皆様がドリンクサービスをしに回ってくださいまして、日本語圏ではない客室乗務員の方も、日本人には「コヒーはいかがですか?」と、coffeeの発音も日本語寄りにして話しかけてくださいました。日本語以外喋れないので(たまに日本語もちゃんと使いこなせていない)、多言語がお出来になる方は本当に尊敬します。
自分は海外では、イエス・ノー・サンキュー・ハロー・モーニン・ソーリー・エクスキューズミー・プリーズ…ぐらいしか喋ってません。フィンランドに行ったときは、キートス、キートス言ってました(「ありがとう」「お願いします」など、複数の意味を持つコトバだそうです)。あとはひたすら身ぶり手振りでヘラヘラしてました。

遠~い昔に、英語を学んだような気がするのですが…実際に英語で話しかけられると、緊張で頭の中真っ白になり、本当に簡単な単語しか思い浮かんできません。公園で寛ぐ現地のおじさんに「How are you?」と話しかけられたときも(ハワーユー???って、どういう意味だっけ???)と固まってしまうような状態です。懸命に記憶を辿り、知ってる限りの英語を探そうとして…頭に浮かぶのは、中学校の英語の教科書のマイク・デービスやユミ・オカーダの顔…ぐらいの、語学力ゼロっぷりです(笑)

そんな人間が、セスナの体験操縦に申し込んだ勢いの理由は、空への憧れ(と、社員旅行だったのですが、現地で暇をもて余していた)からです。

小さい頃、いつか自分は飛べるようになるんだと思い込んでいました。アニメで観た「舞空術」というものは何歳ぐらいになったら出来るようになるんだろう?と本気で考えていたのです。夢の中ではしょっちゅう飛び回っていました。

いつからか、夢の中ですら滅多に飛べなくなっていきました。成長するごとに、人は不思議な力では飛べないんだと理解していきました。

セスナ機に乗るオプショナルツアーは、体験操縦コースと、遊覧のみのコースがありました。遊覧コースでは搭乗者全員に代金が必要なところ、体験操縦コース料は(操縦者の代金が、当時の日本円でおよそ一万数千円)操縦者以外の同乗者(2名まで)は無料でしたので、同じく現地で暇をもて余し、ホテルのロビーで雑談していた同じ会社の二人をノリで誘い、送迎バスに乗り込みました。

飛行場に到着し、待合所でセスナ機操縦の注意事項に関するビデオを観た後、体験操縦の申し込み用紙を渡されました。用紙の下の方には、緊急連絡先の記入欄がありました。母親の名前、携帯番号を記入しながら、だんだん怖じ気づいていきました。

もし自分にここで何かあったら、母親の元へ連絡がいくのだなと思うと、手が止まりました。心配性な母親が「何でそんな危ないことするの!?バカやね!」と言って泣くんだろうか、その時自分はその声も顔も見れなく聞こえなくなっているのだろうか、ノリで誘った同乗者二人も巻き添えにして…と想像しました。

そんなことで頭の中を支配され、悶々としていると、つい先程まで空にいたのであろう観光客とおぼしき人達が、笑顔で待合所へ戻ってきました。

これはあくまで体験操縦。

メインの操縦席には、プロのパイロットが乗るのだし、危ないことなんてない、大丈夫、緊急連絡先は形式上のもの!だと思い直しました。

パイロットは、恰幅の良いおじさんで、日本語ペラペラの方だったので、コトバの心配は無いなと、ひと安心しました。

自分と、同乗者(長身の男性二人)の三名を見渡し、操縦希望者が、小柄でチンチクリンな自分であることを伝えると意外そうにされました。パイロットが「えー?操縦者ドコドコ(・д・ = ・д・)?手、届くかなー?」的なイジリもはさんできて和やかな(?)雰囲気になり、いざセスナ機に乗り込みました!(自分の操縦席の背もたれにはクッションが用意されました…操縦桿に手、届かないので…)

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黄色いクッションを持ってセスナ機に向かうパイロット。


セスナ機内はとても狭かったです。

昔の軽自動車よりもう一回り狭いぐらいの体感でした。チンチクリンな自分が狭いのだから、他の皆大丈夫かな?と思い後部座席の二人を見ると、案の定、頭が天井に当たって首を傾げていました。メイン操縦席のおじさんは腹がつかえて やや苦しそうでした。(さっきちょっとからかわれたけど、自分が一番セスナ機に丁度良いサイズじゃないか…)と思いながら操縦の説明を聞き、パイロットの指示でシートベルト、ヘッドホンを装着しました。パイロットからの指示はこのヘッドホンから聞こえます。プロペラが回り出すと機内にも大きな音が伝わってきて、肉声での会話は殆ど聞こえません。


操縦者は撮影出来ないので、カメラを同乗者に託しました。飛行中の撮影は全て同乗者によるもの。



※当時撮影した写真と記憶を頼りに書いています。セスナ機に関しての詳細は実際のものと違っているおそれがありますが、ご了承くださいませ。

まず、陸路では操縦桿は動かさないので、手は膝の上に置くことを教わりました。

滑走路では、左右二つのペダルを踏むと、前に進みます。右に進みたいなら、右ペダルを強めに踏み、左に進むなら左ペダルを強めに、真っ直ぐ進みたいなら両ペダルを同じ力で踏み込みます。これが結構難しいのです。

同じ力で踏んでいるつもりが、偏りがあるようで…ふだん乗っているオートマ車の運転では右足しか使っていないせいもあるのか、右にフラフラ~っと曲がってしまいます。左をもっと強めに…と思うと左にフラフラ~っと曲がっていきます。真っ直ぐ進めるようになったかな?と思いきや、そのうちどちらかに偏ってフラフラ~。そんな具合に右に左にフラフラフラフラしながら、だだっ広い滑走路にたどり着きました。

滑走路では、両ペダルを思いっきり踏み込みます。自動車では やったことのない、ベタ踏み、というやつです。

速度は100km/h、200km/hを超え、300km/hにも達していたのかもしれません。自動車では体感したことの無い領域です。正直、空を飛ぶ前にもうこの時点で意識が飛びそうでしたが、下腹に力を入れて耐えました。

ここからようやく操縦桿を操作します。

上昇するには、操縦桿を下に動かします。パイロットに指示されるまま(他の余計なことは考えないようにしました)操縦桿を下に動かし、機体は空へと向かいました。

陸から離れた感覚はありませんでしたが、地上がどんどん遠くなっていきます。


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飛んでる…



自分の操縦で…





近付いてくる雲をボンヤリ眺めていると、パイロットから操縦桿を上に戻すよう促されました。

空中ではペダルの操作はしません。操縦桿のみです。操縦桿を上に動かせば下降します。右に回せば機体が右に傾き右旋回、左に回せば左旋回。

パイロットの指示に従い、旋回を繰り返します。


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後部座席から撮影してくださった、操縦席の自分。


空は、本当に気持ち良かったです。


車で広い道を走る時以上の解放感、爽快感。


翼を動かさずに風に乗って滑空する、トンビになった気分でした。


地上のグアムの街並もよく見えます。


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パイロットが「操縦者はヨソ見しないでネ」と言います。

(プロのパイロットが隣に居るのに?)と思いましたが、当のパイロットは操縦桿から手を放しています。

「え、持ってない」という自分の呟きが、後部座席の二人のヘッドホンで聞きとれたかどうかは分かりませんが、背後からのプレッシャーが重くなった気がしました。

自分に一言注意した後、パイロットは、ヘッドホンで繋がっている地上のスタッフと英語でお喋りをしています。喋り口調のテンションから察するに、雑談でもしているかのようでした。(想像です…でも業務連絡している雰囲気ではなかった)

おじさんに気をとられていると、強い横風にあおられました。機体が大きく揺れて、操縦桿が勝手に動かされそうです。

大型旅客機よりずっと小さいセスナ機だし、風の影響も受けやすいのかな…とか考えながら、風に持っていかれそうな操縦桿を握る手に力が入ります。

風は、横からだけではなく上下からも吹き付けてきます。上に下に右に左に、風で機体を叩きつけられているようでした。強制的に高度を下げられる時に感じる浮遊感でゾワゾワし、気を失いそうになりながら(絶対に操縦桿を放すまい)と必死になっている自分に向かって、パイロットが「オキャクサン、うまいネ~」なんて陽気に話しかけてきます。おじさんは相変わらず操縦桿を放したままです。

(何なんこの人…この強風の中そんなヘラヘラしてる余裕は何?仕事せーや…)と、だんだん腹が立ってきました。

同乗者二人と無事に地上へ戻り、母親に緊急連絡が入らないようにするという使命感、おじさんに対する苛立ち…等の感情で、しっかり正気を保てました。

ようやく風がおさまってきました。

おじさんが滑走路の方向へ旋回し、高度を下げるよう指示をしてきます。

強風がなければ空の上はある程度、自由に動けます。ですが…正確に滑走路内に、ちゃんと着地できるのかは…。

方向を合わせる試みをしてみますが、どうも滑走路ピッタリにはなっていない。

地面も近付いてきてるのに、コレはマズイんじゃないの?とアタフタしていると、速度が弱まり、操縦しやすくなった…と思いきや、パイロットの表情に戻ったおじさんが「後は任せろ」と言わんばかりに、おもむろに操縦桿を握りセスナ機を操っていました。

(先程は、「仕事しろ」とか罵ってスミマセンでした、と心の中で謝罪)

プロパイロットの操縦によって無事、着陸しました。


地上についた安堵でホッとしているのも束の間、滑走路からのペダル操作はまたもや自分に託されました。右に左にフラフラ~フラフラ~しながら、ようやく目的地にたどり着き、セスナ機は安全にエンジンを停止しました。

待合所に戻り時計を見ると、出発してから10分も経っていませんでした。自分にとってはもっと長い時間乗っていたような気もするし、「あっという間に」終わってしまったような気もする、という妙な時間感覚でした。

同乗者二人は心底グッタリしていて、「あと1分でも長く乗っていたら吐くところだった」という感想でした。

彼らの表情を伺うに、『体験操縦の同乗者は無料』なのが何故だか理解しました。(しかも、同乗者の一人は「無料じゃアレだし」、と言って半分出してくれていたのです…本当に申し訳ありませんでした…m(__)m💧)

待合所でスタッフから「おつかれさまでした」と、レモネードを出して頂きました。

甘酸っぱくて冷たいレモネードが身体に染みていった時に、はじめて、喉がカラカラに乾いていたこと、全身がクタクタに疲れて汗だくになっていることに気付きました。




思い出話の終わりに

現在は感染症の影響もありますし、自分の収入も当時と比べて激減しており、海外旅行は難しい状況です。

でも、感染症はいずれおさまり、全てが今までと同じようにとはいかなくてもまた海外旅行が出来る世の中になるでしょう。そのときに向けて、収入も増えるよう努力します。
自分はこれまで、何か喜ばしくない出来事があった時にも、結構淡々と こなして乗り越えてきたのではないだろうかと自負しております。

セスナ体験操縦は、楽しさと恐ろしさが両方味わえるもので、母親にはきっと反対されると思いますが…(笑)


いつかまた空を飛びたいです。