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「俺は、本当にブスなお前に書いて欲しいんだ」

寿司がクソまずくなった瞬間である。カウンター席で右隣に座る男は、悪びれもなくタイトルの通り胸糞の悪いセリフをわたしに投げつけた。
んん?!この男は、いまわたしになんて言った?もしかして、聞き間違ってしまったのだろうか。社会人になって数年が経つ人間が放つにはどうにもレベルが低く、ドブ臭く底辺で頭が狂ってるような単語の羅列が聞こえたような。
冷や水を浴びた間際のように冷静なわたしの頭の中では、復唱したくもないのに思い出される数秒前の彼の言葉。
それは、物書きとして生きてきたわたしの人生全てに、泥を塗るようなものだった。

「知り合いの美人のライターじゃ、共感力があるものは書けない。彼女(セフレ?知らんけど)も見方によっては可愛いしさぁ。
そこそこイケメンで、育ちも良くて女の子にモテてきた俺が書いて欲しい相手は、可愛い子じゃないんだよ。美人じゃ共感されない。
だから俺は、本当にブスなお前にこそ書いて欲しいと思うんだよね!」

その瞬間のわたしは、滑稽なくらいにピエロだった。怒りもせず、泣きもせず、ただ、笑っていた。カハっ!という渇いた音がまずは喉から鳴って、その後はごく自然に笑って受け流した。「ぜひぜひ~!」なんて、思ってもない言葉まで打ち返した自分は、死ぬほど空気を読める人間なのだと悲しくなった。
どうやらコイツは、仕事でわたしに記事を書いてほしいらしい、「ブス」なわたしに仕事の依頼をしたいらしい。
…は?
顔の筋肉を無理やり笑顔の状態に吊り上げたまま、ノリのいい女を演じ、その話が永遠に続かないことを、そしてなるべく相手が納得した状態で事態を収束することだけを考えてやり過ごした。

本当にブスなわたしだから。
美人が書くものに、共感はできないから。

ワアァン…と頭の中で響くその言葉は、わたしを殺した。
それはそれは勢いのある大きな隕石が落とされた後のことはどうしても覚えていなくて、彼が他にもなんやかんや語っていたのは記憶にあるのだけれど、多分、その何もかもが嫌だった。
家に着いて一人になった瞬間、人目がなくなったことに安心して、膝から崩れ落ちて泣いたのは鮮明に覚えている。大泣きしながら、呻きながら、大分に住む大好きな女性の先輩に死にそうになりながら電話をしたら、「さく、もういいんだよ。もういい」と。
いつもは強い彼女でさえ、途切れ途切れにしか言葉が出てこなかったから、つまり。
そういうことなのだろう。

何が辛かったのか、言語化できないまま大泣きをした次の日。スマホを開くと、昨夜書こうとしていたものの一文字も書けなかったnoteアプリが真っ先に出てきて、虚しさを感じた。ちゃんとアプリを閉じて寝ればよかった、寝起き真っ先にまた思い出してしまった。
目を真っ赤に腫らして、真っ青な顔色をした鏡に映るわたしは、あいつが言うように確かにブスだったのかもしれない。

彼にとっては、褒め言葉だったのだろう。
ブスなわたしだから書けるんだぜ、よかったなお前!俺の役に立つじゃん!とでも言いたかったのかもしれない。
わたしにとっては、生き物を殺すために放たれる爆弾でしかなかった。今まで保ってきたプライドが、大切にしてきたあらゆる感覚が、なによりも真剣に向き合って書いた記事が。なにもかもが無駄になった気分だった。
言葉に、顔向けができなくなった。わたしが使う言葉が、「ブスなアイツが使うもの」になってしまう気がして、そこからしばらくわたしは書くことができなくなった。怖くて言葉を連ねることができなくなってしまった。

後日、どうしても我慢ならなくて、また書いてくれ的な連絡が来た時に、本音を話した。「書けないし、書く気もないし、その言葉を言われた瞬間本当に嫌でした」。返ってきた言葉は、「ビジネスのことだったのに、不快な思いをさせてすまん」的なサムシング。さらに後日、以下のようなセリフをぶちまかす。「あれは、しょうがなかったよな」だ、そう。
なにがやねん、なにがしょうがないねん。
ちっともこちらの想いが伝わらない。

未だに疑問なのだが、このように「ブスだからやれるやろ」ということを言われた時、普通の人だったら喜ぶんだろうか。上手なリアクションが、それに対する正解の反応が分からない。「やったー!わたしブスで良かったー!ブスだから書いてって言われた!ブスだからこそ書けることがあるんだなぁ♡きゃん♡」とか思えばええんやろか。彼は、そう言われた人間が、コンプレックスをステータスとして受け入れ鼓舞するとでも思ってたのだろうか。
ていうかお前よ、お前さんよ。さぞかしお前が好きな美人にも失礼なことを言ってるって気づかないのか。「美人は共感力のあるもの書けない」とかいう謎のレッテル、ウケるわ。

頭が沸いてやがるぜ、アイツ。馬鹿かよ。
このクズめ。

この世の中は理不尽だらけだ。
そして、その理不尽の根源である人間関係なんて、ある日突然なんの脈絡もなく絡まってしまうものだけれども。
たいそう皮肉なことに。

かつてわたしは、彼のことが好きだった。
大好きだった。

6年間も片思いをしていた。ただただ好きだった。
この恋をなかったことになど、そりゃあまあいくらでもできたけれど、紛れもなく、隠すまでもなく、わたしは彼が大好きだった。6年間だなんて、小学校を入学して卒業までできてしまうやないかい。そんな長い間、わたしの真ん中には彼しかいなかった。えー、笑っちゃうなあ!なんて、いまならそのときの自分を客観視できるんだけれど、好きだったその時は、彼と向き合おうと必死だった。

何もかもが真逆の人だった。全部が違った。
男と女はおろか、性格も育ちも感性も仕事も、すべてが自分とは真反対だった。
理系と文系、論理と感覚、ひとりでいたくない派とひとりでいたい派。書き出せばキリがないほど自分とは正反対で、違う世界の住民を見ているかのようだった。時たま、普通に会話をしていても、何を言っているかわからないことがあって、それはお互いの感覚の違いから来るものだと、理解に苦しむことが多くあった。
それでも、たまに共通点があると嬉しくなった。わたしも彼も朝は白米派で、そんな小さな共通点を知れた時でさえ、胸がくすぐったくなるような嬉しさを覚えた。仕事へのがむしゃら具合は同じぐらい勢いがあったから、何か悩んだら一番に彼の意見を聞こうと決めていた。仕事を辞めるか本気で悩んだときも、言葉は冷たいけれど、ちゃんと背中を押してくれていたことも全部わかっていたから、最後はちゃんと自分の意思で道を拓くことができた。
人に言えない暗い過去も、情けない姿も、たくさん見せてきた。弱った彼の背中が、ひどく頼りなかったあの冬。長い間、たくさんの顔を見てきたはずだった。見せてきたはずだった。

だから、彼にだけは。
書くわたしのことを、馬鹿にされたくなかった。
何か意見を言うのは別として、こんな形で利用しようとしないでほしかった。どんなアンチになにを言われてもどうでもいい。彼に言われるのだけは嫌だった。

わかってくれていると、どこかで思ってしまっていた。わたしが書くことにどれほど真剣か、どれだけ身を削ってきたか。
見てくれていると思ってしまったわたしが、多分わがままだったのだろう。これほどまでに大事にしてきた文章も、死ぬ気で手にした編集という仕事も、熱量や野望も全て話してきたつもりだったけれど。
誰に理解されなくても、うまく言葉にできなくても、稚拙な言葉でわたしなりに彼に伝えた時には、わたしが言いたいことを彼なりに汲み取ってくれて言語化してくれるのが嬉しかった。真剣な話をしていると、ピクリとも笑わなくなるあのピリリとした感覚も、もう随分慣れていたはずなのに。
どうしても、その言葉だけは耐えられなかった。
「そんなことを言われたら、もう許さなくていい」と、書くことにプライドを持っていたわたしが、叫ぶ。長年あたためていたこの恋を、彼という存在がいる未来を、手離す選択を後押ししてくれた。

長年書いてきたわたしという存在は、彼の中では「ブス」という二文字だけで終わってしまった。それ以上、わたしと彼の間で何かが生まれることがないことも、たしかにあったはずの尊敬がなくなることも、すべてはっきりその瞬間に分かってしまった。そしてそれがわたしにとって「大正解」なのだと、肌で理解をした。

あんなに好きだったのに、こんなにも好きじゃなくなった。
あんなに尊敬してたのに、こんなにもどうでも良くなった。
彼を好きな自分よりも、プライドを持って物書きをする自分の方が、数倍、数百倍、とばして数億倍かっこいいと、自分で気づいてしまったのだ。

可愛いだとか、美人だとか。
自分の顔がそのどれかに類すると思ったことは、物心ついた時から一度だってない。ずっと自分の顔が嫌いだったし、人に見られるのにおびえて生きてきた。ブスだといじめられた過去も、整形したくて前金まで払ってそれでも顔を変えられなかったあの日も、なにもかもが悔しくて悔しくてたまらない。少しでも可愛くなりたくて買い漁ったコスメがわたしを明るい場所に連れてってくれたけれど、いつだってわたしが住む世界は陰に塗れている。

人の価値が顔でないことを証明したくて、まずは自分がそんな人間になろうと必死だった。顔に自信がないのなら、他で頑張ればいいと、泥の中で必死に泳ぎ続けた。
勉強は苦手だったけど、バカなブスにだけはなりたくなくて、死ぬ気で勉強して早稲田に合格した。コミュ障を直したくて、キラキラしたお姉さんになりたくて、スターバックスでアルバイトをした。自分の内なる声を表現したくて、書くことを徹底した。何もかもを捨てて、仕事を選んだこの自分がいる。今の自分が、一番好きだ。

この想いをわかっててあんな言葉を言ったとしたら、あいつはまぎれもなくクズだけど、例えば何もわからないで言ったとしたら、それはそれでクズだ。
クズ。クズだ。もう私の中で、まぎれもなくあいつはクズになってしまった。どこかの恋愛カウンセラー?コラムニスト?にこの記事を読まれたら、「一度好きになった男をクズ呼ばわりするあなたもクズよ、幸せになんかなれないわ」なんて寒い台詞を言われそうだが、そんなのは正直どうでもいい。知るかよ、そんなどこの誰かが勝手に作ったいい女論。わたしの世界を決めるのは、わたしだ。
言われたことやされたことを許せたのは、それを上回る愛情があったからだ。壊れた器で受け止め続けることなど、もうできない。

クズを好きだったわたしも、たぶんクズだ。クズにお似合いになろうとしていたわたしも、クズだ。
でもそれでいい。わたしは、そんなクズでも好きだった。そんなクズだから、好きだった。消えゆく好きが、正解だと分かっていても、ずっと好きだった。
馬鹿みたいだと、笑ってくれ。

クソみそに書き、彼をクズだとさえ言ってしまっているが、わたしは彼が悪いとは思っていない。
むしろ、仕方がないのだと思う。仕方ないのだ。

ひどい言葉もたくさん言われてきたけれど、さほどわたしは気にしてこなかった。どうしても忘れらないクリティカルヒット級の暴言はおいておいて、彼の放つ言葉はすべて、価値のあるものだと思っていた。表現が苦手な彼が頭で考えて放つ言葉には心がないことが多かったけれど、そんな彼が伝えたいことを伝えようとする一瞬は、一つもこぼしたくないほどに大切だった。
強がりや、無題に張る見栄、「俺かっこいいから!」とわざわざ言ってくるところ、女の子にもてるアピール。なにもかも手にしているように見える、はたからみたら「成功者」である男性。
でもわたしには、その仮面の先に見える寂しさや孤独が見えてしまって、その必死さにたまに胸が張り裂けそうになることがあった。なにもない、手応えのない何かにおびえていることが手に取るようにわかってしまって、その人間らしさに切なさと同じくらい愛おしさを感じてしまっていた。

彼がクズになってしまうのは、彼にとってわたしがそこまで大切な存在ではなかったからなのだと、わたしは痛いくらいに理解をしている。遅刻をしても謝らないところ、簡単に人の嫌がることをいうところ、遅刻をした彼に買っておいたごはんに対して「冷めるから俺が着くのにぴったりに買えよ」というところ、「お前の子供はどうせブスなんだろうな」と当たり前に言うところ。
怒っても注意をしても何も伝わらないのは、わたしの言葉が大切でなかったから。彼にとってわたしが価値のある存在で、手離したくない唯一無二のなにかであったら、もう少し気づいていただろう。謝ることだって、普通の人がするタイミングでできたかもしれない。離れていくわたしを、手を伸ばして引き止めることもできたはず。
でもそれを、彼はしなかった。しなかったのではなくて、できなかったのかもしれない。ぞんざいに扱っても、離れていかないと思われていたのかもしれない。あるいは、離れていったところで気にも留めないほど、どうでもいい存在だったのかもしれない。
本命には、クズじゃないんだろう。わたしは、彼の大切な存在にはなれなかった。

悲しいけれど、それが事実だ。何かのタイミングでいつかわたしを思い出して、少しでもあの頃のわたしに価値を感じてくれる瞬間がくればいいだなんて、まだ過去に執着があった少し前までは思ってしまったけれど、今は最早、彼の未来はどうでもよくなってしまった。
本当に好きだったからこそ、好きでなくなった心の状態がわかる。

彼にとってわたしの価値がなかったからといって、同じように周りの人々にとってもわたしが無価値とは限らない。わたしはそこまで被害者ではない。現に、彼と会わなくなってから、誰からもブスと言われなくなった。男性に口説かれることも、増えた。
本当に素敵な男性というものを、わたしは知ってしまった。

わたしをブス扱いして自信を保っていたアイツの寂しさが、いまならちょっとだけわかる。今ならわかることが、たくさんある。もしかしたらわたしは、彼が必死に作る他所向けの色のない顔なんかじゃなくて、その奥にある本当の顔を見ていたのかもしれない。
そんなのわかったところで、今更なにもないのだけれど。

心が動く出会いをした。
自分を好きになれた時、新しい気持ちを知った。
好きがどういうことか、今になってわたしは、やっと思い出してしまった。

これまでの、どれでもない。自虐的な恋とは違う。
今だから人を好きになれる気がする、そんなとき。
何かが始まる予感がする。

だから。

きっともう、彼とは会わない。全ての繋がりをたった今、会う手段も理由も何もない。
きっともう、信頼はない。積み上げて築いてきた慕う心はどこにもない。
きっともう、怒らない。たとえ人伝いに何かを聞いても、怒りでわたしの心が動くことはない。
きっともう、好きになれない。一度冷め切ってしまった心は、都合よく電子レンジで温めることなどできない。
きっともう、愛はない。もう二度と、愛おしく思えない。思わない。

でも、わたしはこれからも書き続ける。アイツが馬鹿にしたブスなわたしは、これからも書き続ける。ブスだから書けるのではなく、わたしだから書けるのだということを、これからも書き続けることで証明したい。そこで生まれる記事は決して、彼に向けたものではなく、もっと別の、もっと尊い何かのためなのだということを、わたしはここに誓いとして書き記しておこうと思う。

誰にも応援されない恋だった。
誰にも言えない恋だった。

だからずっと、その時が来たら、わたしができる方法で形にしようと思ってた。書こうと思ってた。
やっと、その時が来た。やっと、終われた。とてもすらすらと言葉が出てくる。

クズなあなたを好きになれてよかった。これは間違いなく、心から感謝をしている。あなたに出会って世界が広がった。生きてる心地がした。閉じ込めていた、いろんな感情を知った。どんなに馬鹿にされても、どんなにひどいことを言われても、終わるその時までずっと、尊敬してました。ありがとう。

「ブスなお前に書いてほしい」とか言ってたっけ。
お望み通り、書きました。
あの日のあなたをネタに、随分意気込んで書いてみたけど、どうでしょう。
おかげさまでいい記事がかけた気がします。
想いが込められたのは、それほど過去のわたしがあなたを好きだったからです。好きだったからなんです。

あなたにとってわたしはブスで、わたしにとってあなたはクズでした。ただ、それだけ。

もう二度と交わらないわたしたちの運命に、乾杯。

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impress QuickBooks編集部
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saku
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