多角的な思考 side-lying breastfeedingから考える
<お断り>
・私は我が子の授乳時にside-lying positionの利益とリスクいずれも認識しつつ、結果的には大きな問題が起きることなく行い、夜間授乳の寝不足を解消することができたという成功体験があり、どちらかというと添い寝での授乳に対して肯定的な意見を呈しやすい背景があることをお断りします。
・この文章では、添い寝での授乳の是非を判断することでなく、このトピックを題材として、確定的な答えがないことに対してどう情報を収集し、どう判断し、ではその結果自分はどういう対応をするのか、という思考過程を提示することが目的です。
【はじめに】
分子生物学などの研究では、モデルマウスを使用した実験を行うこともあり、そのためにマウスの交配を行い、出産・養育をするマウスの状態を観察することは日常的に存在する。母マウスが仔マウスを一箇所に集めて(retrieving)、その上に覆い被さり(crouching)、授乳をしている姿は、微笑ましくもあり、動物に対して畏敬の念を感じる場面である。
そんな時、ヒトの添い寝での授乳について考えたのが、この文章を書くことにした契機である。
【添い寝での授乳を多角的に捉える】
<添い寝での授乳とは?>
添い寝での授乳は、UNICEFの公式サイトやイギリスのNational Health Serviceで、cradle hold, football holdなどと並列で、Side-lying position, lying on your sideなどと紹介されている。母親も休息を取ることができ、試す価値のある方法だと紹介されている。
私の場合、幸いにして母乳分泌が軌道に乗ったが、第一子の出産後1ヶ月は、なかなか大変な日々だった。最初は病院入院中から退院後も含めて、横抱き・フットボール抱きで授乳した。上手く飲めない赤子を何とか食らいつかせ、乳頭トラブルでどんどん授乳の痛みが強くなるのをラノリンを塗ってグッと我慢した。夜はワンオペで疲れも取れず、生後1ヶ月でそれなりに疲労が溜まっていた。
そんな頃、新生児訪問で保健師さんから添い寝での授乳を習い、ずいぶん自分も体が休まるのを実感し、以後は夜間の授乳で度々この姿勢を使った。
<添い寝での授乳のリスク>
私自身、添い寝での授乳をしながら自身も眠りに落ちることが何度もあった。なぜ添い乳で寝ない方が良いのか、それは状況証拠から添い寝での授乳時に複数の窒息事例が発表されているからである。そしてside lying positionの紹介でも、窒息に関する注意喚起は必ず併記されている。
<添い寝での授乳に対する見解>
それでは添い寝での授乳は絶対に避けた方が良いのか。
突然死のリスクがあるとのことで、2022年の米国小児科学会のSIDS予防のガイドラインを参考にする。
https://publications.aap.org/pediatrics/article/150/1/e2022057990/188304/Sleep-Related-Infant-Deaths-Updated-2022
[肯定的な見解]
・授乳は明確にSIDSのリスクを下げる。
[否定的な見解]
・うつぶせはSIDSのリスクを上げる。1歳までは仰向けで寝るべきで、横向きやうつぶせは避けるべき。
・ベッドシェアはAAPとしては推奨できない。
したがって添い寝での授乳行動はSIDSのリスク要因に当てはまる一方で、仮に添い寝での授乳を避けるあまり母乳栄養の機会が減るとすれば別のリスク因子を増やすことにもなる。
そして授乳の各種ページで紹介される通り、上体を起こして行う授乳よりも添い寝は、母が一緒に体を休められるという利点がある。「添い寝の前に疲れるほどお母さんがワンオペにならないように」とも言えるが、どんなに周囲が手伝ってもくれても、初産で右も左も分からず、自分の思い通りにならないタイムスケジュールを強制される生活で疲労を溜めないことは難しい。そんな時、少しでも添い寝などで疲れを取れることは、精神衛生を保ち母乳栄養や子育て自体を軌道に乗せる大きな促進材料になったことは個人的には強く実感している。
これらのリスクと利益を勘案した結果、「添い寝での授乳は疲労が蓄積している母親にとって重要な選択肢の一つである。しかし疲れが強すぎる場合にはリスクのことも十分に考慮が必要である。疲れたお母さんは、時には別のcaregiverに任せて休憩を取ることも大事である」ということになると考えられる。
<添い寝での授乳はヒトにとって不自然なのか?動物の子育てから>
そこで最初の本文を書くきっかけのエピソードに戻りたい。検討したいと私が考えるのが、他の動物の子育てである。
母マウスは出産後仔マウスを一箇所に集めて、その上に覆い被さり、授乳するのがごく普通である。これは授乳に加えて、外敵から仔を守る意味もあると考えられる。そしてこの行動を行わない母マウスの元では、仔マウスたちは生存できない。むしろこの一連のretrieving, crouchingの行動は「母マウスの母性行動」と呼ばれ、これは母マウスの養育行動の定量にも使用される。多くの動物でもこうして子供たちに添い寝して外敵から守ったり、授乳する行動は認められている。
人間も動物で、これらの動物を進化的に分かれたのはそう遠くない昔だと考えれば、crouchingに近い行動と考えれば、「添い寝・授乳による窒息のリスク」を他の動物がどうしてとっているのか、と考えたりする。ヒトの子供は「外敵から守る」という必要性がほとんどなくなったので、それであれば窒息のリスクを取ってまでcrouchingしなくても良い、ということなのだろうか。ここはあくまで私の推測である。
<「母乳信者」という言葉の影響>
一方で母乳栄養の話をすると「母乳信者」というやや批判的な言葉が頭を過ぎる。偏りのある根拠を基に母乳栄養を絶対的に肯定する人を、揶揄するような表現である。母乳栄養をできるだけ中立的な根拠で提言したとしても、母乳に対してポジティブな発言をする人は母乳信者に括られ、その主張は穿った見方をされてしまうことは、まだ現在もあるように感じている。そのような風潮の中では、「母乳栄養を進めよう」という意見を提示するのは慎重になる。
このような社会的な風潮が今のインターネットに溢れている様々な意見の量に影響しうることも、私たちは情報を判断する上で考慮する必要がある。
実際にはWHOでもCDCでも厚労省でも母乳栄養の重要性は解かれ、CDCに至ってはCounty別の母乳栄養開始率を地図に表記し、印象的にその母乳栄養率上昇を試みている。
<市場原理と母乳栄養>
また市場原理の中では、母乳はミルク業界と大きな対立軸になる。WHOはこういったミルク業者の販売戦略についても警鐘を鳴らしている。
しかしミルクの販売で生計を立てている多くの人がいることも確かで、母乳栄養推進の一方で、そのバランスを取ることも重要で、消費者である私たち一人一人が、何は必要で残すべきで、どうやって他人の考え方も尊重できるか、考えることが重要と言える。
【まとめ】
医学だけでなく、生物学、動物学、社会学、経済学、文化人類学、そういった多種多様な背景とそれらのバランスの元に今の情報が提供されていて、これらの材料を踏まえて、「では自分の過ごす環境ではどのような料理を結果として作るのがベストなのか」を個々人が個々人の状況に従って考えることが、私たちに求められているスキルと言えるだろう。
<追加の実験>
では最後にこのような多角的なことをchatGPTが考えてくれるか検討してみよう。試しに下のような文章を入力した(2024.2.28現在)。
「あなたは2週間前に赤ちゃんを産んだ初産婦だとします。あなたは母乳栄養に取り組んでいますが、睡眠不足などで疲労困憊し、添い寝での授乳を検討しています。この方法が正しいのか検証してください。」
Consider yourself a primipara who just gave birth two weeks ago. You are trying to breastfeed, but you are exhausted due to lack of sleep and plan to breastfeed in a side-lying position. Please verify breastfeeding in a side-lying position.
すると、
・「初産婦として疲労も溜まっているのであれば、添い寝での授乳は手助けになるでしょう」
・細かい手順の説明
・「安全な睡眠環境を整え、あまりにひどく疲れている時には体を起こした授乳の方が安全です」
とバランスの良い答えが返ってきた。
ただ結局のところ、この答えを導き出すには、「物事に多様な側面があること」という前提を私たちの中に置き、それを踏まえた質問を考えるスキルが要求される。さらにはこの答えを踏まえて、他の側面の追加質問をしなければ、多様な角度で考えるとは言いづらい。
そして何より「多角的な見方」ということを概念として知っているだけでは利用できないことも確かで、実践をしなければ内在させ続けることは難しい。当面のところは、生成AIとのdiscussionを併用しながら、「多角的な見方」を自分の技術に昇華させることが現時点での必要とされる対処ではないかと考えている。
<補足:添い寝の情報>
ベッドシェア・添い寝での授乳については、以下の情報も合わせてご覧ください。