音楽史・記事編112.ウィーン・シェーンブルン宮殿オランジェリー
モーツァルトは1786年1月に皇帝ヨーゼフ2世からオランダ総督アルベルト公を歓迎する1幕のドイツ語オペラ「劇場支配人」の委嘱を受けます。オランダ総督アルベルト公は皇帝ヨーゼフ2世の1歳年下の大公女マリア・クリスティーネ(愛称ミミ)が嫁いだザクセン選帝侯の弟のザクセン領内の小国チェシン公であり、ミミの結婚は大公女たちの中で唯一恋愛によるもので、自身も恋愛によって結ばれたマリア・テレジアはミミに多額の持参金を持たせ、さらにアルベルト公がオランダ総督に任ぜられるよう取り計らったとされ、また、ミミはウィーン宮廷内では、皇帝ヨーゼフ2世の亡き妃のイザベラともっとも親しい間柄であり、皇帝ヨーゼフ2世の信頼も厚かったとされます。
2/7に妃のミミを同行したアルベルト公歓迎の祝宴はシェーンブルン宮殿で行われ、歌劇「劇場支配人」はシェーンブルン宮殿内のオランジェリーで、モーツァルト自身の指揮で初演されます。この祝宴では宮廷楽長サリエリによるイタリア語のオペラ「はじめに音楽、次に言葉」も上演され、モーツァルトのドイツ語ジングシュピールとイタリアオペラが競演するという趣向として行われています。今回のモーツァルトのオペラは台本がシュテファニー、主役にソプラノのカヴァリエーリ、テノールのアーダムベルガーという1782年に上演した「後宮からの誘拐」と同様のメンバーの他、モーツァルトの妻コンスタンツェの姉のアロイジア・ランゲが加わります。シェーンブルン宮殿での初演の後、ケルントナートーア劇場では3回の再演が行われますが、ドイツ語オペラとイタリアオペラの競演はイタリアオペラに軍配が上がったようです。この時期、モーツァルトは歌劇「フィガロの結婚」の作曲に取り組んでおり、約1ヶ月の間作曲を中断しサリエリとの競演に臨んだわけですが、競演に惨敗したモーツァルトはますます「フィガロの結婚」の作曲に集中して行き、さらにはドイツ語ジングシュピールでもイタリア語のオペラに負けない作品を書けることを証明するかのように歌劇「魔笛」に取り組んだように思われます。
【音楽史年表より】
1785年10月末、モーツァルト(29)
歌劇「フィガロの結婚」K.492の作曲を開始する。(モーツァルト事典より)
1786年1月、モーツァルト(29)
モーツァルト、皇帝ヨーゼフ2世からオランダ総督アルベルト公の来訪を祝しての祝祭用に「劇場支配人」K.486の作曲を依頼され、直ちに作曲を開始する。(1)
1/27作曲、モーツァルト(30)、歌劇「劇場支配人」K.486
1幕の音楽付喜劇、ゴッドリープ・シュテファーニ(弟)の台本による。皇帝ヨーゼフ2世は義弟にあたるザクセン=テッシェン公であるアルベルトの歓迎の祝宴のための音楽をモーツアルトとサリエリに依頼した。(1)
2/7初演、モーツァルト(30)、歌劇「劇場支配人」K.486
シェーンブルン宮殿のオランジェリーで初演される。オランジェリーはハプスブルク家の夏の離宮であるシェーンブルン宮殿内にある植物園。歌手は3人、「後宮からの誘拐」でコンスタンツェを歌ったソプラノのカテリーナ・カヴァリエーリ、同じくベルモンテ役を歌ったヴァレンティン・アーダムベルガー、それとモーツァルトの義姉のアロイジア・ランゲが担当する。モーツァルトの「劇場支配人」が終了すると、人々はオランジェリーの別の一角へ目を移す。そこには別の舞台が作られていて、今度はサリエリのイタリア語による1幕の音楽劇「はじめに音楽、次に言葉」が上演された。ドイツ語とイタリア語の対比はサリエリに軍配が上がったようで、モーツァルトへの謝礼はサリエリの半額の225フローリン(約225万円)であったという。(2)(1)
2/11、2/18、2/25、モーツァルト(30)
歌劇「劇場支配人」K.486がケルントナートーア劇場で公開上演される。2/18、2/25にも上演される。サリエリの歌劇「はじめに音楽、次に言葉」も同時上演される。(1)
歌劇「劇場支配人」に出演したアロイジア・ランゲにとって、この後、つらい時期が訪れる。たえまない争いの渦中にあった歌手たちが、アロイジアの声が出なくなったとのうわさを広め、誇り高いアロイジアはウィーンの宮廷劇場の舞台から解雇される。自分自身と3人の子供、またのんきなランゲと初婚のときの2人の子供の生活のために、アロイジアは元宮廷劇場歌手の肩書をたよりに各地を放浪した。1791年にはアロイジアはウィーンの宮廷劇場で再度の契約を得るが、夫と子供たちを見捨て、もはや彼らの許には戻らなかった。アロイジア・ランゲは1839年にザルツブルクでその生涯を終えるが、晩年には生活の困窮と戦い、その妹で裕福な枢密院顧問官の未亡人だったコンスタンツェから扶助されることになる。(3)
4/29完成、モーツァルト(30)、歌劇「フィガロの結婚」K.492
作曲を完成する。4幕のオペラ・ブッファ。原作はフランスのボーマルシェの三部作「セビリアの理髪師」「フィガロの結婚」「罪深き母」の第2作をロレンツォ・ダ・ポンテが台本化したものによる。(1)
5/1初演、モーツァルト(30)、歌劇「フィガロの結婚」K.492
ウィーンのブルク劇場で初演される。(4)
【参考文献】
1.モーツァルト事典(東京書籍)
2.西川尚生著、作曲家・人と作品シリーズ モーツァルト(音楽之友社)
3.カローラ・ベルモンテ著、海老沢敏・栗原雪代共訳・モーツァルトと女性(音楽之友社)
4.新グローヴ・オペラ事典(白水社)
SEAラボラトリ