第66回 イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(2014 米)
さて、本日6月23日はイギリスが誇る偉大なる数学者、アラン・チューリングの誕生日であり、これに合わせてイギリスではチューリングの肖像を使った新しい50ポンド紙幣が発行されるそうです。
チューリングは第二次世界大戦でドイツ軍の暗号を解読した勝利の立役者であり、コンピューターの歴史の巻頭グラビアを飾る偉人ですが、同性愛者である為に去勢され、不可解な死を遂げた悲劇的な生涯で知られています。
今回はチューリングの人生を耽美なムード満点で描いた『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』でお送りします。
ゲイの天才数学者が暗号解読に挑む。しかもチューリング役はベネディクト・カンバーバッチとくれば、男も女も興奮せずにはいられない組み合わせです。
すなわち、男と生まれてあのチューリングが暗号解読に挑む映画に興味がないはずがなく、腐女子と名乗っていてリアルゲイのカンバーバッチなんて美味しい代物に何も感じないはずがないのです。
ノルウェーの新鋭モルテン・ティルドゥムが送る、全編に渡って腐女子を明らかに狙った作品です。同性愛が犯罪であった当時のイギリスの同性愛事情や社会情勢も窺うことが出来、非常に興味深い映画です。
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真面目に解説
先に見とこう
この映画を見る腐女子はまず、『SHARLOCK』と『ダウントン・アビー』を見ておくことを強くお勧めします。それも吹替で。
というより、お客さんがこの両作を観ていることを前提に作られているようにしか思えません。明らかにこういうのが好きな腐女子を狙い撃ちにしています。
カンバーバッチと言えばまず第一にシャーロック・ホームズであり、これは今後どんなキャリアを歩もうと変わりません。森川ボイスのワトソンと露骨にホモるホームズに世界の腐女子が熱狂したわけで、まさに彼は21世紀を代表するBLスターなのです。
一方『ダウントン・アビー』も本作と出演者が共通しています。このドラマは誰に主眼を置くかで全く違ったものが見える稀有な作品ですが、その中でも主役級なのがホモ執事のトーマスであり、そうでなくとも全体的にホモ臭い耽美なドラマです。
そして、ここで注目したいのがカンバーバッチもトーマスも吹替が三上哲である点です。担当者は非常によくわかっていたという事です。
ホモフォビア帝国の矛盾
映画は英国海軍に雇われて暗号解読を試みるチューリングを中心に、少年時代のパブリックスクールで甘酸っぱい初恋に燃えるチューリング、戦後の同性愛者であるばかりに逮捕された可哀そうなチューリングがフラッシュバックしながら進みます。
まこと恐ろしい話ですが、当時のイギリスでは同性愛が犯罪だったのです。しかも刑務所に入れられるレベルの。
これを免れるためには同性愛を「治療」する為に女性ホルモンをしこたま打たれて去勢される事になっていました。1950年代にもなってこんな事をやっていた国が世界のリーダを気取っていたのですからおぞましい話です。
チューリングはケンブリッジでの教授職を続ける為に去勢される道を選びます。しかしながら、イギリスの歴史は同性愛と不可分です。
第一この法律を作った人の学んだパブリックスクールからオックスブリッジまでのイギリスの高等教育の現場はハッテン場同然であり、そもそも去勢したところでゲイの治療どころか逆効果です。
そういう矛盾がチューリングの身に限らず当時の英国の情勢に暗い影を落としていた事が描かれるのもこの映画の凄い点です。
イギリスにとっての戦争
先の大戦は負けた日本とドイツ(とイタリア)ばかりが貧乏で惨めな思いをしたと思っている人が結構いますが、これは大きな間違いです。
アメリカ国民が結構他人事だったのは事実ですが、ヨーロッパにおいては勝った方も負けた方も悲惨その物だった事がこの映画にはちゃんと描かれているのが貴重です。
イギリスは島国なので直接国土が戦場になる事態は避けられましたが、泳いで渡れるドーバー海峡を越えればそこはドイツ軍の領域なのでずっと空襲に苦しみ、Uボートが海上封鎖をして嫌がらせします。
アメリカが物資はいくらでも送ってくれますが、途中でUボートに船を沈められてその物資が届かないのです。物資不足は深刻で、イギリス人にとっても先の大戦は飢えと切り離せない辛い記憶なのです。
Uボートが通信に使う暗号文を解読し、ひいてはUボートを阻止する為にチューリングたちが奮闘するのがこの映画なのです。
戦争と暗号
有史以来戦争と暗号は不可分の存在です。暗号の解読が戦争の勝敗を決めてしまった例は昔から腐る程あり、解読されない強固な暗号を持ち、また敵の暗号を解読する力を持つことはそれ自体が国家の強さなのです。
作中で少年時代のチューリングは原文のアルファベットを決まった数ずらす「シーザー暗号」と呼ばれるごく単純な暗号でラブレターを書いていました。これは文字通りカエサルが発明したと言われる古典的な暗号で、それくらい暗号は古くから重視されてきたのです。
暗号も歴史とともに進化していき、20世紀には暗号を作る機械が登場するに至ります。その一つが本作の影の主人公と言うべき、ドイツのエニグマ暗号機です。名前だけは聞いたことがある人も多いでしょう。
これはキーボードを押すと機械仕掛けで暗号文に変換されてて出てくるという機械で、この暗号文を無線でやり取りする仕組みです。
無線は無線機があれば傍受できるので、イギリス軍は傍受した暗号文をどうにか解読しようとするのですが、これが簡単ではないのです。
鍵を探せ!
暗号に詳しくない人は驚くでしょうが、実は本作の舞台になるブレッチリー・パークという邸宅には既にエニグマ暗号機が有ります。ポーランドのスパイが手に入れたものです。
よく戦争映画で暗号機の取り合いが発生しますし、事実暗号機その物を入手できれば有利ですが、これだけでは簡単に解けないから映画になったのです。
この手の暗号機は機械の設定(これを「鍵」と呼ぶ)次第で同じ文章でも違う暗号文に変換されます。そして、その組み合わせが天文学的な数の上に日替わりなので解読が難しいのです。
この鍵が分かればイギリス側の持っている暗号機に暗号文を入力することで解読ができるので、その為にイギリス中から頭の良い人が集められて鍵を解明しようとします。その一人がチューリングだったのです。
暗号野郎Aチーム
子供の出来の悪そうなアラステア・デニストン海軍中佐(チャールズ・ダンス)の下、アクの強そうな暗号解読チームがわちゃわちゃするのが女性視点だとこの映画の肝でしょう。暗号なんてコンドームです。
チェスのイギリス王者で女好きのヒュー・アレグザンダー(マシュー・グッド)がリーダーですが、チューリングは発達障害だったと言われており、変わり者なので気が合いません。
これを庇うのが言語学者のジョン・ケアンクロス(アレン・リーチ)で、彼はチューリングの理解者の一人と言うべき存在です。
この二人は『ダウントン・アビー』で言う所のタルボットとトムであり、これがトーマス声のチューリングと絡むことはBL的には大変有意義なのです。
そして若手のピーター・ヒルトン(マシュー・ビアード)は兄が海軍に従軍しているので色々と葛藤がありますが、実はこの人に兄はいなかったそうです。
チームが最初に取った方法は手当たり次第に鍵の組み合わせを試していく方法でしたが、チューリングはこの方法では無理な事を悟っていて、機械に計算をさせるというアイデアに没頭して手伝わない為、嫌われて話がややこしくなるのです。
男色紳士のレディーファースト
人手が足りないので頭の良い人間を補充しようという話になり、その方法が新聞に恐ろしく難しいクロスワードパズルを載せて解けた人をテストするというものなのが面白い所です。
馬鹿馬鹿しいと思うかもしれませんが、アレグザンダーも本職は数学者とは言えチェスプレイヤーであり、碁やチェスの類のゲームは軍人の心得として重視されてきたので決しておかしな話ではないのです。要は論理的思考力の高い人が必要なのですから。
そこで抜群の能力を見せてチューリングの目に留まったのがケンブリッジの才媛であるジョーン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)でした。女海賊なのにケンブリッジとは反則級ですが、本物のクラークはもっと地味な女性であったようです。
しかし、ジョーンが女性である事が問題になります。当時のイギリスで25歳の女性が男に混じって仕事をするのははしたない事だったのです。そういう時代だったのです。
関係者も難色を示しますが、チューリングは変わり者ですがフェアな男なので彼女の両親を説得して仲間に引き入れ、ジョーンはチューリングといちゃいちゃしだすのです。
挙句チューリングは同性愛者だというのにジョーンに求婚し、ジョーンもそれを承知で承諾してしまうのですから、彼女も相当な変わり者だったという事です。
決まり文句に気を付けろ
暗号解読の方法が色々と細かく描写されるところが男の子の興奮ポイントです。ダメ男はこういうのに憧れるのです。
アレグザンダー達が最初に取った古典的な方法がアルファベットの頻度分析です。アルファベットは使用頻度がそれぞれ異なるので、よく使われるアルファベットや滅多に使わないアルファベット、そしてその組み合わせを探してこれを手掛かりに解読する方法です。
これは手作業になる上時間がかかり、大量の暗号文に対応できません。そこでチューリングは「クリストファー」と呼ぶ機械を作って機械的に解読を試みます。これが現代使われるコンピューターの先祖です。
しかし、この機械は恐ろしく高価な上にエニグマの鍵の数が膨大過ぎて結果が出ず、中佐は良い顔をしません。
そこで今度は除外できる組み合わせを排除して処理時間を節約する戦術に出ます。そこで決め手になったのは結局人間の癖でした。
ドイツ軍は毎朝6時に天気予報を発信し、最後に「ハイル・ヒトラー」と結ぶのです。元の文章が分かれば組み合わせをかなり絞り込むことが出来、見事解読に成功します。
最後はやっぱりMI6
暗号の難しい所は、解読に成功したのを敵に悟られてはいけないところです。バレると暗号は仕様を変更されてしまいます。現にエニグマも何度か仕様変更されました。
そこで解読されたのをドイツ軍に悟られないようにしつつ情報を活用する必要があります。これを担うのが毎度お馴染みMI6です。
暗号解読チームにはMI6の長官のスチュワート・メンジーズ少将(マーク・ストロング)がお目付け役に付いています。マーク・ストロングとくれば如何にも悪そうですが、MI6の仕事は女(男)といちゃつく片手間にできるような甘っちょろいものではないのです。
機密保持もさることながら、スパイの暗躍も無視できない要素です。というよりも、歴史的には第二次世界大戦は東西冷戦の前哨戦であり、ソ連との対立はドイツという共通の敵を前に既に始まっていたのです。
当時の英国上層部には既にソ連がスパイ網を形成していて、MI6はこの対応に追われており、チューリングが逮捕されたのも男娼を買ったのとスパイ疑惑によるものです。
もっとも、これはBL的解説に回すべき問題です。
男好きはつらいよ
暗号解読はそれ自体が機密なので、チームは戦後は手柄を褒めてもらえるでもなくカタギの暮らしに戻ります。
チューリングは研究者に戻ってコンピューターを研究していましたが、思わぬ形で破局が訪れます。
たまたま買った男娼がとんでもない不良で、彼がチューリングの家に泥棒を引き込んだ事から警察の捜査が入り、同性愛者である事が発覚したチューリングは去勢されてしまうのです。
本物のチューリングは案外気丈で、ホルモンを打たれて体調不良に悩む反面、女性化していく自分の身体をサンプルに生物学的な研究までしていたそうです。
しかし、去勢されてから数年後にチューリングは毒を塗ったリンゴを食べて命を落とします。大好きだったという『白雪姫』になぞらえた自殺とされていますが、毒物を使った研究中の事故という説もあります。
いずれにしても、イギリスはケツの穴の小さい了見で価値ある天才を失ったのは確かで、近年慌てて名誉回復と顕彰で埋め合わせをしようとしているのです。
BL的に解説
KGB×MI6
本note初、無機物BLから今回はスタートします。そんなアホなとお思いでしょうが、これはガチな話です。
というのも、どうやってソ連はイギリスにスパイ網を作ったのかという話です。一般的な教科書には社会主義に被れたエリートを抱き込んだと書いてありますが、これでは50点です。
ここで話は前後します。英国の高等教育の現場がハッテン場であったという点に注目です。そう、KGBは同性愛をネタに彼らを強請ったのです。これはソ連に限らず帝政ロシア時代からの得意技であり、近代のスパイの歴史においても常套手段です。
パブリックスクールがホモ養成所であるのは公然の秘密とは言え、その反面同性愛は犯罪であり、そして資本主義の恩恵を最大限享受している金持ちの子供が通うのがパブリックスクールです。
そういう男が社会に出れば社会の中枢で同性愛を取り締まる立場に回る狂った現実がイギリスにはありました。
それなのにあの高名な○○家の息子はホミンテルンだなどと知れれば家名を汚すことになり、国家の根幹を揺るがす事態です。そこにつけこんだのがロシア人なのです。
そういうスパイの代表例として本作でもガイ・バージェスとドナルド・マクリーンという名前が登場します。彼らと合わせて五人のスパイは全員がケンブリッジ出身だったことから「ケンブリッジ・ファイブ」と称され、同性愛ないし両性愛者であったことが知られています。
そして、パブリックスクールのホモっぷりを余すことなく描いた名画『アナザー・カントリー』はバージェスの生涯がモデルになっています。とにかく、同性愛にかけては日本が当時から世界のトップランナーだったわけです。
クリストファー×チューリング
チューリングは変わり者ゆえに少年時代は酷いいじめを受けていました。当然性的いじめもあったでしょう。
そんなチューリングを助けてくれたのがクリストファー(ジャック・バノン)でした。変わり者であるチューリングを受け入れるばかりか、「誰も想像しなかった人間が誰も想像しなかった偉業を成し遂げる」という金言を授けてくれるのです。
そして暗号はチューリングに向いていると勧めてくれたのもクリストファーでした。チューリングは案の定暗号にのめり込み、クリストファーに初恋をします。腐女子が泣いて喜ぶ展開です。
二人は授業中に暗号のラブレターをやりとりする仲になります。実質公開ホモセックスです。そして熱々状態で夏休みに入るのです。
しかし、何故かクリストファーは学校に戻って来ません。捨てられたと思って悲しみに暮れるチューリング。
そこへ校長から呼び出しがかかります。校長はクリストファーがチューリングの唯一の友達だと聞いていますが、チューリングは「友達じゃありません」ともろに不貞腐れて答えるのですから事態は深刻です。
ところが、校長の話だとクリストファーは休みの間に結核で死んでしまっていたのです。映画では長患いの末にそれを隠して死んだことになっていますが、本当は結核菌の入った牛乳を飲んで感染して急死したそうです。
彼の事をよく知らなかったと涙目でうそぶくチューリング。クリストファーと肉体関係があったのかはもはや藪の中ですが、この時チューリングのセクシャリティが決定付けられたのは間違いありません。あまりに悲しい愛の物語です。
ノック刑事×チューリング
チューリングの家に入った泥棒の捜査にあたったノック刑事(ロリー・キニア)とチューリングの出会いはあまり好印象な物ではありませんでした。チューリングは何しろ同性愛という犯罪に手を染めているので、何も盗られていないと言い張って刑事たちを邪険にして追い返します。
いきなり「もっと上の人が来ると思った」とくるのですから相当です。チューリングは実質ホームズなので刑事を邪険に扱うのは当然と言えば当然ですが、キニアと言えばビル・タナーとしてMI6に欠かせざる人物ですからレストレードより勘が良く、裏があると見抜いてしまうのです。
ノック刑事はチューリングの過去を洗おうとしますが、何しろチューリングの経歴は機密なのでMI6も素直に出してはくれません。しかし、逆に怪しいと見たノック刑事はチューリングがガイ・バージェスのようなスパイではないかと睨みます。
ところが、別の線からチューリングが男娼を買ったという事実が浮上します。上司のスミス警視(スティーヴン・ウォディントン)はこの線で逮捕しようとし、あまつさえ「男同士なんて吐き気がする」と言い出します。
ちょっと待って下さい。幹部警官となれば大学はともかくパブリックスクールを出ています。それでこの発言はホモのホモ嫌いです。こういう男ほどむしろ男娼の世話になっているはずです。
とにかくノック刑事は捜査が本来の目的から外れてきたのを危惧し、警視にどんな雑用でもやると約束してチューリングをサシで尋問します。これはノック刑事もチューリングの「お仲間」だったとしか思えません。
チューリングがスパイでないならそれでよし、そうでないなら同性愛で罪に問うなど馬鹿馬鹿しいと考えているのです。同性愛を罪に問う事それ自体にノック刑事は疑問を抱き、不都合に思っているのです。
そして開口一番「貴方を助けたい」とかまします。明らかに気があります。しかし、チューリングは表題にもなっている「イミテーション・ゲーム」と称して過去を告白します。
しかし、あまりに話が大きすぎ、実際スパイ行為に関与していたのでノック刑事はチューリングを助けることが出来ませんでした。
チューリング逮捕の新聞記事を眺める彼の表情は無念そうです。助けていれば一緒にブルーオイスターに通う仲になれたというのに、チューリングは今は半分自分のせいで去勢されてしまったのですから。
ケアンクロス×チューリング
この組み合わせについて最初に言っておきたい事は、ケアンクロスはケンブリッジ・ファイブの一人であり、ソ連のスパイである事です。つまり、ケアンクロスは「本物」である可能性大です。
『ダウントン・アビー』を見た人なら分かると思いますが、あの作品でアレン・リーチが演じていた運転手のトムは社会主義者であり、彼はある意味今世紀最強のホミンテルン役者と言えます。
ケアンクロスはスパイとしてはともかく、学者としてはメンバーの中では格落ち扱いで、エニグマ暗号機が手元にあるのだから解読は簡単などと口走ってチューリングに怒られちゃいます。
しかし彼はホミンテルンで、ケンブリッジ出身の学者でスパイなので勘も鈍くはないはずです。チューリングの並外れた知性に反革命的性愛感情を抱いたとしても驚くべきことではありません。
ケアンクロスはチューリングと打ち解けようとしますが、変わり者のチューリングは悪気はないのですが相手にしません。これをスパイの策略とみる向きもありますが、私の考えは違います。
考えてみてください。チューリングは天才ですがソ連が欲しいような情報は何も持っていません。ケアンクロスとしては放っておいても構わない相手なのです。
そうしなかったのは単純にケアンクロスが良い奴であるか、チューリングを意識していたかですが、恐らくは両方です。そして、打ち解けないチューリングにケアンクロスは余計燃えてしまうのです。
成果が出ずいら立つアレグサンダーがチューリングに殴り掛かるのを止めたのもケアンクロスでした。チューリングはそうは言いませんが、ケアンクロスに恩義を感じたはずです。
その証拠がジョーンとチューリングの婚約パーティーです。チューリングはケアンクロスに自分が同性愛である事を告白するのです。
しかし、ケアンクロスは気付いていました。そして「数少ない経験から言うと」と白々しい前置きをして黙っておけと言います。
男遊びが過ぎて売国奴になってしまった男なので数少ない経験というのは大嘘でしょうが、その反面黙っておくべきというのは偽らざる助言のはずです。
同性愛の為に汚い仕事に手を染める俺のようになってはいけないというケアンクロスの愛なのです。そして、あわよくばチューリングと良い仲になろうという下心も見えます。
しかし、暗号解読に成功した矢先、ケアンクロスがスパイである証拠をチューリングが発見してしまいます。
ソ連は味方だからイギリスの為と詭弁を弄し、ばらしたらやり返すと脅しをかけるケアンクロス。「教壇に立てなくなる」という脅し文句がチューリングを知り抜いている証拠です。
そして「大事なマシンに二度と会えないだろうな」とくるのがホミンテルン特有の言語感覚です。
当然これで終わりではありません。ケアンクロスはチューリングに口止め料を身体で払わせるのです。
アレン・リーチの吹替は『ダウントン・アビー』だと星野健一でしたが、本作では中林俊史です。トーマスが夜這いをかけたイケメン下僕のジミーと同じ声です。こういう観点からも本作は吹替です。
アレグサンダー×チューリング
義兄弟としてトムといちゃついていたタルボットも負けちゃいません。むしろBL的に美味しい関係なのはケアンクロスよりアレグサンダーです。
彼は暗号解読チームのリーダーであり、チェスのチャンピオンという一般受けする肩書も持っているのでプライドの高い男です。
エニグマを前に鍵の数を勘定するチューリングにより正確な試算を被せてライバル意識むき出しです。
何しろ学界というのは狭い物なので、アレグサンダーはチューリングの学者としての器量を知り尽くしているのでしょう。そして恐らく自分より上だと気付いています。出会って即二人はホモ臭いライバル関係に突入したのです。
しかもアレグサンダーは女狂いです。わが国でも碁将棋の棋士は異常性欲の人格破綻者が多いので、このあたりは万国共通なのでしょう。女が思うままになる異常性欲者の行きつく先は同性愛です。
アレグサンダーはリーダーとしての責任があるので、アレグサンダーに協力せずにマシンの設計に没頭するチューリングを良く思っていません。クリストファーの部品を買うのも許可してくれず、不信任決議まで中佐に届けてチューリングをクビにしようとします。
これでアレグサンダーはチェックメイトと思ったのでしょうが、中佐の上司のチャーチルに直接陳情するという盤外戦術の前にリバースチェック(逆王手)を食らいリバられてしまいます。
チューリングはメンバーの数人をクビにしクリストファーを作り始めます。アレグサンダーは立場がないうえ、仲間をクビにしたチューリングとますます対立してしまいます
その上アレグサンダーは自分の仕事が遅いせいで国民が死ぬことに罪の意識を感じていて、自分の仕事に協力してくれないチューリングに怒りを向けます。この事からアレグサンダーは結構人情家である事が分かってしまうのです。
しかし、ジョーンの助言もあって仲間と打ち解けようとチューリングが努力し、今や貴重品のリンゴと精いっぱいの面白くないジョークをプレゼントした事からアレグサンダーの心は一気に氷解します。
アレグサンダーはクリストファーの開発に力を貸し、処理速度が500倍になるという凄いアイデアを考えて持ってきます。
「悪いアイディアじゃない」と言うチューリングですが、ジョーンの通訳によればこれは「ありがとう」です。この瞬間、二人は真の意味で仲間になったのです。
中佐がクリストファーを強制停止してチューリングをクビにしようとした時にも真っ先に声を上げたのはアレグサンダーでした。そして「アランをクビにするなら私も」「こんな事は口が裂けても言いたくないが彼が正しい」とツンデレな事を言い出します。
合理主義者の極致と言うべきチェスプレイヤーとは思えぬ浪花節です。もっとも、この手のテーブルゲームはそれ自体が実質セックスであり、古今東西ホモ臭いライバル関係にあふれているので、ノンケのアレグサンダーもこの手の精神的ホモに親和性が高い男だったのでしょう。
ついに素直に「ありがとう」と口にするチューリング。美しき友情です。ジョーンを毎度お馴染みのコンドーム呼ばわりする程私は野暮じゃありません。彼女はチューリングの事実上の性器なのです。
パブですっかりホモ達化して自分はスパイじゃないと語るチューリング。勿論アレグサンダーはこれを信じます。
問題の暗号文がチューリングの作にしては簡単すぎるというのがその理由です。互いに認め合い、信じ合った二人にもはや壁はありません。
ジョーンとチューリングの婚約パーティーでフランス女にしゃぶらせた猥談を披露し、「婚約者とはいつでも踊れる」と言ってジョーンと踊るアレグサンダーですが、これはむしろチューリングを心から祝福している証拠です。嫌いな奴の婚約パーティーではこんなにはしゃぎません。彼もまたチューリングの婚約が嬉しいのです。
エニグマ解読の突破口はアレグサンダーの女好きでした。アレグサンダーはジョーンの同僚で無線オペレーターのヘレン(タペンス・ミドルトン)を口説こうとします。
アレグサンダーとジョーンに足を蹴られながらチューリングはキュービット役をどうにか努めますが、ヘレンからドイツの通信士は決まった言葉を暗号文に使うという情報を得て大慌てでクリストファーに走ります。
通信文の中の定型文を使えば効率的に解読できると気付き、見事クリストファーはエニグマを破るのです。
これはアレグサンダーとチューリングの友情が勝利した瞬間です。喜びを爆発させるチーム一同。そしてひとしきり抱き合い、二人は見つめ合います。目でセックスです。ジョーンは性器ですがヒトラーは二人の前にはコンドームなのです。
この夜はお祝いです。ヘレンを逃したアレグサンダーが酔った勢いでチューリングに迫ったとして、苦しい夫婦生活が待ち受けているチューリングに断れるわけがないのです。女で培ったテクニックにチューリングの心の身体も解読されてしまいます。
解読成功をデニストンに報告しようとするアレグサンダーをチューリングは止めます。ところがこれで将兵の命が救えると大喜びのアレグサンダーは逆上してチューリングを殴り倒してしまいます。二人の愛が劇的に深まっている裏返しです。
暗号解読を見破られないよう裏をかかねばいけないのです。このチューリングの考えに最初に気付いたのがジョーン。次がアレグサンダーです。
ジョーンはチューリングの性器であり、一心同体なので実質アレグサンダーが最初に気付いたと言っていいでしょう。信じ合った二人にもはや言葉は必要ありません。
そして戦争が終わり、全ての証拠を消してチームは元の仕事に戻りました。しかし、アレグサンダーは一人新たな戦いに身を投じました。
チェスはソ連の事実上の国技であり、チェスは宇宙開発競争やオリンピック同様、西側国家との代理戦争の戦場でした。
アレグサンダーはその最前線に立って長年闘い続けたのです。チェスボードを睨みながら思い浮かべるのは常にブレッチリー・パークとアランの思い出であったと私は断言します。
ミンギス×チューリング
ミンギスはおっかない男ですが一貫してチューリングの庇護者でした。チャーチルに手紙を届けたのも彼です。
チャーチルは暇ではありません。手紙を確かに届けて読んでもらおうと思えば並大抵の事ではないのです。そんな難行に骨を折って見せたのはミンギスがチューリングの事を思っていればこそです。
『007』でMI6ハッテン場説を提唱したのでこの際大胆に言いますが、恐らくミンギスも同性愛者です。チューリング以上に協調性に欠けるバンコランがMI6でやっていけるのはMI6にホモの伝統があるからに違いないのです。
しかし、MI6のエースは誰が何と言おうとボンドです。なんならミンギスは『007』の原作者のイアン・フレミングや、下積み時代にMI6に居たサマセット・モームと本当にヤっていても驚きません。
チューリングからエニグマ解読の知らせを受け取った時の行動が完全にボンドです。解読成功を伏せておいて活用する仕組み作りの協力を依頼され、ミンギスは「得意分野だ」とちょっと嬉しそうに答えるのです。
そして「滅多に言わないが」と前置きして「期待した通りの男だ」とチューリングを褒めちゃいます。
チューリングもこれが嬉しかったのかミンギスを信頼し、ジョーンの家をスパイ容疑で家宅捜索に来たミンギスと鉢合わせした時にはケアンクロスがスパイだと密告します。
しかし、ミンギスは既にケアンクロスがスパイなのを知っています。ソ連に都合の良い情報を流す為にわざとケアンクロスを潜り込ませたのです。ついでにチューリングの方がスパイとして優秀だと褒めて仲間に引き入れようとします。
ジョーンが軍事刑務所にいると脅しをかけたものでチューリングは釈放を引き換えにこの条件を飲みます。
ところがこれが大嘘で、買い物に出かけているだけでした。そう、ミンギスはここでチューリングに襲い掛かるのです。
マーク・ストロングのような色気むんむんのいい男に迫られてチューリングが断るはずがありません。そういう意味でもミンギスにとって「期待した通りの男」なのです。
BL的に解説(閲覧注意)
ジョーン×チューリング
頭がまさかの組み合わせだったので、トリもまさかまさかの組み合わせでお送りします。二人の関係は性別にさえ目をつぶれば完全なBLです。しかもチューリングの誘い受けです。
人手の補充の為にクロスワードで候補者を集めたテスト会場にただ一人の女として遅刻して現れたのがジョーンでした。
遅刻したうえに女のジョーンを面接官は訝しがりますが、チューリングはフェアな男なので気にしません。そして、チューリングでも8分かかるパズルをジョーンはわずか5分で解いてしまいます。
チューリングはジョーンの能力を高く買い、名目上だけ他のオペレーターや秘書に混じって働くという体裁を整えて必死に両親を説得します。
そしてクリストファーから授けられた金言を殺し文句にして見事に彼女を落とすのです。チューリングは同性愛者なのでそんなつもりは無かったのでしょうが、ジョーンの方はこの時点で明らかにチューリングに憎からぬ感情を抱き始めています。ゲイは女性にモテるのです。
マシンの開発に苦心してメンバーと衝突するチューリングが頼ったのもジョーンでした。チューリングは名目上機密情報に触れることが許されないジョーンの、男子禁制の下宿に機密文書を持ち込んで一緒に解析するのです。
ジョーンはクリストファーの可能性を理解し、協力してくれます。二人は男女でプラトニックですが、これもまた実質セックスです。
ジョーンはクリストファーの生みの母としてチューリングに積極的に協力します。有名人であるアレグサンダーのナンパも軽くあしらうあたり、既にジョーンの心はチューリングにある証拠です。
そして、それを利用してチューリングに嫌われないように努め、仲間の協力を取り付けるように助言します。
チューリングも性的な事は抜きでジョーンを既に固く信頼しているので、彼女の助言に従ってリンゴとジョークを贈って打ち解けようとします。
その甲斐あってチューリングはアレグサンダーと和解し、友情さえ結んだ矢先、親がジョーンに縁談があるから帰って来いと命令します。
ジョーンもやりがいある仕事に出会えたので本心では嫌です。チューリングもその類稀な能力を必要としています。
思い余ったチューリングは手近にあった電線で指輪を作ってジョーンに求婚します。結婚してしまえば一緒に居られるというわけです。
同性愛者なのに女に求婚するというのは職務上の必要性というよりも、ジョーンを性別を超越して人として深く愛していたという事です。これはむしろアレグサンダーとヤっちゃうよりも深い愛です。
ジョーンもこれを承諾します。「普通じゃない」チューリングに愛を感じていたのです。チューリングは夜の夫婦生活に大きな不安を抱きますが、その一方でジョーンと一緒に居たいという気持ちは紛れもない本心です。
偽装結婚した奥さんをパートナーとして深く愛し、性的な事抜きで大事にするゲイは少なくありません。むしろ孤独なゲイにしてみれば奥さんは特別な女性なのです。
解読した暗号文の管理をミンギスに頼みに行く時もチューリングに同行したのはジョーンでした。名目上は何の権限もないジョーンを連れて行くのは相当です。
ミンギスに脅されて釈放と引き換えにスパイの片棒を担ぐ決意をしたのもジョーンを芯から愛していたからです。売国奴になってついでにミンギスにケツを差し出してでも守りたい人なのです。まあ、後者はむしろ役得ですが。
そして婚約を解消してカミングアウトし、ジョーンを安全の為に引き離そうとします。しかし、ジョーンは薄々感づいている上チューリングをもっと深い次元で愛しているのでこれに応じません。
それどころか「私たちなりに愛し合って生きていけばいい」というのですから半端じゃありません。アメリカの田舎なら人死にが出るケースです。
チューリングはもう用済みだと心にもない事を言って嫌われようとしますが、それでもジョーンは婚約を解消しただけで結局居残るのです。これだけ深い愛に性別は大した問題になりません。
しかし、その後も二人の友情は壊れることなく続いたのは史実でも明らかになっています。ジョーンは逮捕されたチューリングを訪ねますが、これも証拠はないですが十分にあり得る事だそうです。
去勢されたと聞いてドン引きしつつ、医者や弁護士と掛け合うと申し出て、クリストファーを取り上げられて孤独になるのを恐れて泣き崩れるチューリングに優しく寄り添うジョーン。
そして心身共に弱り切ったチューリングにジョーンはクリストファーから授かった金言を返し、映画はチューリングの名誉回復を述べて終わります。この美しき愛に性別など何の意味がありましょうか?BLとは博愛なのです。
お勧めの映画
独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します
『007 ドクターノオ』(1962 英)(★★★)(多分知り合い)
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