第97回 ジャッカルの日(1973 英)
さて、このnoteも始めてかなり経ちましたが、やはりラインナップが下品な映画に偏っている事は否定できません。
そういう映画程BLなのもある側面では事実ですが、やはりたまには上品な映画もやらないと品位を疑われます。
8月25日はWWIIのパリ解放記念日です。なので、この日を舞台にした上品なヨーロッパ映画を一つ。今回は『ジャッカルの日』です。遅れたのは気にしないで下さい。フランス人が仕事の期日を守るはずがないのです!
シャルル・ド・ゴール暗殺を狙う殺し屋と刑事の痺れる攻防を描くフレデリック・フォーサイスの名作をフレッド・ジンネマンが撮った、実にクールな映画です。BGMさえ殆ど無しのストイックな作風は感心します。
エドワード・フォックス演じる殺し屋ジャッカルの手段を選ばない執念と、マイケル・ロンズデール演じる刑事ルベルの執念がぶつかり合う様は真面目に観てもBL的に観ても極上です。
何しろ、野沢那智ボイスのエドワード・フォックスがハッテン場に潜り込むのです。これこそ耽美というやつです。パリ症候群の免疫も付きます。
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U-NEXTで配信があります。原作も読もう!
真面目に解説
戦後フランスという闇
フランスは大国です。そのブランドは疑う余地が無いのですが、あくまでブランドであって実態がありません。
レジスタンスの英雄だったシャルル・ド・ゴールがパリを解放したまでは良かったのですが、何しろこの御仁は西側で一番アクの強い指導者であり、フランスは実質敗戦国なので、戦後になってフランスは一気に衰退し始めたのです。
その最たる物が植民地の独立です。何しろフランス経済は植民地に依存するところが大であり、おまけに独立戦争に負けまくったので大変でした。
インドシナ戦争に負けてアジアの植民地を失い、更にはフランスにとって地理的にも経済的にも最も重要な植民地であるアルジェリアでも独立戦争が始まりました。
戦況はフランスが不利で、この流れに乗じてアフリカのフランス植民地は次々に独立し、それでも資源が豊富で多くのフランス系住民が住んでいるアルジェリアだけは植民地として残そうとしてフランスは無理をします。
ド・ゴールは諦めてアルジェリアの独立を容認する方向に進みますが、これで納得がいかないのが、アルジェリアの現場に居る軍人達です。
こうなると俺様気質のド・ゴールは荒っぽく、内ゲバになりました。サッカーでさえ毎回毎回仲間割れするフランス人が、植民地戦争で仲間割れをしないわけがないのです。
かくして不平将校がOASという極右テロ組織を結成し、ド・ゴール暗殺を狙います。
史実ではOASは鎮圧されましたが、ジャーナリストだったフォーサイスは取材を通じてある仮説に行き着きます。
つまり、OASの動きは官憲に筒抜けでしたが、フリーランスの殺し屋を雇えばド・ゴール暗殺は成功したのではないかという仮説です。それが小説になり、映画になり、不朽の名作になったのです。
大胆なクーデターはナルシストの特権
映画はOASのテロリストがド・ゴールの乗っている車をハチの巣にして暗殺しようとするシーンから始まります。
しかし、ド・ゴールは剛運の持ち主なので車はハチの巣になったのに奇跡的に無傷で、首謀者であり獄中にあったバスティアン・ティリー中佐(ジャン・ソレル)に死刑判決が下ります。
中佐はかなりのナルシストであり、銃殺刑になる事を知らされても「私に銃を向けるフランス兵は居ない」と根拠もなくイキり倒す有様ですが、笑っちゃうほどあっけなく銃殺されてしまいます。
最後に隊長が拳銃でダメ押しをするのにご注目下さい。これは銃殺隊の隊長の義務であり実にきつい仕事なのですが、全く躊躇がありません。ド・ゴールが尊敬されていた証拠であり、どんなに理念が崇高でもテロリストは嫌われる証拠です。
自分のカリスマを過大評価してクーデターに失敗して処刑されるのはかなりダサい最後と言わねばなりません。OASはこの程度の組織だったのです。
一方で、暗殺未遂の実行犯でさえない中佐を大逆罪で処刑してしまうド・ゴールも大概です。
つまり、この映画はどっちの陣営もかなり残酷であり、敵に対して情け容赦がありません。
そして、この映画は飾り気がありません。BGMさえも殆どなく、暴力シーンもあっさりしています。だからこそ凄味のある映画になったのであり、ジンネマンの至芸であります。
ブルース・ウィリスとリチャード・ギアが主演の『ジャッカル』というリメイクもありますが、本作には遠く及ばない出来です。言い換えれば、優れた題材には過剰な装飾は必要ないのでしょう。
殺し屋は超セクシー
命からがらウィーンに逃げ込んだOASの幹部はこの際殺し屋に頼んでド・ゴールをダイレクトに仕留めようと画策し、凄腕の殺し屋が雇われます。
そうしてお呼びがかかったのが世界を股にかけた殺し屋ジャッカル(エドワード・フォックス)です。ですがジャッカルというのはあくまでコードネームで、本名は誰も知りません。
この頃のエドワード・フォックスは全盛期なのでもう色気ムンムンです。御婦人もゲイも大満足です。
ジャッカルは南米やアフリカで独裁者を仕留めてきたこの世界のレジェンドですが、何しろド・ゴールは植民地帝国の持ち主なので、田舎独裁者とは話が違います。
ジャッカルはこんな大仕事をやると二度とこの仕事が出来なくなるというので50万ドルという巨額の依頼料を吹っ掛けます。嫌なリアリティと説得力のある理論です。
この時代に50万ドルともなると、ゴルゴ13でも滅多にやらない大仕事と言えます。いや、ゴルゴ13は明らかに本作の影響下にあります。
やるのは簡単だが逃走経路の確保が難しいというのも画期的かつリアルでした。殺し屋というのはただ射的が上手ければ務まる仕事ではないのです。この理論が後続の作品に与えた影響は計り知れません。
問題は依頼料の調達手段です。OASには最初はタニマチが居たのですが、ティリー中佐がナルシズムに溺れて破滅したので愛想をつかされ、貧乏所帯なのです。
それでジャッカルは「銀行でも襲え」と雑なアドバイスをするのですが、OASは本当に部下に銀行強盗をさせて金を工面してしまいます。しかもフランスで。
被害総額が960万フランというのもOASの外道さを物語っています。当時のレートでは1ドルが5フランちょっとなので、明らかに過大に盗んでいます。大泥棒の国の人間のやる事とは思えません。
薔薇色の声
U-NEXTで配信されている吹替はテレ東バージョンで、ジャッカルは野沢那智が演じています。何気に本note初登場のスーパースターです。
早くに亡くなってしまったので若い人は意外に野沢那智という人を知りません。それはあまりにもったいないので是非ともこの機会に堪能していただきたいものです。
やはりこういう色悪はこの人であって欲しいと思わせます。ねっとりセクシーで胡散臭く、皮肉っぽいこの声、しかもエドワード・フォックスとくれば、ノンケもゲイも腐もギンギンで辛抱たまりません。
実は以前はこのテレ東バージョンはちょっとレア吹替でした。なので少し前まで再放送されるのは日テレ版が主流だったように思います。日テレ版でジャッカルを演じていたのは山本圭です。
日本最強の左翼映画監督山本薩夫の甥っ子であり、かの『皇帝のいない八月』で有名な、情けない左翼青年をやらせれば天下一品の名優ですが、今回ばかりは右翼の犬として大暴れなのです。実にフランス的ですね。
テレ東版は短縮バージョンなので、足りない部分は日テレ版で補完されます。ここは一粒で二度おいしいと言いましょう。
殺し屋はまめさが大事
ジャッカルはOASが用意した汚い金が振り込まれ次第仕事を開始します。下準備が詳細に描かれたのがこの映画が永遠に残る事になった所以です。
何しろド・ゴールは俺様野郎でSPの言う事を聞かずに危険地帯をうろうろするので、ジャッカルは必ずド・ゴールが姿を現すイベントに狙いを定めます。
8月25日はパリ解放記念日で、シャンゼリゼ通りで盛大な軍事パレードが行われます。これをパリ祭だと思っている人が多いですが、それは間違いです。あっちは7月なのです。
ジャッカルは墓場で幼くして死んだ男の子を探して身分を乗っ取って身分証を作り、デンマークから旅行に来た教師からパスポートを盗み、必要な道具を揃えにジェノバに行きます。
他人の身分を乗っ取るというのは北朝鮮の工作員がよくやる方法です。工作員は身寄りのない人を拉致して化けてしまうのですが、ジャッカルは幼くして死んだ子供のふりをして身分証を作ります。現代では不可能な方法ですが、真実味があります。
いちいちパスポートに苦労するのがポイントです。今はEUなのでヨーロッパの主要国の行き来にパスポートは不要ですが、当時はそうではなかったのです。
プロの街ジェノバ
どういうわけかジェノバにはジャッカルの提携するプロが揃っています。あれでしょうか。中世以来の陰謀と暗殺の歴史が物を言うのでしょうか?
ジャッカルと仲の良いガンスミス(シリル・キューザック)は期待を裏切りません。
ガンスミスはジャッカルの要望に応じて有名な逸品を作ります。そう、みんな大好き松葉杖の仕込み銃です。ガレージキットを作る人が居るくらいなのでやはり男の子はこれに憧れるのです。
あまり大口径に出来ないので水銀弾頭なるギミックを用意するのもポイントです。水銀が飛び散るので強力らしいのですが、とにかくフィクションの世界では本作の影響で大人気の代物です。
ぶっちゃけた話、この仕込み銃をスイカを的に調整するシーンだけでご飯三杯くらいいけます。フランス人は男の子が好きな物をよく分かっています。
一方、偽造パスポートを作る偽造屋(ロナルド・ピックアップ)はあれこれ仕事について詮索する上、代金を吹っ掛けてジャッカルを強請ったせいで殺されてしまいます。
空手チョップで仕留めるのがポイントです。ジャッカルは首絞めと空手チョップが大得意で、困ったときはこの技で切り抜けてしまいます。力道山もこれにはびっくりです。
フランス人は手段を選ばない
ジャッカルの支度と同時進行で官憲とOASの情報戦も描かれますが、これはもう情報戦とは言えません。戦争です。
OASはティリー中佐の婚約者でエロい美容師のドニーズ(オルガ・ジョルジュ=ピコ)をスパイに使います。サンクレールという高官に接近させてド・ゴールの動向を探ろうとします。
やり方がかなり荒っぽく、ドニーズは乗馬に出かけたサンクレールに犬を放って落馬させ、誘惑して愛人に収まります。
いい歳の爺さんがこんなきっかけで若いお姉ちゃんを囲うのも無茶苦茶ですが、ベッドで愛人に機密を漏らしてしまうというのも無茶苦茶です。良きにせよ悪きにせよ、フランス野郎とはこういう生き物なのでしょう。
一方官憲もOASが何か企んでいる事を掴み、OASのボディガードで外人部隊上がりのウォレンスキーなる兄ちゃんを拉致して電気ショックで拷問します。しかも誘拐現場はイタリアです。一歩間違えると国際問題になってしまいます。
拷問しながら君もインドシナやアルジェリアで散々やっただろうとデカが居直るのが最高に外道です。とても国連常任理事国のやる事とは思えません。
私がフランスに華々しい印象を全く抱けないのは、こういう映画を幼い頃に見てしまったからかもしれません。
プロ対プロ
上の連中の汚い争いを他所に、ついにジャッカルのライバルが出陣します。パリ警視庁がこの種の捜査には最高と言い切る敏腕のルベル刑事(マイケル・ロンズデール)です。テレ東版だと声が稲垣隆史なので三割増しでダンディです。
ルベルは伝書鳩と奥さんを愛する一見するとさえないおっさんですが、極秘捜査という足枷をものともせず、各国の官憲と協力して正体不明のジャッカルに迫っていきます。
何しろ『ムーンレイカー』や『薔薇の名前』でなにかとMI6とは縁が深いロンズデールなので、こういう仕事にはうってつけなのでしょう。
ただ、時々入る日テレ版ボイスでは誰が決めたのかハナ肇が声をあてているのが笑いどころです。あの人は議論の余地なき名コメディアンですが、それだけにこういう役は似合いません。
助手と称して若手刑事のキャロン(デレク・ジャコビ)を連れているのも高得点です。何と言ってもカドフェル修道士なので優秀な小姓であります。
デレク・ジャコビは本物のゲイであり、おまけに吹替が知的な牛山茂なので、私としてはたまらないキャラクターです。耽美なムード満点です。
ジゴロのジャッカル
流石に警視庁の推薦だけあってルベル刑事は優秀で、ジャッカルが死人の名前で偽造パスポートを使ってフランスに入国している事実に気付き、一方でジャッカルもその事実に気付き、腹の探り合いになります。
想定外の事態に対応できるのがジャッカルの凄腕たるゆえんで、ホテルで同宿した男日照りのモンペリエ男爵夫人(デルフィーヌ・セリッグ)に取り入って上手く警察をまいてしまいます。
何しろ白いアルファロメオに乗ったエドワード・フォックスに誘惑されれば、多少レズでもノンケに走ってしまいます。亭主に相手にされないおばさんともあればなおさらです。
しかし、ルベル刑事はこの貴族のエロババアの淫棒もとい陰謀に気付き、ジャッカルは夫人に未練があるふりをして屋敷に押しかけ、夫人を殺して口封じしてしまいます。しかし、人の命の安い映画です。
ここからは完全にジャッカルVSルベルの追いかけっこになり、ジャッカルは手段を選ばなくなります。平気で人を殺すセクシー殺人マシーンに大変身です。
空港でパスポートを盗んだデンマーク人に化けて車を塗り替えたまではいいものの、すぐに事故に遭ってしまうのが笑いどころです。すんなり事が運ばない所にリアリティがあります。
まさかのガチホモ描写
さて、イケてないふりをしてイケてるのが隠せないデンマーク人に化けたジャッカルですが、ルベル刑事はすぐに気付いてパリのホテルの宿帳を探り始めます。
しかし、ジャッカルには秘策がありました。ジャッカルは目的の為なら何でもする男。うん、今何でもするって言いました。
つまり、宿帳が要らない、秘密がバレない宿を確保します。ハッテン場のサウナで髭もじゃのジュール(アントン・ロジャース)という兄貴をひっかけ、彼の家に泊まってしまうのです。
フランスは18世紀から同性愛が合法の先進国とは言え、別件での苛烈な取り締まりがあるのも確かです。なのでハッテン場の客は口が堅いのです。
そして、ハッテン場で知り合った野郎の家に泊まるという事は、まあそういう事です。デンマークの教師がゲイというのは凄く生々しく、個人的には大好きです。
仕事の為なら熟女趣味にもホモにもなる男ジャッカル。この意志の強さこそが彼の人気の秘密であり、このような信念を貫く男こそがジンネマンの大好物です。
性欲で死ぬ奴ら
一方、ルベル刑事はゲイの小姓と一緒に捜査を進め、少しずつジャッカルを追い詰めていきます。高官を盗聴してサンクレールが秘密を洩らした事実とド・ゴール暗殺というジャッカルの目的を探り当て、ジャッカルが夫人を殺した事で極秘捜査の必要が無くなったのでジャッカルを指名手配します。
その為にサンクレールは自殺。ジャッカルの顔写真がテレビで放送され、ジャッカルの為にウキウキでロブスターを買って帰ってきたジュールはジャッカルに口を封じられてしまいます。
ジュールがかわいそうでなりません。素敵な男を捕まえて、世話女房をかまそうとしたら殺されてしまったのですから。多分ホモバレして遺族は世間から不当な非難を浴びたはずです。
つまり、この映画では欲に走った奴は死ぬのです。サンクレールは見事にハニトラに引っ掛かり、男爵夫人は火遊びの末に死に、純愛のつもりであったジュールさえも殺されてしまいます。偽造屋はエロ写真がメインビジネスなので、ある意味性欲で死んだような物です。
さらに言えば、ジャッカルもこの法則の例外ではありません。これについては後で解説します。
華の大パレード
とにかく、多大な犠牲を出しつつもルベル刑事はジャッカルの目的に辿り着き、厳重警備でパレードの日を迎えます。燃えてしまったノートルダム大聖堂にさえスナイパーが詰めている有様です。
何しろあの日以来フランスは未だに右肩下がりなので大変に華美なパレードです。本物のパレードにカメラを入れたそうですが、どいつもこいつも制服がキメキメでたまりません。
このシーンに限りませんが、やはりフランス人のファッションセンスは見習うべきものがあります。
ただし、乗り物の方はいただけません。何しろフランス人は外国に頼るのを嫌がるので、兵器も独自のセンスで独自開発します。
なので見た目も性能もちょっと怪しいのです。だとしてもアメリカ人から買う事は出来ないのがフランス人のプライドなのです。
車のセンスもちょっと問題があります。意地でもロールスロイスには乗れないのがフランス人ですが、ド・ゴールさえシトロエンDSに乗っているのはどうかと思います。救国の英雄はもっとゴージャスな車に乗って欲しいですね。
一方でジャッカルは最初はアルファロメオ・ジュリエッタに乗っていたのですから、ひょっとしたら殺し屋がターゲットより良い車に乗っていた可能性さえあります。空前絶後です。
一方でバイクはBMWで原付はぺスパなのも笑いどころです。ナポレオンと並ぶ英雄が意地でシトロエンに乗っているというのに、バイクはドイツやイタリアから買っているというのはとんだブラックジョークと言えましょう。
感心するのはパレードの見物人が潜望鏡を持っているところです。紙で出来た広告入りの潜望鏡で人ごみの上からパレードが見れるわけです。これは日本のお祭りでもイケるアイディアだと思います。フランス人のセンスの勝利です。
英雄になる宿命の男、ド・ゴール
ジャッカルは第三の身分を用意していました。つまり、傷痍軍人です。これはかなり強力な属性です。まともな国では傷痍軍人は敬われます。ましてや戦争の記憶の真新しい戦勝国で勲章を着けていれば、迂闊に扱う事は出来ません。
だからジャッカルは松葉杖に銃を仕込んだのです。脚が無いふりをして脚を折り曲げていたのでストレッチが必要なのが萌えポイントです。
警官もさして怪しまずにジャッカルを通し、狙撃現場に定めた下宿のおかみさんも親切にしてくれます。そしてジャッカルはおかみさんを手刀で黙らせてついにお待ちかねの仕込み銃でド・ゴールに迫ります。
レジスタンス仲間に勲章を授ける為にまんまとジャッカルの前に出たド・ゴールですが、ド・ゴールはフランス人なのでレジスタンスの手にキスしようとして跪き一発目は失敗。
二発目を用意したところで窓が開いているのに気付いたルベル刑事が駆け込んできて、ジャッカルはついにハチの巣になって敗れ去ります。
結局ジャッカルの正体は多分イギリス人という以上の事は分からず、ルベル刑事の見ている前で葬られます。つまり、フランス人の習慣をジャッカルが知っていれば、ジャッカルの勝ちだったわけです。
本作は必然ではなく偶然に重きを置いています。それは余人に真似できないやり方であり、だからこそ名作なのです。
BL的に解説
フランスの三島由紀夫
この作品は、三島由紀夫です。また妄言が始まったとは言わないで下さい。偶然では片付きません。
そもそも、ティリー中佐の死に様はほぼ三島先生です。ナルシストの右翼がクーデターをかまし、兵隊の忠誠心を過大評価してかなりダサい死に様を晒した。これはもう三島先生と何も変わりません。
一方、ド・ゴールも三島先生要素を内包しています。何しろ楯の会の制服もド・ゴールの制服も、デザインしたのは五十嵐九十九という日本のファッションデザイナーなのです。
これはもうほぼペアルックです。しかも、ド・ゴールは三島先生が切腹した後を追うように半年後に亡くなっています。
そして、火種がアルジェリアなのもホモ臭い要素があります。ここで私が常々提唱している「辺境に居る白人はホモ」という理論が生きていきます。
結局のところ、フランスがナポレオン法典に基づくホモ先進国だとしても、同性愛者が迫害されるのは21世紀の今に至っても変わらないのです。
なので、ホモの白人は辺境に楽園を求めたのです。ホモが許される物価の安い土地を彼らは求めたのです。だからフランスのホモの文豪はどいつもこいつもアフリカ通いに精を出し、アフリカで精を出したのです。
イスラム教は同性愛に厳しいなどというのは建前であり、その建前に固執する原理主義者の作り出した虚構に過ぎません。たった半世紀前まで、ムスリムたちは公然と甘美にして崇高な同性愛文化を誇っていました。勿論、アルジェリアも例外ではありません。
フランスの金持ちホモにとっては、アルジェリアが独立する楽園が遠ざかるわけです。アルジェリアの地下資源がフランス経済に不可欠であり、アルジェリアで血を流した軍人が無駄骨を我慢できなかったのも事実でしょう。しかし、その一方で人に言えない動機でアルジェリアに執着したホモのフランス人も沢山居たのは間違いありません。
もっと凄い事実があります。原作者のフレデリック・フォーサイスはほぼ三島先生です。
というのも、元々はBBCの記者だったフォーサイスにとって、本作は余技に過ぎませんでした。
フォーサイスはナイジェリアの内戦を取材しに行き、イギリスと敵対するビアフラの飢餓地獄を見てBBCにたてつき、クビになって作家に転身しました。それで本作を書いて巨匠になったのです。
本作の印税をフォーサイスはビアフラの人々の為に使おうとしました。なんとナイジェリアの隣の赤道ギニアでクーデターを起こし、ビアフラ人の国を作ろうとしたのです。
崇高な理念の為に褒められない手段に投資し、失敗した文豪。まさに三島先生です。
ルベル×ジャッカル
ジャッカルがホモセックスしたのは議論の余地無き事実です。イギリス人なので、きっとパブリックスクールでそっちのエリート教育も受けたのでしょう。
ルベルは上司から全幅の信頼を置かれていて、ジャッカル探しの為に呼び出されます。こういう仕事にはルベルとすぐに名指しにされるのは相当です。きっとレストレードやガニマールとは比べ物にならない手柄を立ててきたに違いありません。
スコットランドヤードの協力で一旦はカルスロップなる男が捜査線上に浮上し、高官は一件落着と楽観視しますが、ルベルはジャッカルは一筋縄ではいかない男だと警戒を解きません。
そして段々ジャッカルという男が分かってきたとキャロンに説く様は楽しそうです。やはり刑事は極上の獲物に興奮してしまうのでしょう。
ルベルのチームは死人の身分を乗っ取るジャッカルの方法に気付き、金髪のイギリス人という目撃証言と照らし合わせて見事にジャッカルの偽の身分を発見し、ジャッカルは国境検問で調べられ、焦り始めます。
ジャッカルはここで仕事を放棄して逃げるという選択肢がありましたが、敢えて危険に挑みます。これが『ロシアより愛をこめて』で明らかにホモのナンバー6がブロフェルドに説いた、「イギリス人は敢えて危険に挑む」という気質の発露なのでしょう。追いかけるのがボンドの敵であるというのが英国流のブラックジョークです。
ジャッカルは隠れ蓑とストレス解消を兼ねて男爵夫人をナンパし、他の客の婆さんに毒を盛ってホテルを混乱させた隙に夜這いまでかけてチョメチョメします。
夫人に甘えて母性本能をくすぐるあたりが実に生々しい熟女趣味のリアルを反映しています。イギリス人は熟女好きらしいので、フォーサイスもそうなのかもしれません。
ジャッカルはタッチの差でルベルのホテルへの踏み込みをかわしますが、ルベルはすぐに夫人とジャッカルのイケない火遊びに気付いて今度は夫人の屋敷にヘリで乗り付けます。ヘリとはなかなかの攻め様ですね。
かなりキツい尋問で夫人の隠し立てを抉り出すのはルベルも極上のジャッカルに股間の銃口を向けて興奮している証拠であり、愛妻家である証拠です。
男爵夫人とは言いながら、ホテルで同宿した客とチョメチョメするなんてとんでもないオメコ芸者だと腹の中では軽蔑していそうです。
ジャッカルは尻尾を巻いて逃げたと高官は大喜びしますが、ルベルはまだジャッカルはチャンスを待って潜伏していると抗弁します。
これは刑事の勘であり、願望です。てこずらせた獲物に逃げられるのは刑事として納得できないのです。
ルベルの予想通りジャッカルは盗難車に乗り換えて夫人の屋敷に未練があるふりをしてやって来て、またもチョメチョメをかまします。
しかし、警察が来たと夫人が漏らしたのが運の尽きで、ジャッカルは匿う事を申し出た夫人を絞め殺し、デンマーク人に化けて逃走します。
このせいでルベルは極秘捜査をする必要がなくなり、ジャッカルは指名手配されて不利な状況に陥ります。つまり、この時点でルベルの方が優位に立っているのです。
とは言え田舎にデンマーク人が居れば目立つので、ルベルはすぐに気付いてしまい、ジャッカルはまたもタッチの差で駅に駆け付けたルベルをかわし、焦りまくりながらハッテン場でジュールをひっかける苦し紛れの手に出ます。
一方、人を愛する事を知らないジャッカルは指名手配された事をジュールによって知り、ジュールを殺して更に罪を重ねつつド・ゴールに迫ります。
結局水際でジャッカルを捕まえる方向でパレードは超厳戒態勢になり、ノートルダム大聖堂の司祭は身体検査を受け、ド・ゴールは特別背の高い警官に囲まれる有様です。ド・ゴールはフランス陸軍で一番背の高い将校だった(190センチ!)ので、背の高い警官を探すのにはさぞ苦労したでしょう。
ルベルはパレードをうろつきながらジャッカルを探します。ここまでくればもう肉弾戦です。食うか食われるかの勝負です。燃えます。
ジャッカルはついに最終形態の傷痍軍人モードになり、狙撃に最適な下宿に水を貰うふりをして忍び込んでおかみさんを始末し、ついにお待ちかねの松葉杖をド・ゴールに向けます。
しかし、ド・ゴールがレジスタンスにキスする為に跪いたので失敗。2発目を装填したところで傷痍軍人が通ったと聞いたルベルが警官と部屋に踏み込んできます。
ジャッカルは警官を射殺しますが、3発目を装填する暇なくルベルがマシンガンでジャッカルをハチの巣にし、音の方は車のバックファイアだと言う事で片付けられ、ド・ゴールは何も知らないまま暗殺劇は終わります。
そう、タッチの差で何度もルベルから逃れたジャッカルは、土壇場まで来てタッチの差でルベルに敗れたのです。
これはもう実質セックスです。先っぽだけで散々焦らされたルベルにリバろうとしたジャッカルにルベルがぶち込んだわけです。
一方、スコットランドヤードがジャッカルの正体と思って探っていたカルスロップは別人と判明し、ジャッカルは正体不明のまま埋葬されます。
ジャッカルの棺が埋められるのを見届けたルベルは墓地を立ち去り、映画は幕を閉じます。
ジャッカルはルベルにとって忘れる事の出来ない美しき獲物です。そして最後の最後に掘った穴にジャッカルが放り込まれる事で映画が終わった。これは非常に意味深です。
ルベルはふとした時に思うはずです。結局ジャッカルは何者だったのだろうと。ジャッカルは最後の大仕事に失敗しましたが、ルベルの心にジャッカルの記憶は突き刺さり、生涯抜ける事はありません。
ルベル×キャロン
上司がルベルを信頼しているように、ルベルもキャロンを信頼しています。髭のおじさんがブロンドでゲイの美青年を連れている様は、武将が利発な小姓を連れ歩く姿そのものです。
ジャッカルは外国の殺し屋やだといち早く気付いたルベルの為にキャロンは時差と闘いながら各国の警察の偉い人を拝み倒して協力を取り付けます。嫌な役目もルベルの為なら何とする。美しき主従物語です。
ジャッカルが国境検問に引っ掛かったと連絡を受けたものの、極秘捜査なので思うように動けないと愚痴るルベルにキャロンがタバコを差し出すシーンなどは本作の最尊シーンの一つです。タバコは性器なのです。
ジャッカルが熟女としっぽりしている所へルベルは殴り込みをかけますが、これはやはり好きでもない相手と赤ちゃんプレイをかます男と、奥さんと小姓の一本に絞った男の差でありましょう。小姓が居る文化圏では男と女は別腹なのでこれでも一本です。
ルベルはジャッカルにタッチの差で負け続けてふてくされ気味になりますが、ここでキャロンが素晴らしい仕事をします。
つまり、パスポートを盗まれた人は大使館に行くという事実に気付きます。キャロンはただの小姓ではありません。ルベルの後継者なのです。
ルベルは情報が漏れている事に気付き、高官全員の電話を盗聴するという荒業でサンクレールの失態を見つけ出します。ジャッカルも荒っぽくなっていますが、ルベルも同じです。静かにして激しい頭脳戦が行われているのです。
更に、ルベルはパリ解放記念日にジャッカルはド・ゴールを狙う気だと気付き、自殺したサンクレールの家でドニーズを待ち伏せて逮捕します。
ドニーズを待ち伏せるルベルは明らかに怒っています。それは妻子ある男を自殺に追い込んだアバズレへの軽蔑です。目が性病になるとでも言いたげです。愛妻家のルベルにとって、ハニートラップは最も軽蔑すべき犯罪でありましょう。
ドニーズの逮捕まではぴったりとルベルに寄り添っていたキャロンですが、肝心のパレードでは姿が見えません。しかし、これは私に言わせれば神のお導きです。
ジャッカルはルベルの前に居た警官を撃ちました。水銀弾がどれ程威力があるのかはハッキリしませんが、その場で身体が爆裂しないとしても、水銀中毒で重篤な後遺症は避けられないはずです。
つまり、神がルベルとキャロンに計らったのです。名誉の殉職をしたお巡りさんは可愛そうですが、コンドームです。ここはルベルも計らって二階級と言わず三階級くらい特進させてあげるべきでしょう。
キャロンにとってもジャッカルは忘れられない存在になります。そしてキャロンは長じてルベルの立場になり、ジャッカルとの争いをもとに若者を導くのです。
小姓が長じて小姓を持つようになる。これこそが崇高なる男の世界であり、ルベルとキャロンは40世紀以上の歴史に見下ろされ、その一部となっていきます。何と美しい物語でしょうか。
ガンスミス×ジャッカル
ジャッカルとガンスミスはかなり高度な大人のBLをしています。こういう高級なBLを楽しめるのが映画でBLする醍醐味と言っても過言ではありません。
ガンスミスはジャッカルが発射する道具を作っているわけですから、これはもうトコロテンのメタファーです。もっとも、この関係は精神的な物で、肉体的な物ではないと思います。そう言うのも大事です。
2人には互いにプロとしての信頼関係があります。ジャッカルはガンスミスの腕と口の堅さを全面的に信頼していて、ガンスミスはジャッカルの職人魂をくすぐる注文にプロとしての喜びを感じています。
ターゲットが誰なのかを明かす事なく狙撃の条件について詳細に議論するのはこの2人が長い付き合いであり、お互いに腕利きである事を示唆しています。そこにはまるで長年連れ添った夫夫のような呼吸の一致があり、ちょっと嬉しくなります。
ガンスミスの方もジャッカルの松葉杖銃のアイディアに感心し、果たしてガンスミスはジャッカルの期待に応えます。
アルミパイプを使えとジャッカルは注文しましたが、ガンスミスは強度を心配して独断でステンレスに変更します。これもかなり尊いポイントです。
つまり、ジャッカルはガンスミスを心の底から信頼しているのです。彼に無理と言われれば従う。それどころかガンスミスの仕事をジャッカルは絶賛します。
ゴルゴ13とデイブ・マッカートニーの間にも同じシチュエーションがありました。いや、デイブはこのガンスミスがモデルになっているのでしょう。だから尊いのです。
ジャッカルが試射できる場所をガンスミスに紹介してもらうのも並々ならぬ信頼関係を示す行為です。もしガンスミスがその気になれば、森に大量の待ち伏せを隠しておいて襲撃する事も出来るのです。
ガンスミスがそんな汚い事をしないとジャッカルは知っているからこそこのやり取りは成立します。偽造屋が汚い事をやって始末されたのを考えれば、やはり誠実さは愛に欠かせざる物なのでしょう。
ジャッカルが葬られ、きっとガンスミスは寂しいと思います。もう決して訪ねて来ないジャッカルをいつまでも待っているガンスミスの姿を思い浮かべると、私は涙を禁じ得ません。
ジュール/ジャッカル
ガチホモはゲイリアルを尊重してアメリカンスタイル、つまり同軸リバです。掘って掘られてが本当なのです。
夫人を殺してなよなよした北欧の田舎教師に化けたジャッカルは、ルベルを恐れて今度はハッテン場に潜り込むという奇策に打って出ます。
これは確かに確実な方法かもしれませんが、冷静に考えれば必ずしもハッテン場で相手を探す必要はないのに気付くはずです。ジャッカルのオスの色気をもってすれば、公園で女を物色しても同じ成果が得られるのです。
つまり、これは単純にジャッカルの好みの問題です。確かにジャッカルは手段を選ばない冷酷な殺し屋かも知れませんが、性欲を捨てたわけではありません。
つまり、女の次は男が欲しくなるというのはバイの欲望の構造上当然であり、死の恐怖を前にジャッカルの性欲も高まっている何よりの証拠です。
ともあれ、ジャッカルにとってもジュールにとっても楽しい夜であったのは確かです。
立派なロブスターをジャッカルに食べさせてあげようとするジュールは、むっちり髭もじゃではありますがまるで新妻のようでとってもキュートです。
お洒落な部屋といい、ロブスターを料理できるスキルといい、ジュールはかなりの乙女です。北欧の素敵な男とひと夏の思い出を満喫しようと淡い恋心にときめくジュール。ルックスはG-menですが中身はJUNEの世界観です。
何しろハッテン場でエドワード・フォックスを持ち帰りできるなど、ゲイにとっては一生に一度あるかないかの幸運です。ましてやナポレオンの御心に反して同性愛者を弾圧するフランスにあっては尚の事です。そりゃあ尽くそうと思います。
テレビにジャッカルが映っていたと嬉しそうに教えてあげるジュール。ジャッカルは自分が指名手配された事を知り、ロブスターを取り落としたジュールを情け容赦なく殺して部屋を後にします。
テレビにフレンチカンカンが映っていて、『天国と地獄』が流れているのが示唆に富んでいます。これに関して言えば、ジャッカルもジュールも同意見のはずです。
バイ特有の中立的観点から言えば、明らかに男爵夫人よりジュールの方がいい女です。ジャッカルはこの際25万ドルを持ってジュールと一緒に逃げるべきだったし、その方が幸せになれたはずです。ジュールは喜んでスペインあたりまでは付いてきてくれるでしょう。
ともすれば、ジャッカルは愛を忘れた為に最後の大仕事に失敗し、妻とキャロンに一穴一竿を貫いてサポートして貰ったルベルに敗れ去り、破滅したのです。
ド・ゴール×レジスタンス
愛ゆえにジャッカルを退けたという点ではルベルもド・ゴールも同じです。ド・ゴールがジャッカルのような冷血漢だったらジャッカルは仕事を成功させたはずです。
ド・ゴールにとってレジスタンスの仲間は一生モノの宝でした。ド・ゴールにとってナチスのけだものと戦った日々は苦難に満ちていたとしても、やはり忘れがたい栄光の思い出でもあるのです。
だからド・ゴールは閣僚は仲間で固め、暗殺のリスクを承知で公衆の面前でレジスタンスの闘士に勲章を授けるのです。
そして、同志にキスした為にド・ゴールはジャッカルの魔手からも逃れたのです。
ジャッカルの敗因は、人を愛し信じる事を忘れてしまったからです。孤独なジャッカルは心を捨てた為に孤独に死んだのです。ガンスミスへの愛を1/10でも夫人やジュールにも向けていれば、結末は変わったかもしれません。
お勧めの映画
独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介し
『薔薇の名前』(1986 仏)(★★★★★)(情けないルベル)
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