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あきたこまちR反対派はこんなこというかしら?


はじめに

 放射線育種米とは、稲種子に放射線を照射して、突然変異を惹き起こさせて改良したお米です。品”種”を”育”成するので、育種と言います。
 いま話題になっているのは、「コシヒカリ」にイオンビーム(ガン治療施設の)を照射して育成された「コシヒカリ環1号」と、それを祖先に交配育種法で品種改良された「あきたこまちR」です。両品種とも有害重金属カドミウム(Cd)をほとんど吸収しないこと以外は それぞれ「コシヒカリ」・「あきたこまち」にそっくりで プロでも区別出来ない品種です。
 これらの品種を、「放射線を照射して突然変異したお米、食べたいですか?」と何だか福島原発ALPS処理水で問題になっていたキーワードを改変したような、悪質な印象操作をして地方踏み付け・風評加害をする情報がSNSなどに流れているのです。その情報の言うところを確認して、事実をチェックして行きたいと思います。

「(放射線育種法は)稲の遺伝子に損傷を与え(ます)、」


 確かに損傷を与えますが、”破壊”されるのならDNAの鎖は切れて細胞が死んでしまいます。「コシヒカリ環1号」があると言うことは、損傷は修復されていて、カドミウムを吸収する遺伝子だけが働かなくなっている(突然変異を起こしている)ということです。
 つまり、コシヒカリ環1号の遺伝子は”破壊”されたままではありません。実際育成研究者の論文では、当該遺伝子は、ちゃんと元通りに根っこの表面に埋め込まれるミネラルイオン吸収タンパク質を作っていると分かっています(石川ら'12)。ただ実際にCdを含んだ土で栽培すると、タンパク質はCdを吸収しないのです。あえて言うなら「少なくともイネが7つ持っているミネラルイオン吸収タンパク質遺伝子の1つが、働かなくなった機能停止タンパク質を作るように変わった」のです。
 ですから、DNAが1つ欠けて その点以降の遺伝情報がズレる(横シフトする)ことで、有毒な何かが出来るかも知れない という懸念も杞憂だとわかります。ズレて別の何かになっていないですから。

「日本には鉱山周辺などでカドミウム汚染が高い地域があります。」


 やや間違いです。土壌のCd含有量が高くても、鉱山や工場による汚染ではないことがあるのです。それは昔海底であって、石灰(生物遺体)が蓄積したところです(山崎ら'09)。陸地になると、石灰分は水に溶けて、直下にCdなど微量金属が残る(ずっと地下には鍾乳洞などができる)のです。
 ここで思い当たるのは、縄文海進。今から6000年ほど前は気候も温暖で、日本列島は直前氷河期よりも120mほど海水位が高くなった頃があるのです。
 現在は、ピークを過ぎて5mほど下がったとされていますが、たとえば秋田では本荘市周辺が湾であったとされています(一木'11)。黒潮の流れる千葉では、サンゴの化石が見つかるというその時代、海辺だったところには牡蠣殻やハマグリなどの貝殻が溜まり、現在肥料として施すなら注意するよう指導される牡蠣殻肥料のように、カドミウムも土地に蓄積することが想像されます。
このように、鉱山が土壌のカドミウム汚染の原因となるのは、ごく局所的な問題で、日本中にはもっとカドミウム・ヒ素汚染の原因になりそうな時代背景があるのです。

「カドミウム汚染で問題になるのは、ウクライナへの侵略戦争以降、急に利用が拡大している下水汚泥肥料です。」


 唐突に下水汚泥の話題が出るなら、それはある不安商売業者が、かつてカドミウムが含まれるから危険だという論理を展開した名残です。
 下水汚泥にCdなど重金属が多く含まれることは以前から分かっていて、肥料に利用する場合の留意点とされています(海老原ら'79)。
 また近年 金・銀・パラジウムなど貴金属が含まれることもわかってきています(日本下水道事業団'22)。
 肥料として下水汚泥を使う場合、それらのことを前提に肥料を開発し、現場で技術指導に当たる者も留意点を説明します。ですから、さほど気にする必要はありません。あまり農業者の学習に対する熱心さを馬鹿にしないことです。

「これ(コシヒカリ環1号のような品種)を全国に拡げるために(動いている)」


 そのようなことはありません。国がカドミウムの食品含有量国際基準をクリアさせるため、全国の品種改良部署に「コシヒカリ環1号」を親としたCd低吸収イネ品種を開発させようとしているという動きなどありません。
 むしろイタイイタイ病という過去の公害病の経験から、自治体の品種改良担当者たちはCd低吸収という特性に強く興味を引かれて、「コシヒカリ環1号」が品種登録される前(系統名lcd-kmt2)から交配親に使わせて欲しいと内々の問い合わせはしているでしょう。それは自主的な動きです。
それほど農業技術者にとっては、Cd低吸収という特性が興味を惹くものなのです。

「大きな問題はこうしたお米には放射線に関して何も表示されない(ので、消費者の選ぶ権利が阻害される)」


 品種になったお米に放射線を当て続けているわけではないですし、放射線育種は これまで安全と分かっていますから当然です。
 かつてお米は、販売店などいわゆるお米屋さんで、いくつかの品種を混ぜて年間通じ変わらない味の商品を提供するのが普通でした。特定の品種・栽培法・産地・年産などを限定したお米が、いつも変わらない味であるとは限らないのです。野外の生き物ですから当然ですね。
 ですから食品表示法で精米の原料としては、銘柄名を充てることとなっています。品種改良の過程などが、消費者が区別出来ないほどある品種と同じなら、その商品群に同じ銘柄名が着きますから、放射線云々は関係なく銘柄名が表示されます。
 たとえばコシヒカリに、朝日という、いもち病に強い品種をかけ合わせ、さらにコシヒカリを6回かけ合わせて そのたびにコシヒカリに姿が似ている子を交配親にしてきたもの。食べてもコシヒカリと同じなら、そのお米を何と呼びましょうか。
 さらに2025年には県供給の”あきたこまち”種子を あきたこまちRに全面切り換えするのですから、2025年秋の「秋田県産あきたこまち」と言えばほぼ間違いなくあきたこまちRです。こんなにわかりやすく区別出来ます。

「(あきたこまちRの遺伝子操作は表示を)義務付けられておらず、どの品種が放射線育種米か、表示されません。」


 放射線育種法による品種は、遺伝子操作をしていませんゲノム編集もしていません。言葉の定義の問題ですが、元の種子に放射線を照射して一度突然変異の子孫を作り、元の品種とは異なる有用な性質が見出されたら 以後何世代か栽培適性や試食を繰り返して品種にするのが放射線育種法です。放射線を照射するのは一回だけで、遺伝子には触りもしません。
 照射した種子に放射能も残りません。1960〜70年代には大気中核実験が500回ほど繰り返され「雨が降ったら頭を隠せ(放射線障害でハゲになる)」などとデマがはびこりましたが、その当時から生きている人が有害な放射能を帯びている事実はありません。揶揄する卑劣な人はいるかも知れませんが。
 また1967年デビューのレイメイが北海道まるまる1つ分の栽培シェア(14万ヘクタール)となったヒット品種であったことからも、放射線育種によるイネ品種が安全に食べられるという実績は出来ていますから表示する必要はありません。
”放射線””放射能”などと不安を煽って表示を求めるのは、いわゆる不安産業従事業者や面白がって他人を揶揄する層でしょう。

その(放射線育種品種数・シェアの)割合は限られていて、人びとがふだん食べるお米は(ない)。


 先述したように、レイメイは14万ヘクタール(北海道や新潟県の全水田面積に匹敵)のシェアを誇った放射線育種品種です。それくらいポピュラーな品種だったのです。放射線育種法品種の子孫たちは、現在日本のお米の上位10中にもあり、20%以上のシェアを占めています。
 またアメリカのカリフォルニア米と言えば、日本人が食べても美味しい外国産米として有名ですが、これは1976年放射線育種法からデビューした「Calrose76」のことで、今世紀に至っても「カルローズ」と言えば現地で日本米風の美味しいお米を指し、中身はこの品種かその子孫品種です(川久保'17)。
 またイタリアでも放射線育種法でパスタ用小麦品種「Creso」が開発されており(‘74)、子孫品種と合わせて7割のシェアで作られています。
チェコではオオムギ「Diamant」が開発され(‘65)、ビール大国ではその子孫品種が原料として一般的です。
インドとバングラデシュの水田面積5390万ヘクタール(日本国土の1.4倍)は、80%(日本国土の1.14倍)が放射線育種イネか突然変異育種品種です。
アジアの米輸出大国ベトナムも、水田790万ヘクタール(日本の水田面積の3.36倍)のほとんどを放射線育種品種がデビューから6年で独占しました(以上Penna & Jain'23)。
 世界的に見ても、放射線育種法で改良された品種はその国の毎日の生活を当たり前に支えているのです。「放射線育種した日頃食べる作物はない」などと言うのは、イタリアのパスタやチェコのビール、カリフォルニア米やインドのお米を昔から知らないのかも知れません。

「(カドミウムを吸収しにくい遺伝子のせいで、)マンガン以外の微量ミネラルなども不足している可能性もある」

 杞憂です。 イネはミネラル吸収タンパク質を何種類も、しかも同じタンパク質遺伝子を何コピーも持っています。栄養を吸収する遺伝子などは生存に大事ですから、生物は同じ遺伝子をコピーでいくつも持っていることがあります。イネは、鉄やマンガンなどミネラルを吸収するタンパク質の遺伝子(OsNRAMP)を少なくとも7つコピーで持っていて、そのうちコシヒカリ環1号とあきたこまちRで機能しなくなっているのはひとつだけです。
 それだけでほとんどカドミウムを吸収しなくなっているのですから大発見ですが、ほかにもコピー遺伝子があるので、鉄欠乏などにはなっていません。
 例外はマンガンですが、たとえば欧米風食事では1日4mgを摂取和食では一日1mgしており、米から摂取しているのは38%です(白石'04)。しかしマンガンが豊富な食品には豆類・緑茶・野菜類があり(小栗&吉永'13)、食事は洋風化しているので、よほど特殊なダイエットをしない限り妊婦でも欠乏することはありません

「(EUで)放射線を照射したものは有機農業では基本的に認められていません。」


 誤りです。もしかするとこれを言いだした人は、EUの有機規格に「種苗に放射線照射したものはダメ」とあるのを間違えたのでしょう。
この場合の”照射”は、日本では実施されることのない放射線照射種子消毒法・発芽促進法の手段です。
 過去何世代も前に一回だけ照射したことのある品種の種子には適用されませんし、先述のようにパスタ用小麦、ビール大麦など放射線育種された品種が大きなシェアを占める国々で品種の栽培禁止が本当なら、有機栽培がビジネスになりにくいでしょう。
 またゲノム編集という、狙った遺伝子DNAの1個を(DNA分解合成酵素と位置決定用のDNA鋳型などを使って)改変することで品種を育成することをEUではリスク管理上の予防原則から禁じていますが、その理由は「他に実績のある方法(放射線育種法など)があるのだから、ゲノム編集はもう少し待とう」です(C-528/16仮判決'18)。つまり むしろ放射線育種法を含む突然変異育種法を使えと推薦しているのです。さらに、近年ゲノム編集を禁止したままで良いかどうか、議論になっています。

「放射線育種した品種の全リストを農水省に情報公開請求をしました(が「データなし」と言われた けしからん)。


当たり前です。
 以前は、自治体の育成した品種は、その来歴を国がまとめることなどありませんでした。従来あきたこまちも、イネ品種・特性データベース開発にあたって詳細な情報収集がされる'01〜'04年より前('84)の開発品種ですし、品種になっていなければ国に詳細な育成来歴データは有りません。またこの頃から各自治体で、ブランド品種を作ろうとする取り組みが盛んになりました。(この段落、Eiji Domon/ Bernardo Domorno様のご教授を戴いて17/Nov.に直してみました。”あきたこまちも先回の種苗法改正1991や2020年より前の品種だから”と読める表現でした。あきたこまちは、単純に種苗法登録をしていない品種です。)
 そのため品種改良の来歴データというのは、品種にならなかったものも含めて毎年数十〜数百の交配(突然変異誘起)から一世代目、二世代目からどんな性質であったか調査・記録し、選んだイネに番号を付けて行きます。苗の葉っぱの色調から病害虫への反応、ご飯の味まで十数世代にわたる膨大なデータです。
 たった一自治体でも大型本棚十数架に及ぶデータを、国がまとめたら図書館が地方毎に必要です。しかもそれぞれがブランド米開発競争をしているのに、国がまとめて持ったり管理しているわけがありません。
 これを言いだした人は、商品・ブランド開発の厳しさを知らないのでしょう。

「(国は放射線育種をEUが禁止しているというのに、)有機農業を2050年までに25%にする、というのでしょうか? あまりに矛盾した姿勢にはあきれる他ありません。」


 そもそも矛盾していません。先述のように厳しいEU有機栽培規格でも、放射線育種品種は栽培可能ですし、日本でも半世紀以上の実績がありますから栽培可能です。

「(国は)カドミウム汚染の低い地域含めて、全国でこの放射線育種米の利用を進めるというのです。」


 そのような国の計画はありません
先述のように、品種改良に携わる者にとって、かつての一大公害病を防ぐことが出来る品種というのはとても重要な福音で、その特性を取り込みたいと自発的に思うことはあっても、国に言われてやると言うことはありません。ブランド米(美味しい安心安全)開発にしのぎを削っている自治体たちを甘く見すぎています。

「遺伝子を破壊する技術としては「ゲノム編集」があるのになぜ今、放射線育種なのでしょうか?」


 放射線照射で開発した品種には、これまでヒット商品となった安心の実績が世界中にあるからです。
 また2023年に放射線育種法を含む突然変異育種法の教科書(英文題:持続的食糧生産と気候変動に対処する突然変異育種法 Penna & Jain 編 '23)が出版され、いみじくも核兵器超大国の1つ(日本のお隣さん)が隣国を侵略して核兵器使用をちらつかせる今日、80年不戦平和を訴え続ける日本で「核(放射線)技術は平和利用こそ本流」というメッセージを出すことも当然です。
 イオンビーム照射施設では、原発のように放射性廃棄物が続々と出たりはしませんから(ザックリ言うと磁石で原子核をリニアモーターカーのように加速する施設です)、かつての 放射性元素コバルト60の発するガンマ線を照射する施設の利用よりも安全でクリーンです。

いまの放射線照射法、イオンビーム照射装置

「放射線で突然変異した食品を食べてもいい、といつ(私達日本人が)同意したでしょう?」

 主に輸入によって豊かな食生活を享受している現代人の、傲慢な言葉です。
 レイメイの育成開始時1959年には、イネの平均収穫量が360kg/10aと現在の534kg/10aの67%でしかなく、まだコメすら自給できていない状況でした。背が低くなって収穫量が増えたレイメイという品種は、そんな切実な思いから開発が始まったのです。しかも一番最初に試食をしたのは、当時の品種改良担当者たち自身でした。
 「せめてお米(銀シャリ)を腹一杯食べたい」という当時の日本人の気持ちを足蹴にして、お肉も果物も豊富に食べられる暮らしをしながら批判を展開するのは 過去の人を今の安全な場所から罰し、揶揄する行為に他ならず 卑怯な行為です。

むすび


 このように、「放射線を照射して突然変異したお米、食べたいですか?」などとSNSで情報を流す人は、多くの間違いや思い込みをしながらそのデマ・流言飛語で不安を煽っています。世界中の戦禍で飢える人や、過去から現在まで食糧生産・商品開発に人生を捧げる人たちをバカにもしています。
 こういう場合、情報を本にしたり、講演会を開いたり、「そこでこの商品ですよ!」と売りつけたりする人は、他人の不安と苦しみで利益を得る不安産業従事者か、その情報に毒された人たちです。許すことは出来ません。
 たまさか食品に関する情報にふれて「本当かな?」と思った方の参考になればと祈って、この分を上奏します。

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