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松山市「坊っちゃん列車」への公費負担を増額へ 本当に「市民の希望」なの?

松山市民は本当に、税金投入を「善し」としたのだろうか。


「アンケート結果を含め総合的判断」松山市

松山市が11月末、伊予鉄道に対し、年間4,000万円~5,000万円かかる「坊っちゃん列車」のメンテナンス費用の半額を公費負担する方針を示した。朝日新聞デジタルによれば、市は「アンケート結果を含めて総合的に判断し、坊っちゃん列車の運行には一定の公共性があり、公費で支援することには公益性がある」と理由を述べたという。

マスコミ各社はこのような見出しで報じている。

  • 赤字の伊予鉄「坊っちゃん列車」存続へ、市民アンケで「継続希望」8割…メンテ費補助拡充の方針(読売新聞)

  • 坊っちゃん列車の持続的な運行へ松山市“支援増額”表明 アンケート結果踏まえ「改めて観光の顔(テレビ愛媛)

  • どうなる坊っちゃん列車 松山市が運行継続へ支援拡充する方針で全会一致 400万円が上限だった検査費の支援を4000~5000万円程に上るメンテ費も含め2分に1に拡充(あいテレビ)

  • 「坊っちゃん列車」持続的運行へ松山市が支援拡充 継続望む声や経済効果を理由に(南海放送)

「市民向けアンケート」結果

2024年6月28日~7月31日に、18歳以上の市民2,000人を無作為抽出して実施した「市民向けアンケート」の結果が、税金を使った支援増額方針を決めた根拠の一つにされている。回答者は840人。市がいよぎん地域経済研究センターに委託した「坊っちゃん列車の運行に伴う経済波及効果算出等業務報告書」に盛り込まれ、公表されている。

①  今後の運行継続希望は

  • 「ぜひ続けてほしい」32.5%

  • 「どちらかと言えば続けてほしい」43.6%

  • 「どちらかと言えば運行を中止すべきだ」9.2%

  • 「運行を中止すべき」6.0%

確かに、報道通り、運行継続は76.1%が希望している。


②  運行赤字の負担を松山市がどのようにすべきか

  • 「全額税金を使った負担が必要」2.1%

  • 「一部税金を使った負担が必要」31.1%

  • 「他の方法で資金を確保すべき(クラウドファンディング等)」28.1%

  • 「負担しなくてよい(企業努力で運行すべき)」23.0%

公費負担することに「NO」が51.1%を占め、「YES」の33.2%を大きく上回っている。

③  赤字の一部負担額について、「一部税金を使った負担が必要」と回答した人に問うている。

  • 「500万円未満」4.6%

  • 「500万円~1,000万円程度」25.7%

  • 「1,000万円~2,500万円程度」35.2%

  • 「2,500万円~5,000万円程度」9.2%


この3問の結果を、マスコミ各社はこう報じた。運行継続は76.1%が希望し、運行赤字に対して「一部税金を使った負担が必要」が31.1%と最も多い。公費負担額は「1,000万円~2,500万円程度」が35.2%で最も多かった。だから、松山市は市民の声も踏まえて、年間4,000万円~5,000万円かかるメンテナンス費用の半額を公費負担する方針、と。

公費投入は過半数が「NO」

しかし、この数字の解釈は誤っている。

アンケート結果から見えてくる市民の意向は、「運行継続は76.1%が希望しているが、公費投入してまで続けるのは過半数が否定的」というのが本質だ。

ここで忘れてはならないのが、③の回答者数(母数)が261人という点。市が方針を示した半額補助(単純計算して2,000万円~2,500万円)の公費支出を支持しているのは、②で「全額税金を使った負担が必要」と答えた人と、③で「1,000万円~2,500万円程度」「2,500万円~5,000万円程度」と回答した人の合計。それを全体の840人を母数にすると、16%にしかならない。


さらに、運行赤字の負担についての考え方を年代別に見たところ、30歳代以下の若い世代ほど、税金を使った負担に対し、「他の方法で資金を確保すべき(クラウドファンディング等)」「負担しなくてよい(企業努力で運行すべき)」を合わせた「NO」の割合が40歳代以上に比べて高くなっている。

「坊っちゃん列車の運行に伴う経済波及効果算出等業務報告書」から抜粋


市の方針に沿う意見は「16%」

50万都市の市民アンケートとして、840人という回答者数が妥当かどうかはさておく。
16%しか賛同していない方針を、あたかも、「市民の要望」のように見せるため、都合がよい数字だけを恣意的に抜き出し、印象操作したとしか思えない。マスコミもまた、市や伊予鉄道に配慮したのか、それとも、アンケート結果を分析する能力がなかったのか。公費支出に対するチェックが甘すぎる。

違和感だらけの「坊っちゃん列車問題」

そもそも、この「坊っちゃん列車」問題は、違和感だらけだ。伊予鉄道は2023年10月13日、坊っちゃん列車を11月1日から全便運休すると発表した。理由は「運転士不足」だったはずが、いつの間にか、「運行赤字」にすり替わり、松山市に運行補助を求め始めた。野志克仁市長の招集で、松山市、伊予鉄グループ、商工・観光団体、金融機関の幹部、市議、大学教授らで構成する「坊っちゃん列車を考える会」が発足すると、伊予鉄道は2024年3月20日からの運行再開をこれもまた、突然発表した。

前々社長の肝いり 半世紀ぶり復活

明治から昭和初期にかけて、松山市郊外を走っていた「坊っちゃん列車」。夏目漱石の小説・坊っちゃんに描かれたことに由来する。2001年10月、伊予鉄道の森本惇社長=当時=の肝いりで半世紀ぶりに営業運転を復活させた。

設計図さえなかった車両の復元、蒸気機関車の雰囲気を損なわない細部へのこだわり、汽笛の音は、かつての「坊っちゃん列車」を知るOBの監修を受けたという。多額の社費を投入しての「復活」。当時の朝日新聞のインタビューに森本氏はこう答えている。

「この事業だけではもちろん足が出ますが、坊っちゃん列車は観光資源ですし、市民みんなのもの。だからこそ、路面電車のダイヤに組み込んで市内を走らせ、夜は道後温泉駅にとめてライトアップするんです」

創業以降初の運賃「値下げ」も

坊っちゃん列車復活直前の2001年4月、森本社長は電車・バスの利用客離れに歯止めを掛けようと、創業以降初めて、電車・バスの運賃「値下げ」を断行。市民が使いやすいバス路線の新設にも踏み切った。この年、「市民ファースト」の値下げや利便性向上、観光の目玉となる「坊っちゃん列車」の復活に、伊予鉄道の「公共性」を肌で感じた市民は多かったのではないか。

2019年以降、毎年「運賃値上げ」

伊予鉄道の社長は1代はさみ、2015年、現在の社長が就任。2019年以降、運賃は毎年、値上げされている。2018年と2024年を比較すると、市内電車は160円から230円(キャッシュレス210円)、郊外電車の松山市―梅本・松前は360円から430円(同410円)、バス松山市―川内は630円から990円(同970円)と、19~57%も値上げされた。

坊っちゃん列車運休が発表された2023年10月、同時に、郊外電車や市内電車、バスの大幅減便や路線運休も合わせて発表されている。観光用の坊っちゃん列車運休よりも、はるかに市民生活に影響を与える内容。「市民目線」で考えるなら、松山市はこの生活路線の減便・運休にこそ、対処すべきではないのか。

米国にならって「自社ファースト」?

米国のトランプ次期大統領が掲げる「アメリカンファースト」。伊予鉄道の値上げや減便、坊っちゃん列車騒動の「理由」を聞くにつれ、「自社ファースト」なんだと、つくづく思う。

アンケートの自由記述欄にはこんな記述もあった。

  • 「赤字の原因が分からない」

  • 「なんでそんなにお金がかかっているのか分からない」

  • 「まずは企業によるコスト削減を」

  • 「運行赤字が出ない方法を提案すべき」

  • 「地方公共交通のために奉仕の企業理念は感じられない」

JR四国に走らせてもらうのは?

「乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭である」

汽船から小舟に乗り換え、松山に上陸した「坊っちゃん」が、その付近から乗ったのがこの「マッチ箱のような汽車」。ならば、海に近いJR予讃線・三津浜駅から、新装されたJR松山駅に坊っちゃん列車を走らせる方が、小説に忠実なのではないだろうか。観光客も喜びそうだ。

山嵐と共に「不浄の地」を離れ、「船が岸を去れば去るほどいい心持ちがした。神戸から東京までは直行で新橋へ着いた時は、ようやく娑婆へ出たような気がした」と、皮肉を込めた夏目漱石先生。令和の坊っちゃん列車騒動を聞いたら、どう思うだろうか。

(あぐりげんき)


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あぐりげんき | 農業& writer
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