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『狩りの時間』という寓話


『狩りの時間』は、近未来の荒廃した韓国を舞台に、楽園の暮らしを夢見て現金強奪に挑んだ若者たちが冷酷な殺し屋に追われる姿を描いたクライム・スリラー映画。廃墟と化したソウルのディストピアな世界観と、容赦ないハンターに追われる無言の緊張感に引き込まれる作品です。


3年の刑期を終えて出所したジュンソクを幼馴染みのギフンとチャンホが出迎える。再会を祝いながら、服役中に聞いた南の島での仕事の話を二人に聞かせるジュンソク。もともと南の島で暮らすことに憧れていたジュンソクは、以前自分が犠牲になって盗んだ金をその資金にしようと考えていたが、ウォンの大暴落でそれが紙くず同然になったことを知って愕然とする。諦めきれないジュンソクは「一緒にこの地獄から抜け出そう」と、マフィアが経営する賭博場を襲撃してドルの現金を強奪しようと二人に提案。賭博場で働く友人のサンスも仲間に引き入れて綿密に計画を立てて決行、強奪は無事に成功した。が、ある重要なデータも盗んだことでマフィアは殺し屋のハンに追跡を依頼。容赦ないハンティングが始まる。


ストーリーはこのように、とてもシンプル。強奪をして、追われる。そこがシンプルなだけに、作り込まれた世界観とハンティングの緊張感が際立って、観る者を飽きさせない。ホームレスとグラフィティが溢れる荒廃したソウルの街を車でゆっくり走るように見せたり、姿は見えないけど明らかに追跡者がいる夜の駐車場など、雰囲気をじっくり感じさせる映像に引きつけられる。セリフも必要最低限という感じ。私はセリフの少ない映画が好きなので、例えばギフンの実家で何が起こるかを無駄な説明なしで予想させるような演出も、見事だなと思った。それから、離れた距離からも無言で威圧してくるハンという殺し屋。彼がかなり独特な空気を持っている。


一度狙ったら決して逃さないと言われる、冷酷で容赦ない殺し屋のハン。普段の動きはゆっくりなのに、撃つ時は瞬殺。追われる身となったジュンソクたちに絶対的な恐怖を与えるキャラクターなのだけど、駐車場で追い詰められたジュンソクがもう無理だと観念して目を閉じたのを見ると、ハンは「面白いね」と言って銃を降ろす。そして「5分やるから、できるだけ遠くまで逃げろ」と言う。ここからが本当の”狩りの時間”のスタートなのだろう。一度逃してまた追う余裕。抵抗も命乞いもしないことに「面白いね」と言う、あなたのことが面白い。この絶対的な自信を持ったハンから最初は逃げるのが精一杯だったジュンソクも、生き残ろうと反撃していくうちにだんだんと戦闘能力が上がっていく。


この映画は、架空のディストピアの世界で、飛び抜けた戦闘能力を持った殺し屋に追われていくうちに成長していく若者の姿を描いたダークな寓話、とも言える。現実の近い未来にディストピアを想像して落ち込むよりは、寓話として楽しみながら学びを得るのも悪くないんじゃないかな、と思ったりした。実際に、ちょっとお疲れ気味の時にこの映画を観て、私は元気が出ました。笑


私が感じた学びというのは戦闘技術に関してではなく、その精神力のほう。友人たちを自分が巻き込んだ責任と落とし前をどうつけるか。そのあたりがラストで静かに描かれていて、ただ怖がらせるだけのスリラーとは違う感じがした。それからジュンソクを演じたイ・ジェフンさんは、別の記事でも書いたけど本当に繊細な表現をする役者さんで、この映画のラストシーンにもその魅力が発揮されていたと思う。一味違う独特な世界観を楽しめるこの作品。深夜にじっくり味わうのがおすすめです。




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