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日帰り東海乗り潰し録 伊豆半島の南まで。

まえがき

 一応、鉄道の全線乗り潰しを目指しているつもりなのだが、ここ数年の停滞を考えると、半ば冗談みたいな目標になっているような気がしている。JRは70%目前、私鉄は50%に達したあたりだが、微妙な乗り残しも多いし、ここから先の比率を上げていくのが至難なような気はしている。せめて関東周りくらいはいい加減乗りつぶしておこうかと路線図を広げたのが前日の22時くらいだっただろうか。群馬方面、千葉方面、静岡方面の3択で悩んだ結果、なんとなく私鉄特急に乗りたいと特急ふじさん1号の切符を取ったのは23時過ぎ、伊豆のあたりを乗りつぶすということだけ決めて、特に予定は決めずにそのまま寝床に入ったのだった。予算も日程も特に決めず、手元にあるのは御殿場までの指定券だけ。年々乗り潰しのやり方が雑になっている気がするが、これくらいがちょうどいい気もする。

自宅最寄り→新宿

 5時台から電車に乗っているなんていつ以来だろうか。18きっぷ片手に5時台の電車に乗るなんて、学生時代は当たり前だったのだが、この時間から乗り潰しに勤しむのは6年ぶりとかそれくらいだろうか。座席の半分ほどが埋まり、独特の雰囲気が漂う早朝の地下鉄に乗って新宿を目指す。
 新宿駅に着いて、適当にコンビニを探す。小田急側に入ってしまえばキヨスクはないし、駅の売店も大抵は6時半開店らしい。仕方なく駅から徒歩3分ほどのコンビニに駆け込んでおにぎりを買い込んでおく。

寝起きには眩しすぎる車体

新宿6:40→御殿場8:13 特急ふじさん1号

 窓口で御殿場までの乗車券を買い、ホームに降りるとちょうど特急ふじさんのドアが開いたところだった。車内に入ると、御殿場方面に行くという年配の観光客が楽しそうに語らっている。定刻6時40分に列車は進み始め、早朝の西東京を抜けていく。コンビニで買ったおにぎりとコーヒーを早々に飲み干すと、見慣れた小田急線の景色を横目にこの先の行程を考える。今日乗りたいと思っているのは御殿場線、伊豆箱根鉄道、伊豆急行、伊東線、まあ要するにwith me?の静岡(富士)公演の時の乗り残しなのだが、早朝に出たこともあるし、少し頑張れば静岡鉄道も乗りつぶせそうな気がする。11時前には着くようだし、せっかくだから静鉄で静岡まで行くことにしようか。

ゆっくりと小田急の線路が離れていく

 気が付けば列車は新松田と松田の連絡線に差し掛かる。スピードをかなり落とすと、ゆっくり恐る恐る足を進めるように分岐器を渡って、坂を上がっていく。そして列車は松田駅に入っていった。ここから先の御殿場線は今日1つ目の未乗区間、今までも機会はあったはずなのだが、なんとなく乗らずに今まで来ていたのだった。
 列車は山に挟まれた谷底を走り抜けていく。左向きの緩やかな曲線が続き、窓には厚い雲と青々とした山が映える。いくつかの駅で対向列車と行き違うと、終点の御殿場に着いた。

御殿場8:28→沼津9:03

 乗り換え時間は15分、一旦改札を出て駅前を歩いてみるのだが、冷静に考えればまだ8時半、祝日ということもあって駅前は閑散としている。涼しい空気を浴びながら駅前のロータリーを一周して車内に戻った。

寝ていた分、写真を張ることでお茶を濁す作戦

 ここから沼津までの30分、初めて乗る御殿場線を堪能すべきなのだろうが、今朝は5時すぎの起床で寝不足である。ここは睡眠時間に充てることにする。何度か目が覚めて、もう少し寝ていたいと目を閉じかけたあたりで沼津駅に着く。

沼津9:12→清水9:55

 清水までの道中、改めて今日1日の予定を考える。静鉄を乗り潰して、三島まで戻り、未乗路線の一つである伊豆箱根鉄道に乗り、修善寺からうまくバスを使えば伊豆急行も乗り潰してしまうことができる。今朝乗り残した御殿場線の国府津〜松田も乗って小田急で帰れば遅い時間にはなるが日帰りが可能、早起きした甲斐あって、想定からすれば100点といっていい旅程だろう。乗り潰し記録を整理しているサイトを眺めると、先ほどの御殿場線まででJR線の乗車率が70%目前まできている。予定通りなら伊東線の伊豆多賀で70%到達らしい。ここ数年6割後半で停滞していたからようやくの一言に尽きる。そんなことを考えていると、静岡の潮風を感じる間も無く清水に着いてしまった。

清水→新清水

 ここからは徒歩で静鉄の新清水駅を目指す。数年前に清水対広島のサッカーの試合を見にきているから清水駅にはきていると思うのだが、駅前に見覚えはなかった。あの時はバス停に長蛇の列ができていたはずだし、印象が違えば違って見えるのだろう。
 道中、地図を眺めて郵便局を探す。財布が思いの外薄くて、お金を下ろしておきたいのだが、車通りが少なく開放感のある大通りを歩いた末見つけた郵便局は残念ながら営業時間外だった。
 しばらく通りを歩いていくと道路と線路の立体交差に出くわす。この辺りが駅のはずだが、静鉄の線路だろうかと眺めているとJRの313系が通過していった。地図を見ると踏切の先が新清水駅のようで、もう少し歩くと小さな駅舎が見えてきた。歩いて乗り換えるには少し遠いだろう。

新清水10:16→新静岡10:39

 改札を通ると、銀色と緑色の小さめの車両がホームに入ってきた。可部線や鶴見線に似たような、地方私鉄によく見るコンパクトな駅にこの真新しい列車がよく映える。車内は明るくて開放感があり、LCDパネルも設置されていて快適だった。定刻になると軽快に滑らかに加速していき、乗っていて気持ちいい。少し気になるのは新清水を出て数区間の乗客の少なさだろう。清水側の乗り換えの不便さが故だろうか。草薙にしても静岡側にしても、JR駅とは直結させていないようでやや気になった。
 駅を経るごとに乗客が増えていく。本数も多いし、ライトレール的に使われている形なのか、草薙あたりで座席は全て埋まってしまった。そのままほとんど乗客は減らず、あっという間に終点の新静岡に着いてしまった。静鉄線は10年前にこのあたりを乗り潰した時からの乗り残しで、10年越しの乗り潰し達成となった。

つい数か月前にこの形式に統一されたらしい

新静岡→静岡

 やや早いのだが、この先の旅程を考えるとここで昼食にしておきたい。とはいえ時間もないし、適当にチェーン店で素早く済ませたいのだが、道中には適当な店がない。とりあえず途中のATMでお金を下ろして清水以来のミッションは達成したのだが、結局静岡のホームまで来てしまった。
 ホーム上を見渡すとちょうどよく立ち食い蕎麦屋があって飛びつくように食券を買う。うどん文化圏で育った身、上京してもしばらくは頑なにうどん派だったのだが、ここ最近はすっかり蕎麦派になってしまっている。普段なら蕎麦なのだが、乗り潰しの道中にはうどんが食べたくなる。18きっぷ片手に乗り潰しに勤しんでいたのは上京前だから、その時の習性が抜けないのだろうか。今回もかき揚げうどんを頼んで、ちょうど列車が入ってくる頃に食べ終えた。27分の乗り換え時間で移動、銀行、昼食と、ここまでスムーズに進むのも珍しい。

こういう立ち食いうどんが最高なんだよなあ

静岡11:06→三島12:06

 ここから1時間かけて三島へ戻っていく。今日は全体的に涼しい1日で、ドアが開くたびに少しだけ流れ込んでくる風が心地いい。数ヶ月散々猛暑に苦しめられてきたこともあって、涼しい風に癒される。食後ということもあって微睡んでしまっているが、この列車は熱海行き。このまま乗り過ごしてしまっては全てが崩壊してしまう。最高の昼寝ではあったのだが、今日は運が味方してくれたか、三島の手前ではしっかり覚醒してホームを降りた。
 乗り換えの電光掲示板を見ると、12:11に修善寺行きの特急が出るらしい。伊豆箱根鉄道線内は特急料金が安いようだし、しっかり調べておけばこれに乗る手もあったと少し悔しい気もするが、ここは気を取り直して一旦改札を出て伊豆箱根鉄道線の乗り場に向かう。

三島12:21→修善寺12:59

 うどんを食べた直後にも関わらず、改札前のラーメン屋のいかにも旨そうな匂いに足が止まってしまうが、意を決して改札口を抜けていく。ホームに向かうと待っていたのは『幻日のヨハネ』のラッピング列車で、側面にはキャラクターが鮮やかに描かれている。車内は転換クロスシートで、半分ほどの座席が埋まるころに発車時刻になった。一軒家の路地裏を這うように、少し窮屈そうに進んでいく。途中駅の乗降は各駅数名ずつで、乗り通しの観光客も多いように見える。比較的直線だからか、駅間ではそれなりに加速していって疾走感がある。両側の光景が家から一度田畑に変わったのだが、この辺りは住宅も比較的多いらしく、再び瓦屋根が多くなっていく。

急にラッピング電車がくるとびっくりする

 個人的な話だが、学生の頃にゼミのグループ研究でこの辺りに関係した研究をしたことがあって、当時私は残念ながら現地を訪れることができなかったから数年越しの現地入り達成になった。あの時何度も地図では見ていたのに、足を踏み入れてはいなかった伊豆、文字と図が風景に置き換わっていく感覚はテレビ番組のアハ体験の近いものがある。修善寺駅のホームには洗面台があった。ホームの洗面台は隠れた遺構の一つだろう。

ホームに洗面台のある光景

修善寺駅13:15→河津駅14:44

 修善寺駅を降りると、ここからはバスの旅が始まる。中高生の頃は18きっぷや一日乗車券中心の旅行だったこともあって、極力鉄道を使いたかったからバスという選択肢がほぼ頭に無かったのだが、ここでバスで大胆にショートカットする選択肢を持てるようになったのは独特の進歩かもしれない。
 バス停に停まっていたのは中型の普通の路線バス、観光客も多数乗った中、後ろの座席に陣取って早々に昼寝モードに入った。気がつけば50分ほど経っていただろうか、道の両側に背の高い杉の木が生えた森の中をバスが走っている。ここは見知らぬ土地の森の中なのだと冷静に考えると面白いのだが、そこまで頭が回ることなく再び目を閉じた。次に目覚めると右手には谷底が見える。伊豆は起伏の多い地形で、山々を削るように深い谷底を川が流れている。しばらくするとループ橋に差し掛かって、谷の奥に街が広がっているのが見えてくる。普段あまり乗り物酔いをしないのだが、カーブの多い道のりが故か、寝起きなのが悪いのか、珍しく少し車酔いをしてしまって軽めの頭痛に悩まされながら河津駅に着いた。

起きたら見知らぬ山の中を激走していた(軽めの頭痛に苦しみながら撮影)

河津15:09→伊豆急下田15:22

 河津桜のお膝元、河津駅前を少しだけ散策してスーパーで飲み物を調達すると、階段を上がって高架ホームで下田行きの電車を待つ。西日に照らされて暑いホームで待っていると、伊東側のトンネルから銀色の車体が見えてくる。その3両編成は重々しくブレーキをかけるとホーム中央に止まった。
 適当な席に座って外を眺めるのだが、すぐに長いトンネルに入った。河津から伊豆急下田までは山間部を通るルートらしく、なんとなく海側に座ったのだが残念ながら海は見ることができないまま終点に到着した。伊豆急下田のホームは西陽に照らされて眩しい。

 改札の外に出て歩きながらすこし考える。そのまま普通列車で折り返すなら10分くらいしか居られないが、30分後には特急踊り子が出るらしい。出費は嵩むが、せっかくだし多少奮発してもいいだろう。そのまま窓口に並んで、御殿場線松田までの乗車券と熱海までの特急券を買った。危うく駅員の「沼津周りで」の声をスルーしそうになったが、今日の最後の目的地は御殿場線の国府津〜松田間。国府津周りを出してもらった。

泰平の眠りを覚ますなんとやら

伊豆急下田16:01→熱海17:27 特急踊り子12号

 駅前をすこし散歩して黒船のモニュメントを眺め、売店で適当にお土産を漁ると、踊り子12号の改札の時間になった。伊豆急下田駅では一列車毎に改札口を開ける運用にしているらしい。飛行機に搭乗するように一列に並んで改札を受け、列を成して列車に乗り込む。三連休最終日でも車内は意外と混雑しておらず、3割ほどが埋まると発車した。
 しばらく走ると綺麗な伊豆の海が目の前に現れる。遠くには島々も見え、波打つ様子も見えてきてかなりの迫力だった。この美しい景色を細かく言語化するのも野暮かもしれない。
 途中の伊豆高原駅では多くの人が乗り込む。車内は少しだけ賑やかになってきた。伊東駅では運転間隔の調整か、11分間の少し長めの停車時間が確保されている。ホームに出てもよかったかもしれない。
 列車はそのまま順調に進んでいき、伊豆多賀駅を通過する。これで無事、JR線の乗車率が70%に到達した。海岸線と海沿いらしさが漂う大通りの先に熱海の街並みが見えてきて、名残惜しさもありつつ座席を立ってデッキに向かった。

こいつまた特急乗ってるなあ

熱海17:31→国府津17:58

 踊り子が国府津に停まったならこの区間も特急の車中だったのだろうが、熱海帰りの観光客で満員に近い車内で吊り革に捕まっていなければならないとなるとなかなかに苦しいものがある。小高い位置から見る湯河原の旅館が見え隠れした街並み、根府川から眼前に広がる海、ところどころで見える景色は黄昏時のオレンジに照らされて素晴らしいのだが、今回の乗り潰しの中でもなかなかハードな区間だったような気がする。小田原を過ぎると次は国府津。外はすっかり暗くなってしまっていた。

国府津18:11→松田18:29

 国府津駅の改札前に来てふと思い出した。今から13年前、まだ中学生だったのだが、初めて18きっぷを使って東京まで来た時の2日目の夜、小田原から小田急で新宿に向かう予定が人身事故で小田原〜新松田間が見合わせてしまったことがあった。友人と2人、御殿場線で迂回しようと国府津駅まで来てこの改札口で駅員に振替乗車券を見せ、この先の旅程を問い合わせたのだった。その時は微妙に時間が悪く、駅員氏の勧めで藤沢経由にすることにしたのだが、それ以来、13年越しで御殿場線国府津〜松田間に足を踏み入れることになった。今朝の特急ふじさんと合わせ、この区間に乗れば御殿場線は全線完乗、神奈川県も大山ケーブルカーを除いて完乗になる。
 唐突に思い出した13年前の記憶を乗せ、座席の7割くらいが埋まった列車が動き始める。過去は御殿場線が東海道本線だったと聞くが、堂々とした今の東海道本線を横目に、どこか物悲しさが漂う支線に向かって折れ曲がっていく。沿線にはあまり灯りも見えなくて、一人黙々と夜の峠に向かっていくような格好良さが列車から漂ってくる。乗車すること約20分。目的地の松田駅に着く。かなり長く、すこしカーブしたホームに降り立って、今日の乗り潰しは終了。JR線の乗車率は70.086%になった。

新松田18:47→新宿20:03

 小田急線への乗り換え改札を通って新松田駅前に出る。せっかくだしこの辺りの定食屋にでも入ろうかと地図に従って歩いてみるのだが、残念ながら今日は臨時休業とのこと。致し方なく新松田駅に戻って改札に入る。
 さすがに新宿まで途中からロマンスカーに乗るのはやめておくことにして、素直に快速急行に乗り込む。朝方、ロマンスカーで駆け抜けたときには一瞬だったはずの区間も、帰り道では長く感じてくる。まだ夕飯を食べていない空腹感がそうさせている部分はあるだろうし、もう今日の目的が終わってしまったから若干の退屈を感じている部分もあるのかもしれない。次第に建物が高くなっていって、真っ暗な新宿駅に入っていく。

新宿→自宅最寄り

 結局どこかのグルメを堪能するでもなく、新宿駅近辺の定食屋で夕飯を済ませると、いつものように地下鉄に乗って自宅に帰っていく。朝の5時台、今日最初の列車に乗ってから約15時間30分、こんなに一日中乗り潰しだけをしていたのは何年ぶりだろう。2020年秋の『日帰り首都圏 四番勝負』を書いたときもせいぜい13時間くらいだったはずだし、高校生以来だったかもしれない。“いい加減乗り潰してしまえ”と思っていた乗り残しをそれなりに乗り潰して、JRは7割に到達し、謎の充実感に浸りながら涼しい夜道を歩いていく。

 ちなみにこの2週間後、ジュビロ磐田対サンフレッチェ広島の試合観戦前に天竜浜名湖鉄道を乗り潰し、静岡県内は大井川鐵道を残すのみとなった。wmの富士公演、Hbの浜松公演で乗れなかった路線に加えて、13年越しの御殿場線もこれで乗り潰したことになる。コロナ禍以降、乗り潰しをほとんどしていなかった数年だったが、ゆかりん関係で遠征を繰り返しているうちに再熱してきた感がある。また気まぐれにどこか行ってみようか。

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