板前パンクロッカーズ 2
寿司の修行を始めることが決まってからは、ウエイターをしながらも、ヒマを見つけては寿司バーにいるシェフたちの仕事を観察するようになった。
僕は3つの店舗で働いていたんだけど、その中で1番売上の多い店舗は張さんという在日コリアンが仕切っていて、寿司職人は白人の女の子1人を除いてみんな韓国人だった。
張さんのお母さんは日本人、お父さんは山○組のヤクザだという。色黒で痩せ型。身長は170いかないくらい。日本語はあんまり話せなかったが、母方のラストネームを名乗っていた。寿司職人をやっていく上でも、お母さんの苗字のほうが都合よかったのかもしれない。お父さんが関西で親戚と割烹の店をやっていたので、10代の頃にそこで料理を一通り修行したと言っていた。
僕はウエイターだったけど、なぜか張さんのお気に入りで、よくタバコを買いに行かされた。当時キャメルが2、3箱入って売られていたパックがあり、お使いから帰ってくると、
「ほら。お前もひとつ持ってけ」
と毎回一箱タバコを分けてくれた。
張さんは若いころ、バンドでボーカルをやっていたそうで、カラオケが大好き。英語はあんまり上手くないのに、Guns n’ RosesとかJourneyとか歌わせるとめちゃくちゃ上手い。すでに何十年と板前をやってきていて、自信に満ち溢れていた。チンピラ風というか、なんというかこう、威勢の良い板さん的な人。
寿司部門の総料理長Jとは歳が20コくらい離れている。上下関係に厳しい韓国人の張さんが自分よりずっと若く、しかも白人のアメリカ人Jの言うことを聞くはずもなかった。たまにJが来て何か注文をつけても、張さんは全部シカトした。
だからここは会社の中でも独立した店舗のような雰囲気があった。
張さんはさすが日本で修行してきただけあって、素人目にも仕事が早くて綺麗だった。常連のお客さんもたくさんついていて、店はいつも忙しかったから、僕もチップだけで一晩200ドル以上稼ぐ日も珍しくなかった。時給にしたら40ドルくらい。働いている女の子たちもアメリカ人のかわいい子揃いで、毎回ウキウキしながら職場に通った。
この店のウエイターは、開店前に味噌汁に使うネギを寿司職人に用意してもらっていたのだが、僕はネギを切る練習をしてみたかったので、張さんに頼んで見せてもらった。
「なんだおまえ、Jなんかに寿司習うのかよ。あんな白人のコゾーによう…」
と、張さんは僕がJから寿司を習うことが
気に入らないようす。
それでもぶつくさ言いながらネギを切って見せてくれた。
細く。
均一に。
ものすごい早さで。
今でも張さんほど、包丁さばきが鮮やかな職人はアメリカで見たことがない。渡米当初はアメリカンスタイルの鉄板焼きシェフもやっていたと、のちに共通の知人から聞いた。
張さんは僕がカウンター越しで仕事を見ていると、
「ほら、ロールはこうやって切るんだ」
「刺身はサッと切ってあんまり手で触るなよ」
などと、今でもちゃんと守っている基礎をいろいろ教えてくれた。
ある日、いつものようにディナーシフトに入ると、張さんはおらず、いつもは本店で働いているコカイン大好きノッポのBenがヘッドシェフのポジションに立って仕込みをしていた。
僕「おー、Ben、珍しいな。あれ?張さんは?」
B「張はクビだよ!わはははは〜!」
僕「えぇーー?!なんであんなすごい人が?」
B「何だよお前、張が好きなの?Don’t be so Korean, dude お前日本人だろ?笑」
張さんは1人だけ技術が飛び抜けて高かったが、アメリカのすし職人を見下していたので、Benのようなアメリカ人シェフから嫌われていた。そして僕が知らないうちに張さんは解雇されていた。
さらにメニューの内容も時代遅れのスキヤキ・テンプラ・ジャパレスメニューから、当時流行り始めていたフュージョン的なものへと大幅に変わっていた。
外されたメニューの中には張さんのスペシャルや、韓国風サシミビビンバなどがあった。どれも人気があって売れていたのだが、やはりコリアンスタイルが色濃く出ていたので、本物志向のJが目指す店づくりには邪魔だったのだろう。
噂ではキャリアも歳も上の張さんが、Jの方針に従うことを拒否。Jを担ぐことに決めた会社と張さんは喧嘩別れのようになったらしい。
仕事の出来る板前は、エゴが強くて人の言うことを素直に聞けない人が少なくない。要するに扱いづらいのだ。ガラの悪い人も多いし、たまに板場で喧嘩になり、刺しちゃう人の話も聞く。
他にいくらでも雇ってくれるところはあるので、気に入らないとサッサといなくなってしまう張さんのような職人は、このあと本格的に寿司の世界に入ってから何人も見た。
これが『手に職』の実態。
僕を可愛がってくれた張さんにはあれ以来、会っていない。
(板前パンクロッカーズ3に続く)
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