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父と子と太鼓 (古代ローマの遺跡とプーリア州を巡る旅⑮)

2024年11月6日水曜日(五日目)
ヴェスヴィオ周遊鉄道にのって

パリパリに焼いたトーストにサラミとチーズ、ハムをのせて齧りつく。
自家製らしいアップルケーキは素朴な味。エスプレッソマシンの使い方はなかなか慣れない。
宿の女主人のこだわりのつまったインテリアのキッチンでしっかりとした朝食をいただく。
栄養は摂れるだけ摂っておかなければならない。
今日もまた長い距離を散策することが決まっていたから。火山灰に丸ごと沈んだ街、ポンペイへ行く。

Circumvesviana(ヴェスヴィオ周遊鉄道)でナポリからポンペイへ向かう。
乗り場は、トレニタリアのNapoli Centrale(ナポリ中央駅)ではなく、私鉄のNapoli Galibaldi駅である。片道3.3ユーロ。切符売り場の男性はしっかり目を合わせながらお釣りの硬貨を返してよこした。そこに深い意味があるかのように。

街の隙間からティレニア海が時折見えた。
ナポリの郊外はさびれた工業地帯で、使われなくなった工場の廃墟がいくつも立っていた。電車は満員で私たちは立って乗ることになった。前の座席に座るイタリア人の二人の老婆は上品な服を着て楽しそうに会話をしている。老婆のうちの一人は、真っ赤な口紅をひいている。
よく晴れていて、車窓からはヴェスヴィオ火山が見えた。
穏やかそうにみえるあの山の頂から、約2000年前に巨大な噴煙があがり、かつて栄華を極めた街の時間を永遠に止めてしまったのだ。
その大地の咆哮を当時の人々はどのような気持ちでを眺めたのだろう。

父と子と太鼓

隣の車両で何やらバスドラムらしき低音の四つ打ちが聞こえてくる。大音量で音楽が鳴らしている人がいるようだ。
その音は徐々にこちらに近づいてきて、音の主がとうとう私たちの車両に現れた。それは若い父と幼い息子の二人組だった。
父が担いでいるアンプからはかなりの音量で軽快なリズムのラテン音楽が流れている。息子がそれに合わせて肩にかけた太鼓を叩きまくる。太鼓の面には六芒星が描かれているように見えた。
父親の方が何かイタリア語で叫ぶ。息子は投げ銭を期待して乗客をまわって歩く。
きっとイタリアの観光地では珍しくない出来事のはずだ。日本に暮らす私たちからすると次の行動が予想できず少々身構えてしまう。東京で同じことをしたら通報されるかもしれない。
息子がこちらに手を差し出してくるが、目を合わせず無視することにしか私にはできない。
一通りまわり終わると親子は一仕事を終えたという風に電車の床に腰掛けて休んでいる。あまり恵まれない境遇の人たちなのだろうと思う。大道芸人のようなものかもしれない。目の前に座る老婆が自分が降りるときに渡そうというのか1€硬貨を取り出し、手に握りしめている。
そうこうしているうちにその親子は次の駅で降りていってしまった。老婆は少し残念そうに硬貨をしまっていた。

マリーナ門へ

ポンペイの遺跡にアクセスするための駅はいくつかあるが、pompei scavi villa dei misteri駅はPorta Marina(マリーナ門)からのアクセスに最適である。
駅からは歩いて数分で門までたどり着くことができる。一本道で迷いようもない。
駅舎周辺には多くの客引きがいて、ポンペイ、チケット、と叫んでいる。
それはすべて偽物(おそらく)で、ついていったが最後、定価より高い値段でチケットを買わされるのではないかと思う。
それを素通りして本物のチケット売り場にたどり着く。

チケットにはいくつか種類があるが、私たちはVilla dei misteri(秘儀荘)を見逃すわけにはいかなかったので、Pompeii+(22€)を選択した。

いよいよ入場だ。

続く

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